※写真はイメージです

「非常に腹立たしい。ほとんどの官僚はあんなことしていないんです!」

 そう語気を強めて訴えるのは、厚生労働省(以下、厚労省)に18年半勤めていた元官僚・千正康裕さん。“あんなこと”とは、一連の官僚幹部による国家公務員倫理法違反の接待問題のことだ。

問題になっているのは接待に対してゆるい世代

「発端は、菅首相の長男が勤める放送事業会社から総務省の幹部ら13人が接待を受けていたというもの」(政治部記者、以下同)

 山田真貴子内閣広報官が総務審議官時代に接待を受けていたことも発覚。これによって山田広報官は辞職。さらに、

「接待問題がNTTにも飛び火。谷脇康彦総務審議官は計3回総額10万6852円、国際戦略局長も4万8165円相当の接待をNTTとNTTデータ経営陣から受けていたことも判明。たび重なる不祥事に、官僚は国民の信頼を著しく失っています」

 だが、前出の千正さんは“こんなことは官僚の上のほうのごく一部だけだ”と繰り返す。

「今回、話題になっている人たちは、接待に対してゆるい世代なんですよ」(千正さん、以下同)

 '99年に制定され'00年から施行された国家公務員倫理法。これによって、官僚は利害関係者が飲食費を負担する接待を禁じられている。

「それ以前は関係者におごられても咎められることはなかった。彼らはそれを知っている世代だから、僕らとは感覚はまったく違うと思う」

 千正さんが厚労省に入省したのは、'01年4月。前述した国家公務員倫理法がスタートしたあとの世代となる。

「各省庁の新人キャリアは入省すると一堂に集められての研修があり、まず倫理法の話を叩き込まれます。役人になった瞬間から接待を受けては絶対にダメだぞと」

 当時は今よりももっと官僚のイメージは悪かったという。

「'98年に大蔵省の“ノーパンしゃぶしゃぶ”接待問題があり、官僚はバッシングされていた時代に僕らは入っています。だから接待に関してはかなり気をつけていました」

 利害関係者以外におごられるのはルール上、問題ないが、

「仕事上の情報収集や意見交換の場でも割り勘を徹底していましたね。でも、この感覚は僕が特別ではなく、みんなそうなんです」

 今回の問題に対して、多くの官僚が憤っているという。

「今の若い官僚たちは、接待とはまったく無縁の世界で真夜中まで働いています」

 接待を受けている暇がないほど多忙を極める官僚も多くいるという。

「霞が関の働き方がブラックであることを説明するのはいつも苦労します。それは、どれくらい長時間労働なのかを証明するデータがないから」

超過勤務時間が月378時間!

 人事院が公表している本府省(いわゆる霞が関)の職員の残業時間は年間360時間程度。月の平均は30時間程度になるが、

「この数字は本当の残業時間ではなく、残業代が支払われている時間です。サービス残業が常態化しているんです」

 千正さんは当時の残業時間を振り返ると、

「僕は忙しい部署にいたのですが、普通の時期で過労死ラインとされる月80時間の残業。まあまあ忙しい時期で月120時間くらい(毎日終電で土日は休んでいるくらい)、いちばん忙しい時期は月200時間を超えていたと思います」

 5日、政府は内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室(以下、コロナ室)の職員100人の超過勤務時間を発表。緊急事態宣言を再発令した1月は平均約122時間、最も長い職員は約378時間にのぼった。民間企業なら完全に違法だ。

「そもそも内閣官房とは、各省に所属する官僚たちが集まって構成されています。しかも、コロナ室は感染症対策なので厚労省の人が多いし、厚労省も異常な状況で人が倒れています。みんなそんな過酷な状況で頑張っています」

元官僚の千正康裕さん

 世間が持つ官僚へのイメージは高給取り。“それでも結構もらっているんでしょ”という声が聞こえてきそうだが、

「僕の時代でいうと、30歳のキャリア官僚は額面で年収700万円くらい。これは基本給、諸々の手当、残業代、ボーナスを合わせた数字です」

 一般的に見ると、決して安くはないのかもしれないが、

「官僚になる人は、みんな一流大学出身です。同級生たちは誰もが知っている一流企業に勤めていて、30歳で年収1000万円以上も珍しくない。僕は同級生の中で給料がいちばん安かった」

 “だからといって給料を上げろと言いたいわけではない”と千正さん。

「サービス残業はさすがにひどいだろうと。適正な処遇をしてほしいです」

親に心配されて悩む官僚志望の学生も

 官僚による不祥事──。千正さんには、過去に苦い経験があるという。

「僕がまだ厚労省の役人だったころ、不祥事が発覚すると、学校で子どもがイジメられたという話も聞きました」

 居酒屋で千正さんが上司と飲んでいると、

「僕らの話の内容でほかのお客さんに官僚だとバレて“お前らが日本を悪くしている!”と、からまれたことも」

 ブラックな労働環境で、若手の離職率はこの6年で4倍に。不祥事が起きれば、バッシングの嵐……。新人官僚の東大出身者は、5年前に比べて約半分に激減している。

「官僚志望の学生から相談を受けるのですが、親が心配して“過酷だからやめたほうがいい”と言われて悩んでいる子もいます」

 政策を通じて国民の生活がよくなるために貢献するのが、官僚の仕事の魅力。

「いま注目されているコロナワクチンの手配も、官僚たちが段取りをつけて国民全員に行き渡るように頑張っています」

 官僚に優秀な人材が集まらなくなったら……いちばんソンするのは国民なのだ。

■霞が関のブラック事情

(1)残業は過労死ライン超えが4割以上
 公式発表では残業月30時間。だがサービス残業が常態化しているため、民間調査では過労死ラインが4割以上。

(2)メンタル休職は民間の3~4倍
 民間企業が0.4%に対して、国家公務員は1.39%。

(3)離職率は10年前の4倍
 20代キャリアの離職者数は'13年度21人だったが、'19年度では87人に。

(4)東大出身の割合が約半分に激減!
 国家公務員総合職試験申込者数を見ると、東大出身の割合は'15年度26.6%、'20年度14.5%。

官僚が本当に能力を発揮できるようにするにはどうすればいいのかを千正さんが具体策を提言した一冊。新潮社刊 ※記事内の画像をクリックするとamazonのページにジャンプします

千正康裕さん '01年厚生労働省入省。社会保障・労働分野で8本の法律改正に携わる。'19年9月退官。現在はコンサルティングを行うほか、政府会議委員も務める。著書に『ブラック霞が関』(新潮社刊)