爆笑問題・田中も発症した脳梗塞。その予兆はほぼない。軽いめまいや手のしびれがあっても数分でおさまるので“疲れてるだけ?”と見逃しがちだ。まずは脳梗塞とそのリスクを知り、“その日”が来ても冷静に対処しよう!

2月21日に復帰した爆笑問題の田中裕二。発症時には「一瞬だけ左の手足が動かなくなった」とラジオで語った

「新型コロナウイルス感染症と脳梗塞の関係が話題になっていますが、40代からは誰でも脳梗塞のリスクが上がります」

 と、杏林大学医学部教授・脳卒中センター長の平野照之先生。

 昨年12月、厚生労働省の研究班と日本血栓止血学会の調査チームが、国内の新型コロナウイルス感染症と血栓の関係を発表した。血栓症とは血の塊ができる症状で、脳梗塞や肺塞栓につながる。

 新型コロナに感染した爆笑問題・田中裕二がくも膜下出血と脳梗塞を発症した際には“コロナの後遺症では?”と報道されたが……。

「新型コロナが軽症の場合は頻度が低いので怖がる必要はありません」(平野先生、以下同)

 脳梗塞は厚生労働省の調べによると年間約20万人が発症し、約6万人が亡くなっている。コロナのあるなしにかかわらず、他人事ではない。

【新型コロナ重症度別血栓症の頻度】
 1・85%……全体
 0・59%……症状が軽い入院患者
 13・2%……重症患者

​軽症の場合はほぼ心配はいらないが、重症患者は脳梗塞、肺閉塞などのリスクが高い(※2020年12月厚生労働省研究班、日本血栓止血学会調査チームによる発表より)

【種類】脳梗塞の3つのタイプ

「脳梗塞とは脳の血管が詰まる病気で、主な原因は動脈硬化と不整脈です」

 動脈が硬くなると、どうして血管が詰まるの?

「庭木に水をあげるホースを思い浮かべてください。長年使っていると硬くなってボロボロになりますね。これが動脈硬化です」

 経年劣化や高血圧による負荷でボロボロになる。

アテローム血栓性脳梗塞は、傷ついた血管壁にコレステロールが入り、アテロームというドロドロの塊ができることから始まります」

 ここで意外なのはドロドロの塊が大きくなって血管を塞ぐのではなく、塊が破裂したとき、それを修復しようと集まった血小板が血栓を作って塞いでしまうこと。

「アテローム血栓性脳梗塞は太い血管で起こるので、命に関わる場合や重度な後遺症を残すことも」

 重症化に至る梗塞はほかにも。不整脈のひとつ、心房細動によって心臓に血栓ができ、脳に回って太い血管を塞ぐ、心原性脳塞栓症だ。

「突然発症して麻痺(まひ)や意識障害を起こし、死に至る場合もある危険な脳梗塞です」

 狭い血管では、もろくなった血管が塞がってしまうラクナ梗塞がある。

「これは年齢を重ねると多くの人が発症します。気づかないうちに発症していることも。脳ドックで見つかるケースも少なくありません」

イラスト/大塚さやか

【症状と治療】“いつもと違う”に注意

「脳梗塞の治療は、時間との勝負。血栓を溶かす治療にはタイムリミットがあるのです。小さな症状でも、迷わず救急車を呼んでいい。救急隊は脳梗塞の症状を熟知しているので遠慮することはありません。1分治療が早まれば、1日健康寿命が延びるといわれています」

 脳梗塞のサインは、以下に示した「BE FAST(ビーファスト)」と呼ばれる5つだ。

■見逃さないで! 脳梗塞のサイン「BE FAST」

【B】(Balance)……身体のバランス

突然、身体のバランスを失う。身体がふらつく。

【E】(Eye)……目の見え方の異常
片方だけ見えなくなる。両目の視野が欠ける。

【F】(Face)……顔の麻痺
顔の左右どちらかがゆがむ。「イー」と発声し口角の高さが違うと麻痺があると判断。

【A】(Arm)……腕の麻痺
片方の腕が麻痺する。目を閉じ、手のひらを上にして水平になるように両腕を上げてもらい、片方の腕が下がってくると麻痺が起こっている。

【S】(Speech)……言葉の障害
ろれつが回らずうまくしゃべれない。舌がもつれて言葉がスムーズに出てこない。意味不明なことを言う。

【T】(Time)……すぐに救急車を
上記の症状があれば、すぐに救急車を呼ぶ。一見軽症でもしばらくたって大きな発作が起こる可能性がある。

「脳梗塞の症状は多岐にわたるため、“いつもと違う”がポイント。いつもより左右どちらかの顔が下がっている、ろれつが回らない、言葉が出ない、フラフラしている……決して“疲れているから”“寝不足だから”と自己判断しないようにしてください」

 症状を見逃さないことが大切なのだ。

「脳梗塞は突然起こりますが、一過性虚血発作といって予兆となる症状が出ることがあります。小さな症状の後に、大きな脳梗塞が起こることもあります」

 血管が詰まると、その先の神経は壊死(えし)してしまう。その範囲が時間を追うごとに広がるので一刻も早く治療が必要。

「t-PAという血栓を溶かす点滴で治療することができます。ただし、この治療は発症から4時間半以内という制約がある。朝起きて症状が現れていたなど発症時間がわからない場合は、MRIを使って特定することも」

 大きな血管が詰まった場合には、カテーテルで血栓を取り除く血管内治療を行うこともある。

「現在はt-PA治療が行える医療機関(一次脳卒中センター)に救急搬送するシステムが整い、95%はカバーできるといわれています」

【予防】高血圧、糖尿病、肥満、喫煙はリスク大

 そもそも脳梗塞を予防するためには?

「高血圧は最大のリスク。40歳を過ぎたら毎日決まった時間に血圧を測りましょう。前の日に家族とケンカをしただけでも血圧は上がりますから、日々の自分の血圧を知っておくことが重要。収縮期が140、拡張期が90を超える日が続いたら医師の診察を受けて

 高血圧になると、一生薬を飲み続けなければならない?

「運動療法や体重管理で血圧が下がることも。薬も進化していて、動脈硬化を改善してくれたり認知症の抑制などのプラスα効果があるものもありますよ」

 また、糖尿病や脂質異常などもリスクが高い。

「塩分のとりすぎ、食べすぎ、飲みすぎ、運動不足など生活習慣を見直し、肥満があれば改善を。日本人は塩分感受性が高く、塩分で血圧が上がりやすい人種。しかも塩辛いものを好むので控えめに。また、タバコを吸う習慣のある人は今すぐ禁煙して。タバコを吸っていると、クスリの治療効果がゼロになります

 また、動脈硬化を調べる検査や脳ドックでリスクを知ることも重要だ。

「“予防に勝る治療なし”、脳梗塞はまさにこれにつきます」

【検査】リスクを調べる検査は40代から

「脳梗塞のリスクを調べる検査は3つ。今回行った脳のMRI検査、ほかに頸動脈(けいどうみゃく)エコー、心電図です。脳梗塞は若くても発症リスクがあるため、40歳になったら検査を始めて。特に両親のどちらかに脳動脈瘤(りゅう)または脳卒中の既往歴があるなら早めが大事です」

 と語るのは、脳外科医で新百合ヶ丘総合病院院長の笹沼仁一先生。

 MRIは脳の血流状態、エコーは頸動脈の動脈硬化、心電図は不整脈を調べる検査だ。

「頸動脈に動脈硬化があると、脳梗塞のリスクが高まります。MRIでわかるので、40代からはエコーと並行して行って。心原性脳塞栓症が増える60代以降の方は心電図を受けてください」(笹沼先生、以下同)

 今回、編集Y(40代)と記者M(50代)が脳ドックにトライ。初のMRIで怖がって大騒ぎした2人の検査結果は……。

「MRI画像で小さな白い斑点があるのは血流が悪くなっている部分です。白い斑点の中に黒い点がある場合は、小さな脳梗塞を起こした痕です。今回、検査した2人にはそれらの異常は見られませんでした」

 安心してMRIの恐怖が吹き飛ぶ編集Y。この病院では血管を明瞭に画像化する“3テスラ”という高性能なMRIを使用し、頸動脈の動脈硬化もわかるという。

「2人とも頸動脈の狭窄(きょうさく)もみられないので、動脈硬化の心配も今のところありません」

 またまた安心!!

「異常がなければ5年後、血流の悪いところや小さな脳梗塞があった方は1〜2年ごとに検査を行うといいでしょう」

 高血圧、糖尿病、生活習慣病、遺伝リスクがある方は特に検査が大切。結果に安心した編集Yは急に“祝杯あげねば”とイソイソ……。

「検査結果に気を緩めずに! 5年後、10年後の健康は今の生活習慣にかかっています」

“何かあるかも”といたずらに不安がるよりは、まずは検査してみるのがおすすめだ。

【体験談】父が「ある日突然」倒れる

 記者Mの父(73歳)は団塊世代、現役の書籍編集者だ。今年1月、いつものごとく自作の肴で晩酌中、1合徳利(とっくり)に注いだ酒をおちょこ1杯半飲んだところで突然“寝る”と寝室にさがった。母から聞いて、おかしいと思った。“酒の1滴は血の1滴や(酔うとなぜか関西弁)”という父がおちょこ半分を残すわけがない。

 翌日、会いに行くとボサボサ頭で登場。ショックだった。スタイリッシュな父しか私は知らない。そして、終始無言。「お父さん、うつか認知症だと思う」私はそっと母に耳打ちしたが、結果、脳梗塞だった。酒を残した翌週、無口キャラになった父は撮ったMRIで“心原性脳塞栓”と診断されたのだ。

 長年、不整脈でバイアスピリンを飲む父のかかりつけ医は心臓専門。“脳は専門外だし、もう発症から1週間。もっと強力な薬に替えるから、帰宅していつもどおり暮らして”と言う。驚いた。“文字が読み書きしづらい、言葉が出てこない”と日常の不便を告白(妻と子には黙秘)したのに、通常の生活? 病院を替えよう、と決意した。

「え、ここまで歩いてこられたの。カルテもご自身で? こんなに広範囲の梗塞で!?」

 と驚いたのは近所の総合病院、脳神経外科部長だ。先に画像を見ていた先生は父が言葉も発せない状態で来院すると推測し、今の状態は奇跡だと言ってくれた。発症からひと月後、父の脳を診てくれる医師がやっとできたのだ。“いずれは仕事も復帰させたい”と目標も伝えた。父はいま言語リハビリを受けている。

 “突然のその日”の対応で予後に差が出る。自分と家族を守るため、脳梗塞を知ろう。

(取材・文/山崎ますみ)

《PROFILE》
平野照之 ◎杏林大学医学部脳卒中医学教室教授。杏林大学医学部付属病院脳卒中センター長。日本脳卒中学会理事など数々の学会の要職を務める。著書『脳卒中の再発を防ぐ本』(講談社)ほか多数。

笹沼仁一 ◎脳外科医。新百合ヶ丘総合病院院長。日本脳神経外科学会専門医・指導医。日本脳卒中学会専門医・指導医。外来、脳ドックを中心に診療、後進を指導育成。