撮影に殺到した鉄道ファン 撮影/週刊女性写真班

 先日、JR東日本の車掌が、鉄道ファンに向かって“中指”を立ててニュースになった。マナーをきちんと守っている鉄道ファンがいる一方で、一部の人たちによるマナーの悪さも度々耳にする。実際のところどうなのか。大手鉄道会社の元社員で鉄道ライターの佐藤充さんに聞いた。

過敏になる鉄道マンもいる

 JR東日本の車掌が、乗務中、ホーム上の撮り鉄に向かって中指を立てたことが明らかになった。1月23日、八高線に乗務していた車掌が、箱根ヶ崎駅を発車後に、撮り鉄のシャッター音を聞いてカッとなり、振り向きざまに乗務員室から中指を立てたのだ。その写真がネットに拡散されて話題になった。

 いかなる理由があっても、中指を立てる行為は許されない。人としてやってはいけない行為である。

 しかし、車掌を擁護する声は多かった。この件とは別に、マナーの悪い鉄道マニアが目に余っており、鉄道マンへの同情の声が多かった。

 そのうちの一つが、駅員や乗務員が映り込んだ写真や動画をSNSにアップする行為である。

 過敏になった鉄道マンは、人気芸能人ではないが、カメラを持っている人を見かけるだけでも嫌な気分になる。それが鉄道マニアであればなおさらだ。

 鉄道愛好家というのは、ライトな鉄道ファンからディープな鉄道マニアまで、層が厚く、一部にはマナーの悪い人もいる。一方の鉄道マンも、昔ほどではないが、横柄な態度をとる人がいる。双方ともにトラブルが起きやすい下地がある。

 私自身、現役の鉄道マンだったときに、いくつものトラブルを目の当たりにした。社員が原因のトラブルもあれば、鉄道マニアが引き起こすトラブルもある。その中でも考えさせられたのが、トラブルではないが、鉄道車両基地の一般開放イベントだった。

 鉄道車両基地は、毎年恒例で一般開放するところもあるが、ほとんどは開放しない。それでも、開所から節目の年などに、特別に一般開放することがある。

 私が勤めていたエリアでも、ある路線が節目の年を迎えて、いくつかのイベントが企画された。その一つが車両基地の一般公開だった。

 当然、大勢の鉄道マニアが押し寄せることが見込まれた。

 偏見はなくとも、鉄道マニアに身構える社員は多い。それだけ、鉄道マニアに起因するトラブルが多かった。

 その典型は、鉄道写真の撮影ポイントにこだわり、鉄道の敷地に入り込む人たちである。安全に支障を及ぼす場合には、運転士は警笛を鳴らし、必要と判断すればブレーキをかける。それが原因で列車が遅れると、列車遅延情報として各現場に一斉連絡される。

 鉄道マンは、列車遅延を起こさないように日々努力している。撮り鉄が原因で列車が遅延すれば、腹立たしい限りである。

言っていることが正しくても
やっていることがマナー違反

 私が経験した最も悪質なトラブルは、列車部品の盗難だ。

行先表示器、今はLED方式だが、昔は機械式だった

 昔、車両の行先表示は、今のLED方式とは違って機械式だった。鉄道マニアにとっては人気のアイテムである。そこには、普段は行き先になることのない駅名が印刷されるなど、鉄道ファンを惹きつけるものがある。

 その行先表示器が盗まれた。夜中、鉄道車両が滞泊しているところに忍び込み、はずして持ち去るという手口である。

佐藤充氏が執筆した『鉄道業界のウラ話』(彩図社より)※記事内の画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします

 鉄道車両を愛する人が、列車の運行に支障を与え、鉄道車両を破壊する。

 どの趣味の世界にも共通しているが、自分の興味にしか関心が及ばず、他者への迷惑に鈍感な人がいる。当然、他の愛好家からも怒りを買う。

 初めてイベントを開くことになった車両基地にとって、鉄道マニアが多く集まることは警戒すべきことだった。

 鉄道への執着が深い人の中には、ちょっとしたことでも抑制が効かず、感情をむき出しにする人がいる。そういう人たちが大勢集まれば、トラブルも起きやすい。

 実際、トラブルではないが、予想外のことは起きた。小さな車両基地のイベントにもかかわらず、2日前から鉄道マニアが集まり始めたのだ。早朝から鉄道マニアが集まることは想定したが、まさか2日も徹夜する人がいるとは予想できなかった。

 しかも、突然、鉄道マニアのうちの一人が職場に乗り込んできた。

入口に行列の案内表示を出してください! 他のイベントでも、表示を出していなかったためにマニア同士でトラブルになったところがあるんです!」

 唖(あ)然とする社員たちにかまわず、彼はまくしたてる。

「案内表示を出すだけで、全然違うのです!」

 嫌な話である。慣れていない社員よりも、鉄道マニアの方がイベントに精通している。行列ができるところでは、行列の仕方を案内する必要がある。それは正しい指摘だった。

 彼は力説した。鉄道マニアの行動力は、あなたたちが考えているレベルではなく、適切な指示を出さないと混乱が生じる、と。

 気圧される社員の中で、年配社員が一喝した。

「それはわかるけど、勝手に執務室に入ってきたら困るんですよ!」

 それにも動揺せず、

「僕は社員なんです。マニア社員です。社員なので、他のマニアたちを代表して申し入れに来たのです!」

 と、悪びれずに言う。

 彼が社員の一人でも、許可なく勤務外に他所の職場に乗り込んで良いわけがない。

 鉄道会社の社員にも筋金入りのマニアがいる。勤務で鉄道に乗り、非番も趣味で鉄道に乗るような人だ。

 そういう人の中には、豊富な鉄道知識で活躍する人もいるが、彼のように傍若無人な人も多い。仕事で重要なのは、趣味的な深い知識よりも、組織人としての言動ができることだ。“マニア社員”への視線は、実際には冷ややかな場合が多い。

 こういう場面を通じて、社員の中には、鉄道マニアに対して必要以上に悪い印象を抱く人もいる。それが、また別のトラブルを引き起こす。

 このような話題は、永遠に尽きることがない。


文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『明暗分かれる鉄道ビジネス』『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』などがある。また、自身のサイト『鉄道業界の舞台裏』も運営している。