大河ドラマ『青天を衝け』(NHK)が例年より1ヵ月遅れで放送開始になりました。主人公・渋沢栄一を演じる吉沢亮さんをはじめ、大河ならではの豪華キャストがずらりと顔を揃えていますが、準主役とも言える“最後の将軍”徳川慶喜を草なぎ剛さんが演じていることでも話題です。
2017年、稲垣吾郎さん、香取慎吾さんと共にジャニーズ事務所を退所した草なぎさん。今回は、退所前の主演作『嘘の戦争』(フジテレビ系)以来となる実に4年ぶりの地上波プライム帯(19~23時)の連続ドラマ出演となります。
この4年の間に稲垣さん、香取さんと「新しい地図」というユニットを組み、舞台や映画に主演し、YouTuberとしてもデビューしてチャンネル登録者数100万人を達成するなど活躍していますが、そういったテレビ以外の活動をチェックしていない人は、役者として大河ドラマでようやくカムバックしたと感じるでしょう。
大手芸能事務所から独立したタレントは、元の事務所のスターたちが地上波の番組で活躍している中、なかなかこれまでどおりのポジションにはキャスティングしてもらえないというのが日本の芸能界の実情。それまで一緒にドラマを作ってきたテレビ局や制作会社のプロデューサーの多くも、タレントが独立するとパッタリと声をかけなくなります。
しかし、「新しい地図」メンバーの場合、まずNHKがその沈黙を破りました。2018年に草なぎさんが『未解決事件 File.06 赤報隊事件』というドキュメンタリータッチの単発ドラマに出演し、2020年には稲垣吾郎さんが朝ドラ『スカーレット』に出演。次にテレビ東京が香取慎吾さん主演のサスペンスドラマ『アノニマス~警視庁”指殺人”対策室~』を制作し、現在月曜22時台で放送中です。そして、草なぎさんが大河ドラマに登場ということで、ここに来て3人は地上波でもかつてのような存在感を発揮しはじめました。
徳川慶喜は久しぶりの大役
もともと草なぎさんは、事務所退所前からNHKの人気番組『ブラタモリ』のナレーションを担当しており、独立後も定期的にNHKに通って声の収録を行ってきたでしょうから、新しい事務所もNHK局員とはコンタクトが取れていたはず。
『青天を衝け』は栄一が慶喜に直訴する場面から始まり、2人の人生が幼少期から対比するように描かれていきます。栄一は後に慶喜の家臣となり明治維新後には慶喜の伝記を書いて出版したほどの仲ですから、1年に及ぶドラマの終盤まで出番はあるはず。この重要なポジションを獲得したのはマネージメントサイドにとって大金星でしょう。
また、2020年に公開された映画『ミッドナイトスワン』では、トランスジェンダーの主人公を演じた草なぎさん。男性の体に生まれついたが心は女性であり、新宿のショーパブで働きながら女性として生活する凪沙(なぎさ)にリアリティのある演技でなりきりました。
その結果、日本アカデミー賞主演男優賞に選ばれ、『浅田家!』の二宮和也さんをはじめ他の候補者も強力ですが、3月19日に行われる授賞式では最優秀主演男優賞を獲得する可能性があります。
凪沙は若くはなく、モテているわけでもない。しかし、ひとりでもきちんとした暮らしをし、真面目に働き、同じ境遇の踊り子が困っていれば救いの手を差し伸べ、世間の冷やかしの目にも負けず強く生きている人です。
その凪沙が養育放棄された親戚の少女・一果(服部樹咲)を預かることになり、一果が得意なバレエのレッスンを続けられるようにするため、男性の姿で働くなど、自分を犠牲にしてでも少女に希望を託そうとします。
草なぎさんはそんな凪沙のせつなさと母性のような感情を迫真の演技で体現しました。凪沙が体を売ろうとして客ともめたり、広島の実家に戻って親戚から責められたりと、激しい感情のやり取りも多いのですが、どんな場面でも演じているようには見えないほど。よく草なぎさんを「憑依型」の俳優と言いますが、憑依というよりは、作品ごとにひとりの人間を作り出しているかのようです。
ただ、映画の終盤、凪沙がたどる運命は、草なぎさんが熱演しているだけに、直視できないぐらいにつらいものでした。現実ではトランスジェンダーを含めた性的マイノリティの人たちへの理解は十分に広まっておらず、その実情を誤解されがちなだけに、それをあえて悲劇的に描き、「トランスジェンダーってやっぱりこうなってしまうんだ」というイメージを強めたのは作品として残念なところです。
“インタビュアー泣かせ”の一面も
もともと草なぎさんは、筆者のような記者やライターにとっては、接しやすいけれど本音を引き出すのが難しいという、ある意味“インタビュアー泣かせ”の人でもあります。
最近も、『ミッドナイトスワン』の公開時、「役作りは特にしていない」と語り(『スッキリ』(日本テレビ系)のインタビュー)、『青天を衝け』についても「思い描く慶喜像は?」と聞かれて「まったくわからないんですよね。歴史を全然知らないので」と答えています(『ごごナマ』NHK総合)。
トランスジェンダーの役も時代劇での将軍役も、事前準備をせず、いきなり現場で「はい、スタート」となりきれるものではないと思うのですが、本人は役作りの苦労を語りたがりません。『任侠ヘルパー』映画版の取材のときは、何もしていないはずはないだろうと時間をかけて聞いてみたところ、「まぁ、体はしぼりましたけれどね、5キロぐらいかな」となんでもないことのように話してくれたので、油断できないのです。
努力家であるだけでなく、役をつかむ感性が鋭いこともよく知られています。『青天を衝け』の慶喜役についても、「(歴史的背景などは)まったくわからない」と言いつつ「僕自身が分かっていない感じが、慶喜のつかみどころがない雰囲気とリンクしているよう」(「NHK大河ドラマ・ガイド『青天を衝け』前編」/NHK出版)と語っています。
慶喜と言えば、その名がタイトルロールになった本木雅弘さん主演の大河ドラマ『徳川慶喜』(司馬遼太郎原作)があり、2018年にも『西郷どん』(林真理子原作)で松田翔太さんが“ひーさま”と呼ばれる慶喜を演じていましたが、司馬さんも林さんも、将軍でありながら徳川の世を終わらせることを決断し、鳥羽伏見の戦いで幕臣たちを置いて戦場から去った慶喜を不可解な人物、時に冷たい人物として描いています。「つかみどころのない」というのは、人物像としてまさに的確だと言えるでしょう。
トップアイドルの実力は伊達じゃない
しかし草なぎさんの演技を見ていると、青年期の慶喜は徳川幕府の救世主として期待され、自分に何ができるのかに苦悩していた高邁な人物であったと感じます。栄一と出会った場面での感情を抑えた表情と声のトーン。プライドが高く容易に人を信じない用心深さもありながら、「徳川の命は既に尽きている」と勇気ある直言をした栄一に期待する心理も、一瞬の目の表情ににじませていました。まさに別次元の演技。
栄一役の吉沢亮さんも『ごごナマ』で「草なぎさんのオーラやたたずまいが、お武家様のすごく位の高い人がいるという説得力がある」とコメントしており、それは長年、トップアイドルグループにいて人の2倍、3倍努力することが当たり前であり、主演俳優として視聴率などの結果を出すことが求められ、「すごくレベルの高い人」であり続けた草なぎさんだから出せたもの。
そういった役者と役柄のシンクロニシティを見込んでいたのであれば、NHKのプロデューサーたちのキャスティングセンスはさすがと言うべきです。
小田 慶子(けいこ おだ)ライター
テレビ誌編集者を経てフリーライターとなる。日本のドラマ、映画に精通しており、雑誌やWebなどで幅広く活躍中。