家族に会えない寂しさや、ぬぐえない不安に押しつぶされて、毎日、泣きながら電話をかけてくる親……。うつ状態になっている高齢者たちが多いといいます。そんなときに、親にどんな声かけをし、どんなことをすべきか。精神科医、心理カウンセラー、老年内科医に対処法をうかがいました。
「定期的に電話がかかってきては、『コロナが怖い、どうしたらいいと思う?』と不安をこぼされて……。『孫にも会えないから寂しい』なんて弱々しい声で告げられると、私まで不安にかられてしまいます」
そう沈んだトーンで話すのは、都内に暮らす40代の女性。
長引くコロナ禍と、年末年始に里帰りができなかったことを受け、不安を抱えうつぎみになっている中高年層が増えているという。冒頭の女性のように、高齢になった親世代の不安が子ども世代にも伝播(でんぱ)し、負の連鎖につながるケースも少なくない。
別の50代女性が「2世帯で暮らしているのですが、コロナを過度に気にしすぎて、こちらまで疲れてしまう」と吐露するように、親たちにどんな声かけや接し方をすればいいのか悩んでいる人は多い。そんなとき、どうすることが最適解なのだろうか。
コミュニケーションに合理性を求めない
「適当に聞き流したり、めんどくさがるのではなく、どうでもいい話ほど丁寧に聞いてあげてください」
と語るのは、精神科医でありライフサポートクリニック院長の山下悠毅さん。
「最近寒いね」「近所のスーパーの野菜が安かった」などたわいもない親の会話に耳を傾けることが大切であり、「無駄であれば無駄であるほどいい」と続ける。不要不急の機会が奪われているからこそ、無駄が貴重な機会となる。
「LINEなどでコミュニケーションをとるよりも、あえて手間のかかる電話を用いることで相手をおもんぱかる気持ちが伝わります。またコミュニケーションは、声のトーンといった雰囲気が伝わるほうが、より安心感を与えます。
一方、いろいろ下準備が必要なオンライン通話のような効率的なコミュニケーションへのシフトを求める行為は、子どもにとっては便利でも、高齢の親にとっては無力感を与えかねません」(山下さん)
同様に、「なんで〇〇とかしないの?」などと、こちらの価値観を親に押しつけかねない発言も、無力感を助長させるので厳禁とも。
無駄を意識する──、合理性に基づかないコミュニケーションを図ることが重要というアドバイスに、心理カウンセラーの石原加受子さんも同調する。
「外出自粛、テレワークなどによって、生活空間の質が変化しています。家にいる時間が長くなったことで、2世帯、3世帯で暮らしている家族は、これまでと勝手が違うことでストレスもたまりやすい。効率や合理性に基づいて接すると、相手を干渉することになりますからトラブルになる。家族であっても、相手の生き方や時間の使い方を認めてあげる気持ちを持つことが大事」(石原さん)
転換性障害としての高齢者うつ
一方で気になるのは、「もしかしたらうつや、認知症を発症しているのではないか?」といった、親の異変に気がつけるのか、ということ。埼玉みらいクリニック院長・岡本宗史さんに話を聞くと、
「葛藤やストレスといった心理的要因が、身体症状として転換される──という意味で、転換性障害と呼ばれているのですが、動悸(どうき)や頭痛、めまい、不眠といった症状を引き起こします。コロナのような外的要因によって、そういったストレスを感じ、転換性障害になる高齢者は少なくないものです」
一般的なうつ病とは違い、年をとることで身体の衰えやひとり暮らしの生活に孤独を感じ、転換性障害としての“高齢者うつ”と呼ばれるうつ症状になるケースもあるという。そこにコロナ禍というぬぐえない不安が重なるともなれば、心身への負荷はさらに大きくなる。結果、認知症へと発展することもあるというから厄介だ。
「人によって差異はありますが、行動量や積極性が下がる、つまり以前はできていたことができない、もしくはやらなくなってしまったといったケースが見られる場合は、家族はアンテナを張っておいたほうがいいでしょう」(岡本さん)
リスクを強調する情報に惑わされない
また、コロナ不安が誘発するうつ病の傾向として、「情報量の少ない人がなりやすいことが、統計的に示されている」とも。
だからといって、むやみやたらに情報を得るのではなく、客観的な情報に基づく情報量でなければ意味がないとも。一例を挙げて岡本さんが説明する。
「重症化しやすい要因に“肥満”があると言われています。ところが、実際に重症化しやすいケースは、BMIが40以上、160センチの人であれば、体重105キロでBMIが41。つまり、相当な肥満でない限り過度に怖がる必要はないわけです。糖尿病など基礎疾患にも同じようなことがいえます」
どの程度から危険水域になるのか、きちんと自分で調べることが大切。メディアは、あたかも十把一絡げ(じっぱひとからげ)のように「〇〇は危険」と扱うが、そこに落とし穴があると苦言を呈す。
「コロナによって亡くなったとされる方の致命率は0・8%ほどといわれています。メディアは、『重症化すると2倍に跳ね上がる』と喧伝しますが、2倍といっても1・6%です。俯瞰(ふかん)してみると、大きな数字ではない。ですが、2倍と言われると人は過度に恐れてしまいます。リスクを大きく印象づける数字や言葉に惑わされないこと。
そして、明確に情報源が裏づけされている情報を知り、不安がる人に伝えることも、コロナうつを回避するうえで重要なのです」(岡本さん)
多くの一般人が、わかりやすい数字や文言に踊らされ、不安に陥っている現在、
「大多数の医師が見解を示しているように、新型コロナウイルスを指定病院でないと治療ができない結核などと同類の“2類”相当以上指定感染症扱いから、一般病院でも治療ができるインフルエンザと同じ“5類”に引き下げるなどの措置も視野に入れるべきでしょう」
こう岡本さんが提唱するように、ミスリードを防ぐため、行政が正しい理解のもと積極的に動くことも必要だろう。
役割を与える“親孝行プレー”
親自らが正確な情報を知ることができないならば、先のようにコミュニケーションをとりながら、子どもたちが教えてあげればいい。前出の山下さんは、不安になっている親に対して、「役割を与えてあげると、キャッチボールが円滑になる」と助言する。
「家の中、社会の中に、自分の役割がないと人はどんどん不安にかられ、余裕がなくなります。帰省ができない中、親から『何か送ってほしいものはない?』と聞かれたとします。その際、遠慮して『特にないかな』などと返すのではなく、『地元でとれた〇〇を送って』などと返してみてください。『そんなのでいいの』『面倒ねぇ』なんて言いながらも、親は必要とされていることにやりがいを感じます」(山下さん)
先述したように、無力感を与えるのはご法度。かわりに、役割を与えるべし。
お手製で布マスクを作っている親がいるなら、「不織布じゃないとダメでしょ」などと言わずに、「こっちにも送ってよ。なんだったら周りにも配るからさ」と話してみるというわけ。
「親は、『〇〇は大丈夫?』、『△△は足りている?』という具合に、言葉の端々にサインを送っている」と山下さんが指摘するように、役割を与えるということを意識しつつ、ゲーム感覚で話してみるといいかもしれない。
かつて、漫画家のみうらじゅんは、親孝行をゲーム感覚で楽しんでみるという“親孝行プレー”という造語を生み出したが、コロナの今こそ肩ひじ張らずにプレー感覚で親と接するのも有効な手段といえそうだ。
そして、親御さんご自身は、「自分のしたいことを改めて見直す機会としてとらえてみてほしい」という石原さんの言葉を参考にすると心が軽くなるはず。
好きなことをやると自己肯定感につながる
「出口が見えない現状は、専門医やカウンセラーも初めての経験です。どうなるのか誰にも予測がつかない、わからない。そういった中にあって、唯一わかるのは“自分のこと”ですよね。過去を振り返ると後悔が、未来を考えると不安が押し寄せる──、ネガティブなことを考えてしまいがちですから、『いま自分は何をしたら楽しいか?』を第一に考えてみてください」(石原さん)
くしくも、コロナは人に会えない、外に出られない状況を作り出したことで、本当に自分が必要としている人間関係の整理の機会になったともいわれている。ひとりで行動する“おひとり様”は珍しいことではなくなり、ひとりに対するイメージはマイナスからプラスなものへと変化しつつある。
山下さんは、「過去の成功体験を思い出すこと。どうすれば自分がいちばん楽だったかを自覚することがポイント」と授ける。
「自分はしているのに、あいつはしていない。自分はまともで、あいつはだらしない。隣の芝生を見るような考え方は、精神的によくありません。比較するのではなく、自分が好きなこと、楽しいことをやればいい。誰かと比べて自信を持つことが大切なのではなく、楽しいことをやることが、対コロナうつの護身術です」(山下さん)
新しく楽しいことを無理に見つける必要もなし。どんなに小さなことでも自分が楽しいと思えることは、自己肯定につながっていく。気がついたときには、きっとコロナも収束しているはず──。
【まとめ】親との付き合い方「こうしてみては?」
●精神科医・山下さんのアドバイス!
・無駄こそコミュニケーションのカギ
・「なんで〇〇しないの?」は劣等感を与えるだけ
・親に役割を与えてあげる
●心理カウンセラー・石原さんのアドバイス!
・家族間でも個人の意思を認め合う気持ちを持つように
・コロナは自分の自立や自分の人生そのものを考える機会
・過去や未来ではなく、いまと向き合う
●老年内科医・岡本さんのアドバイス!
・親の行動量や積極性にアンテナを張る
・正しい情報を増やしていく
・家族を守るために、わかりやすい数字、ひとくくりの文言を疑うこと
(取材・文/我妻アヅ子)
山下悠毅 ◎やました・ゆうき 精神科医。ライフサポートクリニック院長。専門は依存症全般、パーソナリティー障害。「薬だけに頼らない医療」をモットーに、保険診療での集団カウンセリングを日々、開催している。著書に『いい子をやめれば幸せになれる』(弘文堂)など。