弁論後の明石弁護士(左)と原告の渡辺さん。実名で取材に応じた

「死ぬしかない──何度もその言葉が頭をよぎりました」

 悲痛に訴えるのは、NTTドコモ(以下、ドコモ)の元社員、渡辺哲也さん(36)だ。

 渡辺さんは、国内外での音楽業界での実績を評価され、'14年に同社に入社、音楽関連部署の営業管理の担当になった。これまでのキャリアを活かせると希望を抱いた渡辺さんだったが、入社直後からその後3年以上にわたり、2人の上司からセクハラとパワハラの被害に遭ったという。

「入社直後にあった飲み会の二次会では、40代の女性上司に同僚と一緒に六本木のゲイバーに連れていかれました」

 その女性上司は「いつものシャンパンやろう」と言って渡辺さんの同僚男性を下着姿にした。すると店長は彼の股間めがけて至近距離でシャンパンを開栓して……。

「上司は彼が痛がる様子を見て笑っていました。その後、僕も店長に顔中を舐めまわされ、下着の中に30分以上、手を入れられました。“やめてくれ”と抵抗しましたが、上司も同僚も誰も止めてくれなかった。帰り際に店長に抗議すると“ドコモの飲み会はいつもこうだから、ごめんなさい”と言われました」

日常的に無視されて、無理難題と人格攻撃

 通常の業務でも女性上司からは、「日常的に無視を繰り返され、メールでも威圧的、“社会人としてそもそもルールがなっていない”など人格を攻撃する言葉も浴びせられました。無理難題を投げかけられ“明日までに提示して”と言われることも」

 さらに渡辺さんは、別の男性部長からもパワハラの被害を受けていたと明かす。

「自腹で楽曲を作るように言われ、3日間の徹夜を余儀なくされたことも」

 渡辺さんは、'18年に入り、社内のコンプライアンス推進委員会に被害を申告した。

「会社側は、コンプライアンス違反はあったと認めたもののセクハラやパワハラには当たらない、と回答しました」

 それどころか“会社の秩序を乱した”という一方的な決めつけで、コンプライアンス違反を宣告されたのだ。

「相談したのにまるで口封じするようにそんなことを言われて、ショックと恐怖はすさまじいものでした……」

「退職した今も
フラッシュバックに苦しんでます」

 しかし、上司2人にはなんの処罰も下されなかった。一方、被害を申し出た渡辺さんは突然、これまでの業務とは全く関係のない食品ビジネス担当に異動させられた。一連のストレスで渡辺さんは適応障害や不眠、血尿などに苦しみ、'19年4月に休職し、6月に退職した。

「退職してからも、フラッシュバックにたびたび悩まされました。家族も“そこまでして働くことはない、とにかく生きていてくれればいい”と心配して見守ってくれました。泣き寝入りもやむなしと思ったこともありました」

 昨年秋ごろからメディアがこの問題を取り上げたこともあり、社会の流れが変わってきていることを実感。

「“きっと私のように苦しんでいる方がほかにもいる。勇気を持って声を上げないといけない”と思い、提訴することを決心しました」

 渡辺さんは'20年12月に前述の女性上司と男性部長、そしてドコモからセクハラとパワハラを受けたとして、東京地裁に提訴。治療費や慰謝料の損害賠償など計約463万円を求めている。

 渡辺さんの代理人で、労働問題に詳しい明石順平弁護士は「会社側は上司2人に処罰も与えず、逆に被害を訴えた渡辺さんは、畑違いの部署に異動させられる報復人事を受けた。被害者に追い打ちをかける企業のやり方は悪質です」と指摘する。

 今年2月下旬には、第1回の弁論が行われた。

 裁判後、渡辺さんは週刊女性記者に次のように語った。

「男性が女性上司を訴える初めてのケースと言われていますが、裁判という公の場で企業側のコンプライアンス違反行為を明らかにしたい」

 4月には弁論準備手続きが取られる予定だ。渡辺さんの訴えは続く。

《取材・文/アケミン》