「避難所で、夜になると男の人が毛布の中に入ってくる。仮設住宅にいる男の人もだんだんおかしくなって、女の人をつかまえて暗い所に連れて行って裸にする。周りの女性も『若いから仕方ないね』と見て見ぬふりをして助けてくれない」(20 代女性)
東日本大震災から10年――。上記は、「東日本大震災女性支援ネットワーク」(2014年より「減災と男女共同参画 研修推進センター」)による『東日本大震災「災害・復興時における女性と子どもへの暴力」に関する調査報告書』で報告された被災者女性の悲痛な叫びである。
「避難所での性暴力」
支援者たちが口を閉ざした過去
これだけの災害大国・日本でありながら、あまり大きく報道されてこなかった問題。それが「避難所での性暴力」。
実は、そういった問題は26年前の阪神・淡路大震災時にすでに報告されていた。
何も対策を講じてこなかったわけではない。阪神・淡路大震災後に、支援者たちを含めた女性たちが声をあげていたが、当時はまだ、そのような女性の声が届くような時代ではなかった。一部メディアから「被害の証拠がない」「すべて捏造」と“デマ”扱いされ、被害者を支援してきた人たちがバッシングを受け、しばらく口を閉ざしてしまったという背景がある。
そして多くの人にその事実が知られぬまま、東日本大震災でも同じことが繰り返されてしまった。
10年前もセンセーショナルな問題として、それほど大きく報道されることはなかった被災地での性暴力。中でも安全だと思われていた避難所で当時、何が起きていたのか。
「性暴力は災害と関係なしに普段からある問題です。災害時に性暴力がいたるところで起こっていたわけでは決してありませんが、それでも、こういったことが実際にあったことを、多くの方に知っていただきたいと思っています」
と話すのは、「減災と男女共同参画 研修推進センター」の共同代表を務める池田恵子さん。
「これらの話をすると、若い子の中には “じゃあ私は災害が起きても避難所に行かない”という子がいます。それは危ない話で、逃げるときは逃げないといけないし、そういう反応につながってしまっては本末転倒。当時何が起きていたか話すときには、必ず“対策”とセットでお話しするようにしています」
そのように前置きしたうえで、避難所で起きていたこと、そして今後の課題・対策について話してくれた。
被害届を出せない「理由」
「避難所での強姦、強姦未遂も報告されていますが、それ以外では例えば授乳するところをジッと見られた、ストーカー行為をされたという話もありました。
また、避難所に来ていた看護師の女性が、血圧測定の際に胸を触られたり、ボランティアの女性が後ろから繰り返し抱きつかれたケースも。注意したところ、ボランティアのリーダーから“ボランティアが被災者を叱って指導するとはもってのほかだ!”という声を向けられてしまったというのです。
私たちの調査でわかったのは、被害者の年齢層が、未就学の子どもから60代までと、非常に幅広いということ。子どもの被害の中には男児がわいせつな行為をされた事例もありました。被害者と加害者の関係が被災者同士、支援者同士などパターン化されてなかったのも特徴です」
震災後、東日本大震災女性支援ネットワークの一員として現場に足を運び、調査を進めてきた池田さん。池田さんらがまとめた冒頭の報告書には、こんな事例も記されている。
「避難所で深夜、強姦未遂。“やめて”と叫んだので、周囲が気づき未遂に防いだ。加害者も被害者も被災者だった。110 番通報したので、警察官が事情聴取したが、被害女性が被害届を出さなかった」(50 代女性)
この女性のように、当時は被害届を出さない人も多かった。その理由について池田さんは、
「まずは、加害者も同じ地域の人という場合も多い。今後も同じコミュニティーで生きていかなければならず、性被害を受けたことが地域の人に知れ渡ったり、加害者と正面から敵対したりするようなことは、できれば避けたかったんだと思います」
こういった被害があると、避難所では当然、環境改善を求める声があがると思うのだが、被災者にとってはそう簡単なことではないという。
「避難所の運営ってすごく大変なんです。自主運営の避難所は、地域の方が寝ないで目を回しながらやってる。しかも、東日本大震災は大災害でしたから、運営する側の人たちも、家族を亡くしながら頑張っているかもしれない。
そんな中で、みんなのために物資のことや避難所のことで走り回ってる姿を見てしまったら、安全の問題まで対応してくださいとは、言い出しにくかった。ましてや、責任者が男性ばかりだと、ますます言い出しにくい」
そういった状況から被害を訴えられずに、泣き寝入りする人も少なくない。そんな被災地での暴力について、池田さんらは大きく2つの種類に分けている。
ひとつは、雑魚寝が多く、トイレが男女別になっていないなど、環境が整っていないがために暴力が助長されてしまう「環境不備型」。そしてもうひとつが、被災して支援がなければ生き延びていけない人に、支援するかわりに、その見返りとして性行為や側にいて世話をするよう要求したりする「対価型」だ。
「対価型の中でも特に忘れられないのが、若いお母さんで、子どもを連れてもう食べるものもなくて困っているところに“特別に食べものをあげるから夜、取りに来て”と男の人に言われて行くと、あからさまに性行為を強要されたという話。現代の日本でこんなことがあるのかと、驚きました。
もともと立場の弱い人たちが、被災地ではいつも以上に支援に頼らざるをえなくなる。しかも、避難所で共同生活をすることで、嫌でも周りに知られてしまう。そうすると標的化もされやすい。周りも“ちょっとくらい我慢しなさい”とか、“みんな大変だったんだから、命あっただけでもありがたく思いなさい”とか、被害者に忍耐を強いる論調が強くなってしまいます」
どちらに頼るでもない、
“男女がともに担う”防犯体制を
普段の「立場の弱さ」という格差が、暴力につながる余地を生んでいると池田さん。では、具体的に、避難所ではどのような対策が求められるのか。
「多くの避難所では男性たちがリーダーシップをとっており、意見を出し合ったりいろいろ決める場に女性たちが少ないのが現状です。しかし、女性も男性とともに責任者として避難所の運営に関わることが必要。どこに女性用の仮設トイレを置いたらいいか、女性用品などは、やはり女性にしかわからない。安全対策も男性だけが担当者の場合、女性は訴えにくいものです」
男性に任せっきり、女性に任せっきりではなく、「男女がともに担う、防犯体制が有効」とのこと。さらにこんな具体策も。
「トイレを男女別にし、女性用トイレの場所は女性の意見を聞いて決める、避難所の開設直後から授乳室や男女別の更衣室を設けるなど、避難所のスペース活用にも安全確保の視点が重要です。また、巡回警備をしたり、啓発のポスターを貼るなど暴力を許さない環境づくりの整備や相談窓口を設けること、災害時の支援活動を行う人向けに、災害時の性暴力について知り、その防止に努めるよう研修を行っておくことも大切なことです」
では、個人でできることは?
「ひとりで出歩かない、周りに声をかけあって移動するなど、個人でできることもなくはないのですが、それだけが対策になってしまうと、“自己責任論”になってしまう。ひとりで出歩くなって言ったのに……と、守らなかった人の落ち度となっても困る。
避難所に行くと、よく“女性と子どもは一人で出歩かないようにしましょう”というメッセージを目にします。でもそうではなく、“みんな見守ってます“など加害者側へのメッセージにする。例えば、駅では“痴漢に注意!”という看板が、最近では“痴漢は犯罪です”という加害者側へのメッセージに変わってきています。潜在的な被害者と加害者と、その他大勢を巻き込むメッセージが必要です。
また、先ほど“若いから仕方がない”と言って周りの女性が助けてくれなかったという事例を出しましたが、そのような間違った考えに加担しないのも、私たちにできることだと思います」
2016年の熊本地震では、避難所内に間切りが設けられたり、性暴力の注意を促すチラシが配られるなど「一歩前進した感覚があった」と話す。それでも性被害は起きたというが、確実に安全面は改善されつつある。
「多くの女性たちが声をあげ、それに男性たちが一緒に頑張ろう、この問題を考えようと思ってもらえたら」
いつ、誰がそうなってもおかしくない、避難所生活。今後、さらなる対策が求められる。