今まで「声優に俳優を起用」はよくあったが、最近は「ドラマに声優起用」が増えてきている。また、俳優が声優をやると“叩かれる”ことが多い中で、声優のドラマ進出には歓迎ムード。それはいったい、なぜなのか。コラムニスト・テレビ解説者の木村隆志さんが解説する。
昨年最大のヒットドラマ『半沢直樹』(TBS系)に声優の宮野真守が俳優として出演してから約5か月。現在放送中のドラマまで、その傾向が続いている。
『オー!マイ・ボス!恋は別冊で』(TBS系)には、アニメ『鬼滅の刃』で主人公の竃門炭治郎を演じた花江夏樹が俳優として出演。本格的なドラマ出演は初めてであり、注目を集めた。さらに、同じ『鬼滅の刃』で我妻善逸を演じた下野紘も、『レッドアイズ 監視捜査班』(日本テレビ系)で連ドラ初出演。通信指令センターの声を中心に、いくつかの声で出演することが発表されている。
昨年は梶裕貴、櫻井孝宏、内田真礼らのドラマ出演も話題を集めていたが、なぜ声優のドラマ出演が目立つようになっているのか。また、なぜ俳優が声優をやると叩かれがちなのに、声優が俳優をやると好意的に受け入れられるのか。
ネット中心の生活を送る人々へのPR
まず、なぜ声優の俳優起用が目立つようになっているのか。
各局のドラマ制作がビジネスである以上、「数字」という点が優先されるのは当然であり、その意味で声優の存在は魅力的だ。声優の中には俳優以上に熱心なファンを持つ人が多く、しかも、その年齢層は若い。スポンサーが求める年齢層にも合致し、リアルタイムで見るほか、放送前後のネット発信も活発で、それぞれが宣伝マンのようにPRしてくれる。
たとえば、出演が決まるとツイッターに発信し、予告映像がアップされたら発信、放送当日の視聴を呼びかける発信、放送中の一緒に盛り上がる発信、放送後に感想を発信。さらにこれらの発信はシェアされてライトなファン層にも広がるなど、ネット中心の生活を送る人々にアプローチできる。
ドラマの番宣はいまだに自局内の情報番組やバラエティーなど、テレビの中で行うものが中心であるため、視聴者層はどうしてもテレビ中心の生活を送る人に偏りやすい。その点、ネットユーザーたちとの親和性が高い声優たちが、新たなお客さんを呼び込んでくれることを期待しているのだ。
また、テレビ業界で声に対する評価が高まっていることも見逃せない。ネットの普及でスマホやパソコンを見ながらテレビを見る人が増え、視覚ではなく聴覚で訴えかけられる声の重要性が増しているのだ。たとえば『半沢直樹』『下町ロケット』などTBSのドラマには、声優だけでなく、声のいい歌舞伎俳優、落語家、キャスターなどの起用も多く、印象的なセリフを任せることでツイートを誘うなどの狙いが見られる。
余談だが、今春にスタートする情報番組『めざまし8』(フジテレビ系)のメインキャスターに谷原章介の就任が発表された。さらに、同じく今春にスタートするTBSの情報番組に麒麟・川島明のMC就任が噂されている。どちらも月曜~金曜で放送される朝の情報番組だが、美声で知られる俳優と芸人の名前が挙がっていることからも、声が重視されていることがわかるだろう。
想像以上に高い
声優たちの演技力
次に、なぜ俳優が声優をやると叩かれがちなのに、声優が俳優やると好意的に受け入れられるのか。
その理由はシンプルで、声優たちの演技力が人々の想像以上に高いから。声優と俳優の仕事は、台本を受け取るタイミングから、セリフの覚え方、役作りのアプローチ、発声方法、表情や仕草まで違うことだらけだが、「自分ではない誰かを演じる」という点では同じ。そもそも声優の育成には、「表情だけでなく全身を使って演じることからはじめる」というアプローチがあり、「発声と同等以上に演技力を重視しているスクールもある」という。
また、声優として活躍する人の中には、宮野真守のように子役経験や舞台活動にルーツを持つ人も多く、むしろ「声優というくくり自体がナンセンス」という声すらある。つまり、視聴者が知らないだけで、俳優活動の経験が豊富な人は少なくないのだ。ベテランに目を向けてみると、戸田恵子、山寺宏一、大塚明夫、高木渉、難波圭一などドラマ出演の多い顔ぶれが並ぶ。
声優を起用する制作サイドにしてみれば、声がいいのはもちろん、俳優としての演技もこなし、ネットユーザーに強く、さらにイベントやSNSで顔出し活動をしている人も多いなど不安は少ない。ローリスク、ハイリターンが期待できる人材だけに、今後もこの傾向は続いていくだろう。
ただ、声優のドラマ出演が叩かれるケースが少ないのは、「まだ叩かれるほど、一般的な知名度やステイタスが高くないから」という理由もあるだろう。声優たちの中には、「声優全体の知名度やステイタスを上げるために、ドラマやバラエティーに出演している」という志の高い人もいて、徐々に成果が見えはじめている。近い将来、「声優がドラマに挑戦」という見方そのものがなくなるかもしれない。
木村隆志(コラムニスト、テレビ解説者)
ウェブを中心に月30本前後のコラムを提供し、年間約1億PVを記録するほか、『週刊フジテレビ批評』などの番組にも出演。各番組に情報提供を行うほか、取材歴2000人超の著名人専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。