生活困窮者を食い物にする悪質な「無料低額宿泊所」の実態とは──。フリーライターの林美保子さんがリポートする。《シリーズ第1回》
第1回
福祉施設とは名ばかり。まるで雑居房、夕食はレトルトカレー
厚生労働省が2018年に発表した調査によると、無料低額宿泊所(略称・無低)は全国に570施設あり、入所者数は1万7067人にも上る。にもかかわらず、無料低額宿泊所と聞いて、どんな施設なのかを知っている人はどれほどいるのだろうか。なかには、東京・山谷や、横浜・寿町など日雇い労働者の街にある簡易宿泊所(通称・ドヤ)と混同している人もいるようだ。
無料低額宿泊所は貧困ビジネスの温床になっているとして、支援団体や識者、メディアなどがたびたび問題視してきているのだが、一般にはあまり知られていないため、改めて書き記したい。
相部屋や、ベニヤ板で仕切った
3畳以下の個室
無料低額宿泊所とは社会福祉法に基づき、本来は生計困難者のために住む場所を提供する福祉施設という位置づけになっている。もちろん、使命感を持って取り組んでいる良心的な事業者もいるのだが、自治体への届出のみで開設できるという手軽さから、福祉どころか、「いまの日本にこんな劣悪な場所があるのか」と呆れ返るほど人権無視の環境に生活困窮者を押し込み、彼らが受給する生活保護費をピンハネする事業者が多く存在する。「路上のほうがマシ」と逃げ出す入所者が後を絶たないのだ。
筆者がAさんという40代男性と出会ったのは、5年前に開催された『反貧困ネットワーク埼玉』主催の相談会を取材したときのことだった。
Aさんが入所していたのは、埼玉県さいたま市にある宗教法人Bが運営する施設だ。元建設現場のプレハブ宿舎2階建て2棟を細かく仕切って60人が住んでいた。あてがわれたのは、3畳の個室。隣室とは薄いベニヤ板で仕切られているだけで、音は筒抜けだった。
建設現場だった場所を利用しているためか水道設備はなく、生活水は井戸水を使っていた。トイレは屋外にしかなく、しかも個別の小便器もなくコンクリートの壁があるだけ、大便用には囲いがあるだけだった。排泄物や洗濯排水、生活排水などはトイレのすぐそばの川にそのまま垂れ流していた。
布団は使いまわしで、南京虫だらけ。Aさんはかゆくて眠れず、虫よけスプレーを買った。
「生活保護を受給する際に路上生活などの理由で布団の持ち合わせがない場合は、『一時扶助』といって布団代を申請することができます」と、生活困窮者支援団体であるNPO法人『ほっとプラス』(さいたま市)の高野昭博生活相談員は語る。
ところが、実際には施設側が入所者の布団代という名目で申請しながらも使いまわしの布団しか与えなかったり、炊飯器などの家具什器費を申請して、実際には共同で使わせたりする事例が散見されるという。
「無低を出て、アパートの入居が決まった人が布団代を申請したところ、“一度申請したから”と、身に覚えのない理由で拒否されたことがありました」と高野さんは語る。
生活保護費は封筒ごと没収、
手渡されるのは1日1000円以下
Aさんは生活保護受給日、ほかの入所者とともにマイクロバスに乗せられた。車の中で受給証と収入申告書、黄色いリボンを渡される。福祉事務所に到着すると、施設スタッフの監視のもと、窓口の前に並ばされた。Aさんが受け取った生活保護費は13万円弱。しかし、すぐそばにはスタッフが袋を持って待ち構えており、封を切らずに封筒ごとそのまま没収される。それと引き換えに黄色いリボンを外していいことになるのだ。
Aさんが自由に使えるお金は、毎日渡される1000円のみ(日曜日を除く)だった。昼食が出ないので、昼食や生活用品などを買うとあっという間になくなってしまう。
「生活保護費12~13万円を支給されて、住居費と食費で10万円以上搾取されるというケースが多いです」と、高野さんは語る。
朝食はご飯、味噌汁、漬物、納豆、夕食はレトルトカレーなどといった粗末な食事しか与えられない。しかも、井戸水は飲める状態のものではなく、沸騰させて冷ました水がポットに置かれてあったが、Aさんは飲む気にはなれず、徒歩10分の距離にあるコンビニでカップ麺を買うときに、店で熱湯を入れてもらったそうだ。
Aさんの場合には3畳の個室だったが、1.5畳の個室や、6畳に2段ベッドを置いて4人部屋にするような例もある。都内には20人収容の大部屋もあるという(ただし、現在はコロナ対策で12人に)。
出入り自由な施設もあるが、Bでは外出届を出さなければならず、門限は21時まで。施設内には監視カメラが4台設置されていた。
無料低額宿泊所での生活は、物理的な不自由さだけが問題ではない。特に相部屋暮らしだと人間関係のトラブルも少なくない。ヤクザまがいの人が牢名主みたいになって威張ったり、お金をせびったり、暴力を振るったりする。一日中酒を飲んでは暴れたり、ケンカばかりしている輩もいる。昼食代を抑えてでも酒を優先するのだろう。
また、「住まわせてやっている」などと、スタッフからの言葉の暴力も日常的にあるようだ。Aさんが福祉事務所に相談すると、施設にケースワーカーがやってきた。そのスタッフも同席したため、Aさんは緊張してうまく話すことができなかった。ケースワーカーが帰ると、スタッフに呼び出しをくらい、怒鳴られた。
入所者は中高年の男性が多い。Aさん曰く、Bのような劣悪な環境に身を置いていると無気力になる人が多いという。
「もう、人として終わっているなと思いました」
Aさんは入所から2か月後、スポーツ新聞で相談会の告知を見つけ、施設から逃げた、その足で相談会にやってきた。その後は『反貧困ネットワーク埼玉』の支援で、市役所の手続きやアパート探しができることになった。
普通の集合住宅のように
住宅街に溶け込む
筆者は高野さんに案内されて、4つの無料低額宿泊所を回った。
そのうち2施設は一見、普通の集合住宅だ。よく見れば、自転車置き場に並んでいる自転車がやたら多い。おそらく部屋を細かく仕切って詰め込んでいる人数分の自転車なのだろうが、多くはカーテンで閉め切っているため、中の様子は窺えない。
元社員寮らしい、大きな施設もあった。200人を収容しているという。プレハブの施設もあった。外観はいちばん見劣りするが、高野さん曰く、「ほかに比べると、まだマシなほう」だそうだ。
「入所者の友達みたいなふりをして中に入ったことがあります。食事は当番制になっていて、入所者が自分たちで作っていました」
こうして、アパートや元社員寮などをまるごと借りて、そこに定員を遥かに超えた人数を押し込むというパターンが多いようだ。
建物名はマンションっぽいカタカナ表記(実は事業者名)のものや、「川口寮」などと地名をつけた社員寮みたいな表記もある。どれも、普通の集合住宅として住宅街に溶け込んでいるので、近所の住民も実態には気づきにくいのだと思う。
コロナ禍で病院や介護施設など「3密」を避けることが難しい施設ではクラスターが発生しやすいことを考えると、無料低額宿泊所こそ密もいいところではないだろうか。
「1回目の緊急事態宣言のときには、どの施設も新たな受け入れをしませんでした。感染者が出たら大変なことになりますからね。でも、今回の緊急事態宣言では受け入れているようです」
もし、クラスターが発生しても、「無料低額宿泊所でクラスターが発生」などと発表されることはないのだろう。
林 美保子(はやし・みほこ) 1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務などを経て、フリーライターに。経営者インタビューや、高齢者・貧困・DVなど社会問題をテーマにした取材活動に取り組んでいる。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト・プレス)、『ルポ 不機嫌な老人たち』(同)がある。