3月8日午後8時。イギリスでは多くの人が民放ITVの番組にかじりつくだろう。前日夜、アメリカのCBSが放送するヘンリー王子と妻メーガン妃が登場するインタビュー番組がイギリスでも放送されるからだ。
2018年ウィンザー城で盛大な結婚式を挙げた夫妻は、昨年1月、王室の上位メンバーとしての公務を縮小することを夫妻のインスタグラムのアカウントを通じて宣言した。寝耳に水状態となったエリザベス女王が急きょ家族会議を開き、事実上の公務引退を1年の猶予付きで認めた。
王室でのいじめを「暴露」?
今年2月、夫妻は王室の「実働メンバー」には復帰しないことを女王に伝えた。今月から最終的な離脱が決定した。ヘンリー王子とメーガン妃は今、長男アーチー君とともにアメリカで暮らしている。
90分の特別番組ではアメリカの人気司会者オプラ・ウィンフリーさんが夫妻にインタビュー。離脱に至る背景や一部で報道されている王室のほかのメンバーとの確執、スタッフによるいじめなどを夫妻が「暴露する」見込みだ。そうなれば、夫妻と王族の間の亀裂がますます深まるだろう。
保守系新聞「テレグラフ」の人気コラムニスト、アリソン・ピアソン氏は番組を「ホラー映画」と呼んでいる(3月3日付)。「お騒がせ夫婦」と言われる2人がいったいどんな衝撃的な内容を暴露するのか、戦々恐々状態となっている。
夫妻の結婚式ではアメリカ人で元女優のメーガン妃を熱狂的に受け入れたイギリス国民だが、今、2人の現在についてどう思っているのだろうか。
ウィンフリーさんの番組を宣伝する動画が公開された今月2日、体調を崩して入院中だったヘンリー王子の祖父フィリップ殿下(エリザベス女王の夫)は心臓検査のためにロンドンの聖バーソロミュー病院に転院したばかり。
6月には100歳を迎える殿下の容体悪化に懸念が広がる中、アメリカにいるヘンリー王子夫妻はテレビのインタビュー番組に登場し、王室の内情を話す……。イギリスの保守系国民にとっては許しがたい行為と映る。「そんなことをしている場合なのか」、と。
イギリスで最も発行部数が多い大衆紙「デイリー・メール」は1面にヘンリー王子とフィリップ殿下の顔写真を並べ、「フィリップ(殿下)が、これほど容体が悪化しているのに、ハリー(ヘンリー王子の愛称)がよくもテレビに出られるものだ」という見出しをつけた。デイリー・メールと並ぶ大衆紙「サン」は「ハリーとメーガン妃にお願いだ。殿下のために番組の放送を延期してほしい」、と訴える。
メール紙は中面で「王室、ハリーが落とす爆弾に身構える」の見出し付きで予定されている番組の内容を予測した。ウィンフリーさんは夫妻の結婚式のゲストの1人で、夫妻が「非常に衝撃的なことを話してくれた」と語っているという。
夫妻の番組出演とフィリップ殿下の入院の話を関連づける紙面作りは、高級紙「タイムズ」や「テレグラフ」でも同様だった。
まるで「ホラー映画」
先に紹介した、テレグラフ紙のコラムニスト、ピアソン氏はこう書く。
「オプラ(・ウィンフリーさん)が司会をするメーガン妃とヘンリー王子のインタビュー番組が、もうすぐ放送されるというわけね。まるでホラー映画の公開が近日中という感じがする。宣伝動画によれば、王室での生活はメーガン妃にとって『生きていけないほどの状況』だったそうね。かわいそうに! 3200万ポンド(約47億円)をかけた結婚式や大幅改修のフログモア・コテージに住むのは、さぞや生き地獄だったでしょうね。」
一方のヘンリー王子は自分と妻にとって『信じられないほどきつい状況だった』とウィンフリーさんに話している。で、世界中で新型コロナのパンデミックが広がっているっていうこと、知ってた? それに、99歳になる祖父が入院中なのよ。エリザベス女王は今だけでも手いっぱいなの。ほんの2年前に王室に入ってきた女性と関わっている状態じゃないわ」
メーガン妃のファンにとってはきつい表現だが、保守系メディアの報道を見ていると、これが本音といえそうだ。
世論調査会社「ユーガブ」の最近の調査から、ヘンリー王子夫妻の人気度を見ていこう。
夫妻が公務を縮小させたいという意思宣言を出したのは、昨年1月。2人の好感度はこれ以降次第に下がっていく。同年10月20日時点でヘンリー王子に好感を持つ人は48%、ネガティブな見方を持つ人は47%と2つに割れているが、1%の差で好感度を持つ人が多い。その数カ月前の3月時点との比較では19ポイント下落している。
メーガン妃の場合は好感を持つ人は33%、ネガティブな見方をする人は59%。後者のほうが26ポイントも多い。同様に3月時点での比較ではマイナス18ポイント。メーガン妃にとっては、厳しい数字である。ウィンフリーさんの番組に出演し、イギリス王室について話すことを支持する人は、今年2月16日の調査では、29%。「不適切」とする人は46%に上った。
一連のユーガブの調査対象者はイギリス国民の年齢、ジェンダー、政治志向を反映するように選ばれている。メーガン妃にネガティブ志向を持つ人が59%、今回の番組放送を不適切と思う人が46%というのは、無視できないほど大きな比率と言えないだろうか。
憧れの対象から「メディアの敵」に
筆者自身、ヘンリー王子夫妻の結婚式をテレビで視聴しながら、感動してほろりと涙をこぼした1人だ。あのときのメーガン・フィーバーはどこに行ってしまったのか。
振り返ってみると、元女優という華やかな経歴、美しい容姿、女性の地位向上を支援する活動家、イギリス国民が愛するヘンリー王子のハートを射止めた人物……メーガン妃はあっという間にあこがれの対象となった。
しかし、ヘンリー王子や兄ウィリアム王子の母親故ダイアナ妃のように、メーガン妃もイギリスメディアに執拗に追われた。有色人種であることから、ソーシャルメディアや一部大衆紙に人種差別的な描写をされたこともあったという。仲たがいをした父親に送った手紙を大衆紙が報道したため、プライバシー侵害などを訴えて裁判を起こし、「メディアの敵」として見られるようになった。
イギリス王室の「新参者」として王室のスタッフとの確執が報道され、ウィリアム王子の妻キャサリン妃と仲がよくないという噂も立てられた。メディアの過剰報道に嫌気が差して公務縮小を宣言し、これが昨年からの「離脱」につながっていく。
イギリス国民の「熱」が一気に冷めていったのは、先の世論調査にも現れているが、公務縮小宣言がきっかけだ。事実上の公務放棄を女王に一言の相談もなく、自前のメディアで宣言してしまうのは、前代未聞。多くの国民にとっては、これが「わがまま」に見えてしまう。王室に入ったからには、そのルールに沿い、粛々と公務を実行するべきと考えるからだ。
長男アーチー君の誕生経緯もひんしゅくを買った。王室のメンバーに子どもが生まれたら、その誕生を国民とともに「共有」するのが習わしだ。キャサリン妃の場合、特定の病院で産み、産んでから数時間後にカメラの前に赤ん坊を抱いて姿を見せる。国民はその姿を見て、王室と「つながる」のである。出産は国民的行事なのだ。
しかし、メーガン妃はどこで生まれるかを公表せず、メディア側は準備できなかった。誕生は夫妻のインスタグラムで発表された。伝統メディアは素通りされてしまった。
イギリス人をカチンとさせた文章
イギリス国民は王室のメンバーといえど、お金をどう使うかをしっかりと見ている。王子夫妻の新居となったフログモア・コテージを巨額で改修させたことも反感を生み出した(後に夫妻は改修費を国庫に返還している)。
王子夫妻がアメリカに移住してしまったこともマイナスだ。公務をせず、イギリスにも住まない。これでは「王室のメンバー」として親しみを感じるのは難しい。
今年2月19日、エリザベス女王は夫妻が3月から正式に王室を離脱するという声明文を発表した。「王室のメンバーとしての公務に従事しない場合、公務を行う人生の責任や責務を継続することは不可能」とし、それでもヘンリー王子夫妻は「愛する家族の一員であることは変わらない」と続けた。
声明文発表の直後に王子夫妻も声明を出した。夫妻は「これまでのように責務を全うし続ける」とした後で、「私たち全員が公務に従事する人生を送ることができます。公務は普遍的なのです」。
この最後の文章は、イギリス人にとっては、カチンとくるような表現だった。エリザベス女王は声明文の中で、国民のため・公のために奉仕する「公務(public service)」は王室のメンバーとして実行できるものと書いたが、これに真っ向から対立し、「公務は普遍的(service is universal)なのです」と言っているからだ。まるで、「ふん、王室のメンバーでなくたって、できるわよ。あなただけの特権じゃない。私たちもできるし、やっていくわ」と宣言したも同然だった。
アメリカでは7日、イギリスでは8日放送される、ウィンフリーさんのインタビュー番組では、メーガン妃がいかに王室の関係者に扱われたか、いかに自分と王子が苦しい思いをしたかが語られると言われている。
エリザベス女王、チャールズ皇太子夫妻、ウィリアム王子夫妻、そのほか王室関係者にとってつらいときとなりそうだ。たとえ内容が真実であっても、それを公にされるのは困惑になるし、もし事実とは異なっていても、反駁(はんばく)することができない。女王はいっさい、メディア取材には応じないし、王室は内情を公にすることを好まない。
「著名人ビジネス」を模索するカップル
自分たちの生活の運営費を自力で賄うことを目指す夫妻は、スポティファイ、ネットフリックスなどと契約し、新天地で新たな生活を築こうとしている。メーガン妃の第2子妊娠のニュースが伝えられたばかりだ。
「プライバシーを大切にしたい」という理由でアーチー君の誕生を国民と共有しなかったメーガン妃。ヘンリー王子夫妻はプライバシーの侵害などでイギリスの複数の新聞社を訴追している。しかし、その一方で、スポティファイ、ネットフリックス、そして今度はウィンフリーさんの番組に出演することで、自分たちのプライバシーを選択的に小出ししているように見える。
もし夫妻が「そっとしておいてほしい」と願うなら、メディアに自分を露出させず、「公務」として慈善活動を行っていけばいいのではないか。このような番組に出れば、さらにメディアに追いかけられてしまうだろう。イギリスから夫妻を観察する筆者は、老婆心ながら、そう思わざるをえない。
おそらく、ヘンリー王子とメーガン妃は、公務のために生きる、というよりも、「著名人ビジネス」を実践しているカップルなのだろう。
小林 恭子(こばやし ぎんこ)Ginko Kobayashi
ジャーナリスト成城大学文芸学部芸術学科(映画専攻)を卒業後、アメリカの投資銀行ファースト・ボストン(現クレディ・スイス)勤務を経て、読売新聞の英字日刊紙デイリー・ヨミウリ紙(現ジャパン・ニューズ紙)の記者となる。2002年、渡英。英国のメディアをジャーナリズムの観点からウォッチングするブログ「英国メディア・ウオッチ」を運営しながら、業界紙、雑誌などにメディア記事を執筆。