草笛光子('19年)

 話題の連続ドラマ『その女、ジルバ』(東海テレビ・フジテレビ系、土曜午後11時40分)がいよいよ佳境に向かう。うっすら見えていた複数のテーマがはっきりと浮き彫りになり、より胸にしみるはずだ。

87歳、
年を重ねるほどに増す「輝き」

 主人公の笛吹新(池脇千鶴)はスーパーの倉庫で働く40歳のシングル。いいことが何ひとつなく、砂を噛むような生活を送っていた。けれど、底抜けに陽気な高齢者ホステスたちが働くバー『OLD JACK& ROSE』でバイトを始めると、生きる意味が見えてきて、表情にも明るさが戻る。

 物語の最大のキーパーソンは、くじらママこと久慈きら子(草笛光子)。ホステス全員の母親のような存在だ。新のことも娘のように扱う。

 ホステスの一人であるエリー(中田喜子)を40年前に騙した男(大石吾朗)が現れ、再び彼女に近づくと、毅然と言い放った。

「エリーは私どもの大切な家族。その家族を守るのが私の役目。お引き取りください。そして、もう二度とエリーには近づかないでください」

 エリーには頼れる実際の家族がいない。この物語のテーマの1つは「疑似家族の存在と意義」にほかならない。家族がいない者、故郷を離れて家族の存在が遠い者、家族との関係が悪化している者たちにとって、心を許し合える仲間は家族同然の存在。それを得るのは難しいが、この物語では理想的な疑似家族の姿が描かれている。

 くじらママは包容力と貫禄の人である。87歳の草笛はどちらも備えているので、うってつけだった。一方で美しいから、大学生のJUZO(草地稜之)の憧れの人というのもハマリ役だ。

 草笛は年を重ねるごとに輝きを増しているように見える。美に関して一家言ある萬田久子(62)ですら「草笛さんは私の美の師匠」と公言してはばからないほど。

 その美を保つ秘訣の1つはパーソナルトレーニングらしい。15年前から、舞台に立つための身体作りとして始めた。道理でプロポーション抜群で、肌の露出が多いドレス姿のシーンも様になっているわけだ。

好きなことを、のびのびと

 ウェーブのかかったグレイヘアも決まっている。これは当然。なにしろグレイヘアの元祖と言える存在なのだから。染めるのを止めてから既に18年が過ぎた。

 きっかけは2002年の主演舞台『wit ウィット』。化学療法を受けるガン患者役なので髪を全て剃った。68歳のときだった。

舞台が終了し、髪が少し伸びてきたころに『このままでいいかな』と白い髪でテレビに出たら好評だったので、チャンスとばかりに染めるのをやめました」(『ゆうゆう』2020年4月号より)

 くじらママは華麗なダンスも披露する。これは草笛がレビューとミュージカルを看板とした松竹歌劇団(SKD)出身であることを考えると、腑に落ちる。入団は1950年、17歳のときだった。もっとも、子どものころは人前に出るのが苦手だったそうだ。

それがなぜ女優を続けてきたのか、自分でも不思議だなと思います。思いがけず松竹歌劇団に受かって、劇場でたくさんのお客さんの前に立ったとき、私は案外サービス精神が旺盛だから、無理をしてでもやるしかないと覚悟したんですね、きっと」(『ハルメク』2020年9月号より)

 SKDではトップスターに登り詰めた。たが、1954年に退団。その後は名作『青い山脈』(1957年)などの映画に立て続けに出演する。

 一方で1958年に始まった音楽バラエティー番組『花椿ショウ・光子の窓』(日本テレビ)の司会を務めたことから、子どもからお年寄りにまで人気を得る。歌あり、コントあり、トークありで、現在のバラエティー番組の要素の大半が詰まっていた。

 当時、女優が司会を務めるのは異例だった。女優は決められたセリフを読むものだと思われていたからだ。ところが、草笛のトークは機知に富み、鮮やかな司会ぶりを見せたため、才媛としての名声も高まる。

 長らく独身生活を送っている。だが、かつては結婚していた。お相手は管弦楽曲から映画音楽まで幅広く手掛けた作曲家の故・芥川也寸志さん。文豪・芥川龍之介の三男である。1960年に結婚したものの、2年で離婚。当時、2人とも別離の理由は明言しなかった。

 その後は仕事一筋。『犬神家の一族』(1976年)など日本映画史に残る数々の作品に出演。一方でNHK連続テレビ小説には『どんど晴れ』(2007年)など5本、大河ドラマには『真田丸』(2016年)など10本に出た。間違いなく日本を代表する実力派バイプレーヤーだ。

『ジルバ』の後も次の予定がある。出演映画『老後の資金がありません!』が公開される。役柄は主人公の嫁(天海祐希)を泣かせる浪費家の姑。また名演を見せてくれるはずだ。

死んだ後に『面白い女優さんだったわね』と言われるくらい、好きなことをのびのびやりたい。その境地にきています。80代って自由で面白いわよ」(『ハルメク』2020年9月号)

 本当なら昨年、五輪の聖火ランナーを務めるはずだった。生地の横浜を走ることになっていた。好きなことをのびのび、なのである。

 草笛は「人生100年時代」を実行している。考えてみると、くじらママやホステスたちの生き方とピタリと重なり合う。

高堀冬彦(放送コラムニスト、ジャーナリスト)
1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立