“エンケンさん”の愛称で親しまれる俳優・遠藤憲一が、今年6月に還暦を迎える。「自分が60歳っていうイメージがいまいち湧かないな」と笑う姿の、なんと朗らかなことか。自然体で飾らず、今まで築いてきたキャリアにも決して驕(おご)ることのない姿勢が、見る者や周りの人間を魅了する。
若いころから大好きだった酒を断って、3年がたつ。それが遠藤にどんな変化をもたらしたのだろうか。この先に描く俳優人生とは? 所属事務所の代表兼マネージメントを務める妻・昌子さんと夫婦二人三脚で歩んできた遠藤が、これまで見てきた59年間の景色を振り返る。
自粛中、韓国ドラマにどハマり
「もう3年間は全然、酒を飲んでない。俺が酒をやめるって、本当に信じられないよね(笑)。さすがに慣れたから、遠目に居酒屋を見つけても“飲みたい!”って思うことはないけど、例えば今、目の前に食べ物と酒を出されて、俺ひとりだけ飲まないってなったらちょっときついかも」
断酒のきっかけは、 2018年の元日に出かけた新年会で深酒をし、2日間も消息不明になったこと。昌子さんに激怒され、酒をやめるか家を出ていくかという二択の末の決断だった。遠藤はもともと「趣味は酒だ」と言うほどの酒好きで、空いた時間は仲間とワイワイ飲むのが好きなタイプ。
「定期的に会っていた中学の同級生と、酒をやめてから最初に会ったときなんか、たったの1時間しか一緒にいられなかった。俺は飲めないのに、横でクイクイ飲まれちゃうと調子も乗らなくて“そろそろ行くわ”って解散(笑)。今は人と会うこと自体が減っているから、そこまでつらいとは思わないかな。酒の付き合いはなくなっちゃったけれど、たまにランチやスイーツを食べに行こうって出かけたりしていますよ。(お酒を)やめてから、甘いものがすごく好きになっちゃってね」
断酒後は食べる量が増えたと言い、体重は増加。おなかがぽっこりと出てしまわないように、ストレッチや適度な運動で現在の体形を保っているのだとか。また、変わったのは食生活だけではない。17歳のころに出会い、無我夢中になった“演劇”と改めて向き合い、より深く勉強する時間が増えたと続ける。
「17歳当時は、作品を見るだけでなく脚本の勉強もしたりと、演劇一色の生活だった。そのころの感覚が最近また戻ってきて、コロナ禍での自粛生活が始まったあたりから、ネット配信のドラマをたくさん見るように。話題の韓国ドラマ『愛の不時着』や『梨泰院クラス』も見たし、ちょっとマニアックなところでいうと『恋のスケッチ〜応答せよ1988〜』。これも全話、見ちゃった(笑)。“韓国ドラマ、すごい!”って感激しましたね」
いいものに出会ったら素直に感動し、世界には素晴らしい作品がたくさんある、と目を輝かせる。特に、イラン人の脚本家で映画監督のアスガル・ファルハーディーの作品には衝撃を受けたといい、「今まで見た全世界の監督の中でいちばんうまいかもしれない」と話す姿は、まるで少年のようだ。
「知らなかった世界から刺激を受けると、自分でも面白いものを作りたくなる。実は4年前、ドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』で共演した俳優の鈴木浩介くんと“こんな作品を作れたら面白いんじゃないかな?”と構想を練って、脚本を書き始めたんです。“いつか自主映画をやろう!”って意気込んで、何か浮かぶたびにノートに書き残したりして。最初、主人公はおかしな2人のコンビにする予定だったけど、話を広げていくうちに“娘のほうが合ってるな”とか、“これは連続ものにしたほうが楽しそうだな”と変わっていって」
コロナ禍ということもあり、鈴木となかなか会えない間にも書きためていたアイデアは、当初のものから大きく変更されたそう。
「つい最近、ドラマの撮影で鈴木くんと会う機会があったんだけど、“あの自主映画どうなりました?”って聞かれたから、“映画じゃなくて連続もの。主人公は、娘”って言ったらすごく驚いてた。書き始めてもう4年がたったけど、まだ内容が固まりきっていないもんだから、“遠藤さん……連続ものに変更したとして、このペースのままでいくと、完成まであと40年はかかりますよ!!”ってさ(笑)。映画なのかドラマになるのか、まだわからないけど、それを実現させるのが俺の今の夢かな」
この先もずっと「作り続けたい」
見るだけでなく、最近は読書にも時間を使っている。芥川賞を受賞した宇佐美りんの小説『推し、燃ゆ』を読んでみたり、これまであまり読む機会のなかった漫画にも手を出し始めた、と話す。
「女房が買ってきた『女の園の星』って漫画が、すっごく面白くてさ! まず絵面(えづら)が気に入っちゃって読み進めたら、やたら笑っちゃった」
尽きない探究心とあくなき好奇心が、遠藤の若さの秘密なのかもしれない。
「この先も、俳優はずっと続けたいです。演じ続けるというより、“作り続けたい”。こんな作品を、こういうスタッフさんと……って、企画の初期段階から携わっていけたら楽しいだろうなって。俳優をやりながら監督をやっている人も最近は増えたでしょう? そういうのに俺もチャレンジしてみたいな」
生き生きと語る姿を見て、妻の昌子さんは、
「毎日のように飲み歩いてはすごく酔っ払って、帰ってこない日が続いたりしていたけれど、ここ数年でいろんなものから刺激を受けたり、勉強好きだったりする一面を見て“こういう人だったんだなぁ”って。何かを得るって重要ですよね。前よりは、彼とは接しやすくなったなと思っています」
照れ隠しのように鼻で笑った遠藤は、「まだその作品が実現するかもわからないから、あんまり言わないようにしてたんだけどね」と続けた。
60歳って、素晴らし……い!?
遠藤憲一がまもなく迎える60歳。“作り続けたい”と意気込む彼が思い描く、これからの人生とは。昨年、ドラマ『竜の道 二つの顔の復讐者』(フジテレビ系)で共演した西郷輝彦(74)と撮影の空き時間に交わした、何げない会話を振り返る。
「いくつになるのかって聞かれたから、“今度60歳になります”って。そしたら“わっけーなぁ!”って西郷さんが驚いてたんですよ。俺としては“もう60歳だけど!?”って感じだったのに、西郷さんは“60歳ってのは最高だぞ! いちばんだよ60歳!”って言うから、“どんなふうに最高なんですか?”って聞いたの」
このご時世、撮影現場ではフェイスシールドの着用が主流。もちろん、このときの2人もフェイスシールド越しの会話だった。
「それまではでっかい声で“わけーなぁ!”、“もう60歳ですよ!”ってやりとりしてたのに、最高な理由を聞いたら、まじめになっちゃってさ。何がどんなふうにいいのか話し始めたとたん、真剣に語ってくれたので声が小さくなって、肝心なところが何も聞こえなくて(笑)。え? って思ってたら、スタッフさんに“西郷さんお願いしまーす!”って呼ばれて、それっきり。60歳の素晴らしさを聞き漏らしちゃった。でも、西郷さんがそう言うんだから最高なんだろうね。何が起こるかなって、俺は期待してるんだ」
お茶目なエピソードでその場を大笑いさせてくれた遠藤。生き生きと語ってくれた夢が叶(かな)う日が、心から待ち遠しい。彼が“最高”な60歳、60代を謳歌(おうか)することは間違いないだろう。
(取材・文/高橋もも子)
【PROFILE】
えんどう・けんいち ◎1961年6月28日生まれ、東京都品川区出身。「エンケンさん」の愛称で親しまれ、コワモテな風貌を生かした悪役から、コミカルで愛らしい役どころまで幅広く演じ人気を博す。'01年公開の映画『DISTANCE』で第16回高崎映画祭助演男優賞を受賞。現在、テレビ東京系『バイプレイヤーズ~名脇役の森の100日間』(毎週金曜深夜0時12分〜)に出演中。ほんわかとした日常をのぞき見できる自身の公式インスタグラム(@enken.enstower)も話題に。
【INFORMATION】
東日本大震災の実際の救助映像などを随所に挟み、実話に基づいた家族の絆と人間の底力を描くNHKスペシャルドラマ『星影のワルツ』が2021年3月7日21時より、NHK総合にて放送。出演は遠藤憲一、菊池桃子、川栄李奈ほか。