絶好調の「TBSドラマ」に起きた異変とは?(写真:東洋経済オンライン編集部)

 TBSの火曜ドラマと言えば、ドラマ冬の時代でも勢いのある人気枠。2014年の新設枠ながら2016年の『ダメな私に恋してください』(深田恭子主演)以降、女性向け漫画を原作にしたラブストーリーを連発し、同年の『逃げるは恥だが役に立つ』(新垣結衣主演)が最高視聴率20%を超える大ヒット。

 2017年の『あなたのことはそれほど』(波瑠主演)、2018年の『義母と娘のブルース』(綾瀬はるか主演)、そして2020年の『恋はつづくよどこまでも』(上白石萌音主演)も最高視聴率15%を超え、ちょうど入れ違いのように2016年で恋愛ドラマをやめてしまった「フジテレビ月9枠」や、1時間前に放送されるカンテレ制作の「フジテレビ火曜9時枠」の苦戦ぶりとは対照的に、絶好調だった。

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 そう、2020年9月1日、『私の家政夫ナギサさん』の最終回が視聴率19.1%を獲得したところまでは。

「漫画原作頼み」から
「オリジナル重視」へ

 その後、放送された新ドラマは『おカネの切れ目が恋のはじまり』と『この恋あたためますか』、そして1月に始まった『オー!マイ・ボス!恋は別冊で』の3作。

 実はここでTBSはそれまでの漫画原作をやめ、オリジナルドラマ重視に方針転換してきている。内容的にはこれまでと同じ、F1層である20~30代女性向けのラブストーリーで、シリアスというよりコミカル、リアルというよりファンタジー。

 3作とも「庶民であるヒロインの恋のお相手は大手企業社長の御曹司」というわかりやすいシンデレラストーリーで、一見、いかにも漫画原作のようだが、実はそうではないのだ。この4年間で少女漫画的ドラマのノウハウは習得したので、原作なしでも行ける。局内でそういう判断がなされたのだろうか。

 ところが『オー!マイ・ボス!』の第1話が放送されると、人物設定と展開がアメリカ映画『プラダを着た悪魔』に似すぎていることが明らかになった。

 上白石萌音演じるヒロイン・奈未は、名前のとおり「人“並み”の幸せが1番」と考える堅実志向の女子。そんな彼女が大手出版社のファッション雑誌編集部でカリスマ編集長・麗子(菜々緒)専属の雑用係をすることになるが、美しき編集長は奈未を小間使いのように酷使し、辛辣な言葉で考えの甘さを指摘したうえで、何かあればクビだとプレッシャーをかける。

『プラダを着た悪魔』ではメリル・ストリープ演じるファッション雑誌のカリスマ編集長がジャーナリスト志望の主人公(アン・ハサウェイ)をアシスタントとしてこき使っていたが、今回のドラマではさしずめ菜々緒がストリープで、上白石萌音がハサウェイというところだ。

 アシスタントが傲慢な編集長に反発するものの、編集長は単に意地悪なわけでなくそれなりの意図があるという点も似ている。

 それだけでなく、お笑い芸人のなだぎ武が副編集長の半田を演じているのだが、それも『プラダを着た悪魔』でいい味を出していた編集者ナイジェル(スタンリー・トゥッチ)を連想させるキャラ。

 細かい設定でも、編集長が出社時に飲むコーヒーを毎朝、アシスタントがカフェでテイクアウトして来ること、アシスタントがファッションにこだわりのない人でださめのニットを着ていることなど、映画そのままの描写が目につく。

「金の亡者」になってしまった編集長

 もちろん違う要素もある。『プラダを着た悪魔』では舞台がアナ・ウィンター率いるヴォーグ誌のような既に世界的に知られるモード誌『ランウェイ』であるのに対し、『オー!マイ・ボス!』の舞台は新しく創刊される雑誌の編集部だ。ストリープ演じるミランダは、私生活では夫と双子の娘がいるが、麗子は独身。

 何より主人公の設定が違う。映画の主人公アンドレア(アン・ハサウェイ)はジャーナリスト志望でキャリア志向だが、奈未は事務職志望でそれも結婚するまでの腰掛けのつもりだった。

 そして麗子が、奈未の好きになった御曹司・潤之介(玉森裕太)の姉であること。映画ではエミリー・ブラントが演じた同僚の編集アシスタントが、ドラマでは久保田紗友演じる遥で今のところ奈未とは友好的であることなどだ。

 しかし、『オー!マイ・ボス!』が『プラダを着た悪魔』へのオマージュなら、最も残念な相違点は、映画ではファッションという文化を敬愛し、モードの最先端にいるという自覚とプライドを持っていた編集長が、ドラマでは広告料のためなら土下座もする金の亡者になっていること。

 副編集長の半田が「彼女が笑う時、それはお金が動く時」と説明したように、麗子の目的は雑誌に入ってくる広告料金にある。

 奈未が「ファッションって人に夢を与える仕事なんですね」と言ったのに、「夢なんかではない」と否定し、5000万円の広告料のために嘘をついたと語る麗子。

 第2話でも、彼女が奈未に命じて人気漫画家を口説き落とし、イラストを描いてもらえることになるが、それもカルティエのマーケティング部長がその漫画家のファンだったからというオチ。

 その作戦で麗子は6000万円の表4広告を獲得した。そんな描写が続くので、ハイブランドの服に身を包んだ麗子が「結果を出さない人間はいらない」「人並みの根性もない」と叱咤する言葉も、まるで営業ノルマを課す上司のように、世知辛く聞こえてしまうのだ。

テレビ局はなぜ「漫画原作」を求めるのか?

 そもそも、人気漫画のドラマ化はテレビ局にとってメリットだらけ。まず、ほとんどの原作が10万部、100万部と売れた作品であり、それだけの数の読者がいるという知名度は大きい。

 原作を見せれば内容が事前にわかるので、キャスティングやスポンサー営業の際もやりやすく、ダイレクトに原作漫画の版元や電子コミック配信サービスからのCM出稿も見込める。

 その手堅さゆえ、一時は漫画原作でなければドラマの企画が通らないと言われたぐらいで、若手プロデューサーがオリジナルの企画を提案しても、編成部などから「原作なしで視聴率10%を取れるのか」とダメ出しをされたり言質を取られたりするという話も聞いていた。

 それゆえに、テレビオリジナルの企画が増え、ドラマの作り手が創造性をフルに発揮できるようになるならば、その流れは歓迎すべきところ。

 実際に2020年は『MIU404』(TBS系、野木亜紀子脚本)、『知らなくていいコト』(日本テレビ系、大石静脚本)など、世界観を作り込んだクオリティの高いオリジナル作品で、話題にもなり最高視聴率が10%を超えたものもあった。

 しかし、火曜ドラマのオリジナル3作は、もしこれらが人気コミック雑誌の連載企画だったら、プロット(あらすじ)を出した時点で通らないのではないかと思われるほど、作り込みが甘いように見える。その結果、視聴者の熱狂を呼べず、平均視聴率も低下しているのではないか。

 あまり注目されていないポイントだが、漫画原作のドラマ化がヒットする1つの要因は、結果的に「原作者と脚本家がアイデアを出し合う形になる」こと。

 例えば1月の続編スペシャルが好評だった『逃げるは恥だが役に立つ』は、4年前の連続ドラマの後のストーリーを原作に基づいて描いたが、主人公夫婦に子供が生まれたのが2020年で、コロナ禍の中、夫婦が会えない状態で子育てするという展開はドラマオリジナル。

 その展開があったからこそ現在にフィットしたものになった。原作者が漫画連載の時点で編集者と共に練り上げた物語を、ドラマ化の際、脚本家とプロデューサーがさらにアップデートする。その2段階の作業が、オンエアされるドラマの質を高めるのだ。

「漫画原作ドラマ」の意外なメリット

 世界でのコンテンツ販売が好調なアメリカのドラマは、複数の脚本家がチームで取り組み、例えば現在、テレビ朝日系で日本版が放送されている『24-TWENTY FOUR-』はアメリカでは1話に4人が動員されている。

 日本ではいまだに1人の脚本家が初回から最終話までを書く“作家枠”になっていることが多く、視点が1つしかないために偏った設定になったり、現実的に見ておかしい点に気づかなかったりすることが多い。

 そんな単焦点の弊害を多焦点にできるのが、原作ものの利点ではないだろうか。同じく放送中の『書けないッ!?~脚本家 吉丸圭佑の筋書きのない生活~』(テレビ朝日系)では、主人公の脚本家(生田斗真)が急に連ドラの執筆を頼まれ、プロデューサーから「明日までにストーリー案を考えてきて」などと無茶振りをされている。

 このスケジュール感覚はいくらなんでも大げさだとしても、企画よりキャスティングが先行し、制作準備時間が短く、脚本家の層も薄いという日本のドラマ制作の問題点は描かれており、そういった弊害を補うために漫画原作ドラマが多く作られてきたとも言える。

『オー!マイ・ボス!』では第3話以降、奈未がファッションに目覚め、ストーリーにも深みが出ていくとは思うが、現在のところ、作品の評価はレビューサイトでも高くない。

 コミック原作の『私の家政夫ナギサさん』までは一定の高評価がつき、各ドラマ賞なども受賞していたのだが、オリジナルに踏み切った火曜ドラマがこれまでの作品に匹敵するドラマを作り出せるのかに、今後も注目したい。


小田 慶子(けいこ おだ)ライター テレビ誌編集者を経てフリーライターとなる。日本のドラマ、映画に精通しており、雑誌やWebなどで幅広く活躍中。