貧困、格差問題を取材し続け、自らも「隠れ貧困」の家庭で育った経験を持つ、『年収100万円で生きる―格差都市・東京の肉声―』の著者でフリージャーナリストの吉川ばんびさん。彼女が経験した、そして取材で見てきた「貧困の世界」を、これからシリーズ化して届けていく。第1回は、コロナ禍で深刻化する貧困について。SOSを出せない人たち、出さない人たちーー。その背景には何があるのか。
路上に放り出された5000人
新型コロナウイルスの拡大により、ただでさえ深刻だった貧困問題が、凄まじい勢いで拡大をつづけている。これまで衣食住に困っていなかった人々ですら「所持金が数十円で今日食べるものがない」というような困窮状態に陥るなど、いつ誰が貧困当事者になってもおかしくないほど、事態は混迷をきわめている。
コロナ禍で特に打撃を受けているのは、やはり以前から低所得層だった人々だ。もともとネットカフェ、24時間営業のファストフード店などで寝泊まりしていた居住困難者の多くが、昨年の緊急事態宣言下の営業自粛で居場所を失い、東京都だけでも約5000人が路上に放り出されたと推測される。(平成30年 東京都福祉保健局生活福祉部生活支援課による『住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書』参照)
東京都は緊急事態宣言下において、住居を喪失した人々に対する救済策として、ビジネスホテルの借り上げを行った。しかしながら、この救済策が実際に路頭に迷っている人々の耳に入ることはなかった。東京都が「ビジネスホテルに無料で宿泊できる」ことを、ほとんど広報しなかったためだ。
当時ネットカフェ難民の多くは、ネットカフェの営業をしている他県に移動しているか、すでに路上生活者となっていた。さらに、行政の窓口へ相談に訪れた人たちですら、ホテルに空きがあるのに宿泊することができず、集団で同じ部屋に寝泊まりする無料低額宿泊所や、赤の他人と相部屋で生活するシェルターなど、住居としては劣悪な環境である場所を優先的に案内されたという。
こうした背景からも嫌というほどわかるが、東京都が本当に住居喪失者を支援しようとしていたとは、私には到底思えない。
医療、福祉にアクセスできない人々
困っている人の元に必要な情報が届かない、というのは、さまざまな社会問題を考える上で最も重要な問題のひとつだと思う。
金銭的な困窮に陥ると、他者との経済格差が開くだけでなく、情報格差や、医療格差にも大きな影響が現れる。例えば、貧困層は貧困脱出に必要とされる知的資本や文化資本、社会資本を持たないために情報リテラシーが低く、マルチ商法に騙されやすかったり、生活習慣病にかかりやすい傾向にある。
先日、全国の若手医師が参加するオンラインセミナーにゲストとして招いてもらう機会があった。医療の現場に立つ医師たち、貧困などの問題に携わるゲストたちが「健康格差」をテーマに意見を交換しあい、格差をいかになくしていくかを共に考える、非常に貴重な場だ。
その場にいた多くの人が問題視していたのは、低所得者ほど生活習慣病リスクや依存症リスクが高いにもかかわらず病院に診察へ訪れることを避け、治療の継続が難しいことだった。彼ら彼女らを必要な福祉や支援につなげることができればいいのだが、そもそも日常生活を送るのですらギリギリの経済状況では、不調の治療にはなかなか意識が向かない。
「貧困」とは単純に経済格差だけでなく、健康格差や情報格差をも生み出すことがわかる。
頑なに病院へ行かない貧困層
私はもともと貧困家庭の出身で、今は主に貧困問題について取材や執筆を行っている。
うちは両親がアルコール依存で、家庭内暴力、ネグレクトなどの問題も抱えた典型的な機能不全家族だった。毎月生きていくだけでも必死で、両親は身体を壊しても頑なに病院へ行かなかったし、私が不調を訴えるとあからさまに嫌な顔をしたり、「気の持ちようだ」と窘めたりした。
そのため、中学生のころに学校の健康診断で見つかった虫歯は10年近く放置されていたし、高熱を出しても病院に行かせてもらえなかったため、飲食がまったくできなくなるまで悪化してようやく受診、緊急入院になったこともあった(入院費は、自分で奨学金から支払った)。
父親が仕事を頻繁に辞めるので生活が成り立たず、健康保険料を滞納していたときには「医療費が3割負担ではなく自己負担になるので、絶対に病気をするな」と強く言われていた。
私たちは自分の家庭が生活保護受給の対象になるなんて考えたこともなかったし、そもそも貧困などの問題を抱えているのは「恥」だと思っていたために、誰にも助けを求めることはできなかった。閉鎖的な環境で、家庭で暴力を受けていることも口止めされていたので、子どもの自分は「逃げ場などどこにもない」と考えていた。
あのとき私たち家族にもう少し知識があれば、問題を誰かに相談できていれば、今ではもう崩壊してしまった家庭にも再建の余地はあったのかもしれない。
生活困難、DV被害は迷わず公的支援を
新型コロナウイルスの影響で多くの人が職を失ったり収入が激減しているにも関わらず、この1年間での国からの一律給付金は一人当たりたったの10万円のみ。10万円では、人ひとりが1か月生き延びることすらできない。
行政は生活困窮者に「小口資金貸付制度」の利用を呼びかけているが、そもそも貸付に審査があり、「償還の見込みが困難と判断した場合は貸付ができない」としている時点で支援としての意味はほとんどなしていないと考えられる(コロナ禍の緊急小口資金貸付においては、厚生労働省HPに「今回の特例措置では、償還時において、なお所得の減少が続く住民税非課税世帯の償還を免除することができる取扱いとし、生活に困窮された方にきめ細かく配慮します」という記述があるが、貸付を受けられたとしても最大20万円までであり、これでは1ヵ月生活できるかどうかもわからない)。
今、あなたが金銭的に困窮している場合は、遠慮なく自治体へ生活保護の申請相談をしてほしい。
もしも窓口で追い返されたり申請の書類すら提出できないような対応をされれば、それは水際作戦と呼ばれる【違法】な対応であるため、その旨を伝えるか、福祉活動を行っているNPO法人などに連絡して付き添ってもらうと非常に効果的だ。
他にも、もしも家庭でDVなど暴力を受けている場合は、近くの福祉課や「男女共同参画センター」に連絡すれば公立のシェルターで保護を受けたり、弁護士から裁判所に申し立てを行ってもらい、接近禁止命令を出してもらったりすることができる。
どれだけ困窮状態にあっても、「自分が公的な支援を受けるなんて……」と考えてしまう人は非常に多い。しかし生活する上での困りごとは、大抵が個人の力では解決が難しいものがほとんどだ。
日本で生活している以上、誰もが公的な支援を受ける権利を当然に有している。「自分たちだけで困難に耐えなくてはならない」と思わずに、ぜひ積極的に公的な支援を受けながら、ケースワーカーやソーシャルワーカーに手助けしてもらって「生活を立て直すこと」を第一に優先してほしいと思う。
吉川ばんび(よしかわ・ばんび)
'91年、兵庫県神戸市生まれ。自らの体験をもとに、貧困、格差問題、児童福祉やブラック企業など、数多くの社会問題について取材、執筆を行う。『文春オンライン』『東洋経済オンライン』『日刊SPA!』などでコラムも連載中。初の著者『年収100万円で生きる ー格差都市・東京の肉声ー』(扶桑社新書)が話題。