一説によると日本に約100万人は予備軍がいるという、依存症。さまざまな形で人々をむしばみ、日常生活を破綻させ、家族など周囲の人も巻き込んでいく。「意志が弱い」、あるいは「性格に問題がある」ことが原因であるといわれてきた数々の通念は、すべて誤解だった──。実態を知る人々に、その現状と解決策を聞いた。
【Part1】元患者だからこそわかる苦しみ
依存症とは、特定の何かに心を奪われ、やめたくても、やめられない状態になることである。依存の対象には、ギャンブル、アルコール、薬物、ゲームなどがあるが、世間では「依存症が病気である」という認識が薄く、誤解されていることも多い。
また、薬物依存症といわれているタレントの田代まさしさんや、アルコール依存症といわれている元TOKIOの山口達也さんなどの報道により、私たちは得体の知れない不安と恐怖を抱きがちだ。
一方、最近では、元プロ野球選手の清原和博さんや俳優の高知東生さんら薬物依存症の著名人による発信により、依存症が注目される機会は増えている。
そんな中、依存症の患者同士を自助グループへつなぎ、依存症への理解を深める啓発活動を行っている立役者のひとりが、公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会代表の田中紀子さんだ。
「依存症患者は、快楽に溺れていると誤解されがちですが、人は苦痛でつらい生活が続くと、そこから逃れるために、ギャンブルにのめり込んだり、お酒を大量に飲んだりしてしまいます。依存症は快感の神経伝達物質ドーパミンが脳の中で機能不全になる病気です。依存物質や行為を続けるうちに、それらなしではドーパミンの出が悪くなる。そのため苦しくてやめられなくなるのです」
田中さん自身もギャンブル依存と買い物依存で苦しんだが、祖父、父もギャンブル依存症という家庭に育った。
「私の父はギャンブルによる借金返済のため、会社のお金を横領してクビになりました。両親は離婚して、母は私を連れて実家に戻りましたが、祖父もギャンブル好き。私は小学生にあがる前から祖父に連れられてパチンコに行っていたんです」
ギャンブルに慣れ親しんできた田中さんは、30代のときに、ギャンブルに夢中で大学を留年していた現在の夫と付き合うことに。
「夫は競艇にはまっていて、私も一緒に行くようになったのですが、次第にマージャン、競輪、競馬、海外のカジノ、日本の闇カジノ……と、あらゆるギャンブルに2人でのめり込むことに。そしてサラ金に手を出して借金地獄に陥ってしまったのです。
貯金をなくし生命保険を解約し、ブランド物を売り飛ばしたりしながら、結婚すればやり直せると思ったのですが、夫はその後も、何度もギャンブルで借金を作りました。その総額は1500万円近く。
もう家庭はめちゃくちゃでしたが、ネットで『夫がギャンブル依存症と診断された』という記事を見て、心療内科に行って初めて、うちの夫も依存症という病気なんだと気づいたんです」
田中さんと夫は医師から自助グループへの参加をすすめられ、同じ苦しみを味わっている仲間がたくさんいることを知る。
「自助グループで自分と向き合ううちに、私は小さいころに苦労したこと、母親への怒りなどがわいてきて、今度は買い物依存症になってしまいました。夫も4年後にまたギャンブルを始めてしまい、依存症からの回復は簡単ではありませんでした。
でも、自助グループの仲間とつながり、感情を話すことで自分を落ち着かせ、孤独から救われていきました。依存症は薬で治る病気ではないので、仲間とつながって時間をかけて回復していくしかないのです」
田中さんは現在、依存症からの回復支援の活動を精力的に行っているが、依存症になりやすい要因があるという。
「私もそうですが、依存症は遺伝的要因も関係するので、家族が依存症の人は注意したほうがいいです。また、子どものころに虐待や性暴力、親との死別など逆境体験がある人は、自尊心や自己肯定感が低く依存症になりやすい傾向があります。依存症の人の自殺率は高いので、ご自身や家族で依存症に悩んでいる人がいたら、自分たちで解決しようとせず、医療機関や私たちのような専門機関に連絡してきてください」
田中紀子 ◎公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会代表。自身もギャンブル依存症の当事者から回復。祖父・父・夫もギャンブル依存症。著書に『三代目ギャン妻の物語』(高文研)『ギャンブル依存症』(角川新書)。
【依存症、これは誤解!】
□「依存症は性格の問題である」は誤解
→依存症は“脳の病気”である
□「依存症は快楽からやめられなくなる」は誤解
→苦しいから依存してしまう
□「依存症は自分の力で治す」は誤解
→専門機関のサポートが必須
□「依存症は治らない」は誤解
→治療すれば社会に復帰できる
□「愛好家も依存症の一種」は誤解
→社会生活が送れない“依存症”とは異なる
□「依存症は特別な病気だ」は誤解
→誰でもかかる病気である
□「依存症は家族の育て方のせい」は誤解
→遺伝的な要因もあるが育て方のせいではない
□「依存症は現代病」は誤解
→酒やギャンブルが存在した古来よりある。現代は対象が多様化したにすぎない
【Part2】専門医が語る治療法と予防法
一方、最近になって、病院での依存症の診断基準や治療法も確立されつつある。昭和大学附属烏山病院の精神科医・常岡俊昭先生は、ギャンブル依存症の治療に外来と入院で対応している。
「病院でのプログラムでは、自分と向き合って、どういうときにギャンブルをしたくなるのかに気づき、認知を変えていく治療を行います。16回のプログラムですが、すべてに出る必要はなく、全部出ると治るというものでもありません。
依存症は脳のコントロール機能が壊れている病気ですが、そこを暴走させないようにするには、長くプログラムを続けてもらう必要があります。そのため、困ったときにすぐ相談できる、通いやすい場所で受けていただきたいのです。
また、依存症の回復には仲間が必要なので、病院でのプログラムと自助グループの両輪での治療をおすすめします。認知を変えるといってもひとりでは限界があり、他人と会話したり、交流することが、正しい認知を取り戻す力になります」
病院で依存症を治療するメリットは、精神疾患がある場合の治療ができる点もある。
「ADHD、うつ、不安障害といった病気を併発されている方には薬を出すこともあります。精神疾患があると気持ちが不安定になりがちなので、まずはその治療をしてから、依存症に向き合っていただきます」
ギャンブルやゲーム依存は、アルコールや薬物依存と違い、脳に変化が起きていることを自覚しづらいので、依存症の判別までに時間がかかることもあるという。
「お酒を飲むと酔っ払いますし、薬をやると脳に変化が起こることを自分で理解できますが、ギャンブルやゲームでは、脳が暴走している自覚ができません。しかし、お酒を飲んでいるときと同じことがギャンブルやゲームをしているときにも脳には起こっています。
依存症にだらしないイメージを持っていて、自分が依存症だと認めたくない、病気と思いたくない人も少なくありません。でも、依存症は誰でもなる病気で、回復できます。軽症のうちに病院を受診していただければ回復も早くなります」
最後に、依存症にならないための予防法はあるのだろうか。
「若いころの依存対象への曝露(ばくろ)が依存症の発症に影響します。子どもを競馬場などに連れて行かない、記念日などでも小さい子どもにお酒をすすめないといったことが重要です。
また、自分の感情をふだんから話せることが大切です。お酒を飲んだときだけ饒舌(じょうぜつ)になるというのは危険で、ふだんの状態で話せるコミュニティーや相手を見つけましょう。つらくなったときの依存先を複数持つようにし、友達に電話する、旅に出るといった方法が選べるのがベターです。
そして、依存症の正しい知識を持っておくことが、依存症になったときに重症化を防ぎ、プラスに働くと思います」
常岡俊昭 ◎和大学医学部を卒業後、同大学医学部精神医学講座に入局。2009年より昭和大学附属烏山病院に勤務。2018年より慢性期病棟病棟長。専門は薬物依存・ギャンブル依存・アルコール依存など。ASK認定依存症予防教育アドバイザー。
【ギャンブル依存症チェック「LOST」】
L(Limitless)
□ギャンブルをするときには予算や時間の制限を決めない、決めても守れない
O(Once again)
□ギャンブルに勝ったときに次のギャンブルに使おうと考える
S(Secret)
□ギャンブルをしたことを誰かに隠す
T(Take money back)
□ギャンブルに負けたときにすぐに取り返したいと思う
※自分の1年以内のギャンブル経験が2つ以上あてはまったら、早めに相談機関へ。
【アルコール依存症チェック「CAGE」】
C(Cut down)
□あなたは今までに、飲酒を減らさなければいけないと思ったことがありますか?
A(Annoyed by criticism)
□あなたは今までに、飲酒を批判されて、腹が立ったり、いら立ったことがありますか?
G(Guilty feeling)
□あなたは今までに、飲酒に後ろめたい気持ちや罪悪感を持ったことがありますか?
E(Eye-opener)
□あなたは今までに朝酒や迎え酒を飲んだことがありますか?
※2つ以上「はい」があれば、早めの受診を。
【Part3】依存症患者の家族が告白
反抗期がない“いい子”だった息子さんが、ひきこもりとなり、大学を中退し、ギャンブル依存症に。父親である倉橋泰さんは、最初は借金の肩代わりをしたり、経営する会社に入社させたりしたが、依存症は治らなかった。
「弟になりすましてサラ金で借金したり、母親のカードでキャッシングするなど、ギャンブルに使うお金を引き出すためにあらゆることをやってしまうのが依存症です。最初は息子を犯罪者にしないため、家族でフォローしていましたが、田中紀子さん(※Part1で登場)に出会って、『病気なのだから回復施設に入れないと治らない』と言われ、息子は3年ほど施設に入っていました」
息子さんはその後、得意分野を生かした仕事に就くことができ、現在はイキイキと働いているという。
「仕事で認められ、自己肯定感が得られることで、ギャンブルに頼らなくても気持ちが安定しているのだと思います」
倉橋さんはギャンブル依存症の家族会で活動するうちに、自身にも問題があることに気づいた。
「私は息子が小さいときは単身赴任で子育てに参加しておらず、息子が依存症になって初めて子どもと向き合うようになりました。しかし、今度は子離れできずに、借金を肩代わりするなど面倒を見てしまい、子どもが自立できず、“共依存”の関係になっていると指摘されました。
子どもが依存症の場合、親自身にも問題があることが多いので、ぜひ家族会に参加していただきたいと思います」
子どもが依存症になった場合、「家族の力でなんとかしよう」と思わないことも大切だ。
「依存症は病気なので、自助グループに参加するか、回復施設で専門的なプログラムを受けることをおすすめします。しかもプログラムを受けたらすぐに治るというものではなく、何度も再発するなど時間がかかるものです。
依存症を治すには同じ病気である人とのつながりが大切なので、家族は距離をとりながら見守るしかありません。お子さんが依存症だと気づいたら、回復施設に入れることも選択肢として専門機関に相談してみてください」
倉橋泰 ◎情報誌『ぱど』の創業者として、株式会社ぱどの代表取締役社長、会長を歴任。息子のギャンブル依存症をきっかけに「NPO法人 全国ギャンブル依存症家族の会」で活動。
(取材・文/紀和静)