神秘的なイメージで人々を魅了する青木ヶ原樹海。そこに20年以上通い続けてきた、ルポライターの村田らむさんが多くの“伝説”を持つ樹海の真実を激白──。
樹海でいちばん選ばれる自殺方法
富士山の裾野に広がる青木ヶ原樹海は自殺スポット、心霊スポット、怪奇スポットとして人気が高い。
世界中に自殺スポットはたくさんあるが、青木ヶ原樹海はかなり珍しいスポットだ。多くの自殺スポットではビルや崖などから飛び降りたり、走る電車や自動車に飛び込んで、自らの命を絶つ。
だが、青木ヶ原樹海の中には小さな崖はあるものの、せいぜい3メートルくらいしか高さがない。飛び降りても痛いだけでなかなか死ねない。樹海内によく鹿は走り回っているが、よっぽど運がよくない限りぶつかって死ぬことはできないだろう。
樹海でいちばん選ばれる自殺方法は、首吊り自殺だ。木にロープをかけて首を吊る。ただし、樹海は地面が溶岩でできていて、木の根がしっかり張れていない場所が多い。だから首を吊ろうとしたら木が倒れてしまうことも多い。枝ぶりのいい木も少ないから、吊る場所を探すのに苦労するようだ。
次に多い死に方が服毒自殺だ。青酸カリのような致死性の高い毒は手に入れるのが難しいから、睡眠薬を飲んで亡くなる人が多い。睡眠薬を過剰摂取して死ぬのは実は難しいが、冬場に酒と睡眠薬をたくさん飲んで外で眠ってしまうと高い確率で凍死できる。ただ、目が覚めてしまい、死に至るまで低体温症で苦しい思いをするかもしれない。
樹海の中で老年カップルの自殺死体を発見したことがあった。木の下で並んで死んでいたから、おそらく心中だろう。顔の肉は虫に食べられてほとんどガイコツになっていた。
2人は除草剤を飲んで自殺していた。寄り添い眠るように死にたかったのかもしれないが、除草剤を使った自殺は非常に苦しい。
2人とも、これでもかというくらい大きく口を開け、手は胸を掻きむしって死んでいた。ほとんどガイコツになっていても、まざまざと苦悶の跡が残っていた。
飲む毒ではなく、吸う毒を持ってきていた人もいた。風船をふくらませるためのヘリウムガスだ。吸引することで酸欠になり、比較的楽な死に方ではあるが、ヘリウムガスのボンベはでかくて重い。足場の悪い樹海の中をガラガラとボンベを引きずって歩いたのかと思うと、ご苦労さんという気持ちになった。
イメージが先走り!? 樹海“都市伝説”
自殺者がたくさん出るため、青木ヶ原樹海は心霊スポットとして取り上げられることも多い。実際、霊能者がらみの取材に同行したこともある。霊能者は神妙な顔つきで、
「おびただしい数の霊魂が集まっていますね!!」
などとオーバーに驚いていた。だが青木ヶ原樹海の中で亡くなる人の数は多くて年間数十人くらいだ。最近では昔よりも減って30人以下だと言われている。単純計算で10日に1人以下だ。普通の森よりは多いだろうが、「おびただしい数の霊」ってほどではないんじゃないの? と興ざめした。
だが青木ヶ原樹海は、霊現象以外にもさまざまな怪奇現象が起きると噂されている。まさに都市伝説の宝庫だ。代表的なところを検証してみよう。
まず最も有名なのが、
「樹海の中では方位磁石がきかなくなる」
という説だろう。多くのフィクション作品の中でも登場する伝説だ。樹海の中で迷った主人公の手の中で、コンパスの針がクルクルと回るシーンを見たことがある人は多いはずだ。だがもちろん実際にはそんなことは起きない。
筆者は20代のときに、コンパスだけで2度樹海を縦断したことがある。ほとんど迷わずに樹海を縦断することができた。確かに樹海の岩石の中には磁気を発生する鉱物があるらしいが、大変弱い磁力なので、コンパスを胸の高さで使用するなら、ほとんど影響はない。
類似の伝説で、
「青木ヶ原樹海は迷いの森。1度入ったら生きて出ることができない」
というものもある。しかしこれもデマだ。樹海の中で
「わざと迷ってみよう」
と思い行動してみたことがある。コンパスもGPSも持たずに樹海の中に入ってひたすら歩いてみた。すると、30分も歩くと自然と外に出てしまった。1度ではなく3回入っても同じ結果になった。
樹海は広そうに見えるが実際には4キロ四方くらいの大きさしかない。そして樹海の内部には実はたくさんの遊歩道、旧遊歩道、登山道が走っている。探検をした人が残していったロープが残っていることも多い。樹海で死体がよく発見されるのは「樹海に自殺するために来る人」が多いからだ。
実際には、樹海の中で迷ってしまって、そのまま出られなくなって死んだ人はほとんどいないと思う。
「樹海の中では携帯電話は使えない」のは、都市伝説というより、当たり前のことだと思っている人も多い。だが、樹海の中は意外と電波が通じている。もちろんどこでもバリバリアンテナが立つわけではない。しかし場所によっては動画の配信ができるくらいの電波がある。
実はこれは最近の話ではない。筆者が初めて樹海に潜った20年以上前、ドキドキしながら森の中を歩いていたら、いきなり出版社から仕事の電話がかかってきた。仕事の話をしようとするので、
「いま樹海の中にいるんです」
と電話を切った。するとその直後に今度は母親から法事を知らせる電話が。そんなことで、すっかり興ざめしてしまった。青木ヶ原樹海の神秘的な光景に酔いたい人は携帯電話の電源は切っておいたほうがいいだろう。
実在する『樹海村』その実態は……
「樹海の中には自殺志願者がつくった森があり、そこで生活している人がいる」
という都市伝説もある。これは映画『樹海村』の基礎になった伝説でもある。映画の中では樹海の中に捨てられた人、自殺した人などが集まってつくられたおぞましい村が出てくる。しかし実際に樹海を歩いていて、このような集落を発見したことはない。テントが立てられているのを見つけるのが関の山だ。
しかし驚くなかれ、青木ヶ原樹海の中に本当に村はあるのだ。航空写真を見ると精進湖の南のあたりの139号線の道沿いにキチッと長方形の形に整備された場所を見つけることができる。河口湖町精進5丁目、通称『民宿村』と呼ばれる場所だ。きちんとアスファルト舗装されて、70軒以上の民家が立っている。そして、名前のとおり10軒ほどの民宿が営業をしている。
筆者は泊まりがけで青木ヶ原樹海を探索するときは、この民宿村に宿泊させてもらっている。実は樹海周辺は観光地だ。富士急ハイランドや富士サファリパークへ泊まりがけで遊びに行く人や、富士五湖や富士山登山をする人が利用する場合が多いという。おどろおどろしい気分を味わうことはできないかもしれないが、ぜひ1度、遊びに行ってほしい穴場なスポットだ。
そして最後の伝説は、
「樹海の中には野良犬やクマなどの獣がいて人間が襲われている」
というもの。
まずよく言われるのが、捨て犬が野犬になり群れをつくっているというものだ。だが実際に、樹海の中で犬を見たことは1度もない。もし群れで生活しているなら、かなりの量の肉を食べなければいけないが、たまに出る自殺者の肉ではとうてい足りないだろう。
ネズミやリスなどの動物を捕まえて食べたらいいのじゃないか? と思うかもしれないが、これも難しい。樹海はあまり栄養に富んだ森ではないため、小動物の数も多くはないのだ。そして、クマだが、
「安心して!! 樹海にクマなんていないよ!!」
と否定したいところだが、そこまでハッキリとは言い切れない。樹海の中で見つける遺体の多くは、動物に齧(かじ)られている。ネズミやイタチなどが齧ったと思われる小さな齧りあとはよく見かける。
だが、あからさまに大型動物が食べたと思われる痕跡もちょくちょく見かける。乱暴にシャツをめくられ腹部がごっそり食べられていたり、ジーパンを切り裂き太ももの肉を齧り太い大腿骨をバッキリと折っているものもある。
前述のとおり樹海の中は栄養に乏しいのであまりクマがいるメリットはないが、ツキノワグマの生息範囲には入っている。別に柵があるわけではないから、来ようと思ったら来ることができる。
「なんだクマが出る以外の噂は全部、根拠のない噂じゃないか?」とシラケてしまった人もいるかもしれない。
しかし神秘的なベールをすべて剥いでしまって現実がむき出しになっても、青木ヶ原樹海が、自ら命を絶つ人たちが集まる“自殺の森”であることは間違いがない。
なぜ青木ヶ原樹海で多くの人たちが命を絶つのか? それにはいろいろな仮説はあるものの明確な答えはない──。
寄稿・写真/村田らむ
ルポライター、イラストレーター、漫画家。樹海や禁断の土地、触れてはいけない社会の暗部などを自ら身体を張って取材。近著『ホームレス消滅』(幻冬社)発売中