コロナ禍の収入減で住宅ローンの返済に苦しむ人が増加。労働時間の短縮や職を失う状況が家計を圧迫し続け、今は返済できても、この先の不安は尽きない。大切な自宅を失う前にすべき行動を解説します。

イラスト/ふじい まさこ

住宅ローンの相談がコロナ禍で5倍に増加

「コロナの影響で製造業の夫の残業がなくなり月6万円も収入減。子どもが小さくて働けず、定期預金を解約しました。マンションのローンを返していけるか途方にくれています」(40代主婦)

 金融庁の発表によると、昨年3月10日から今年1月末までの約11か月間に全国の銀行で行われた住宅ローンの貸付条件変更等の申し込み件数は3万7942件。コロナ前の年間約2万5000件(平成30年4月~平成31年3月)に比べてすでに約1・5倍となっている。

「全国で緊急事態宣言が行われた昨年の4~5月は、住宅ローンの不安を訴える相談が例年の5倍に増え相談の電話がとれないほど。ギリギリの生活で返済している人の多さを実感しました」

 そう話すのは、NPO法人『住宅ローン問題支援ネット』の代表を務める高橋愛子さん。昨年の秋ごろからは、“家を手放すしかない”という深刻な相談も目立ち、飲食、イベント関連、アパレル、観光関連に携わる零細企業の会社員や自営業の人への打撃が大きいという。

「業種によってかなり格差を感じます。今は給付金や貸し付けなどでしのげても、返済が始まったら苦しい会社は多い。コロナが原因の相談は今後も増えると思います」(高橋さん、以下同)

 さらに厳しいのは、年金+アルバイトで生活費と住宅ローンの返済費用を捻出(ねんしゅつ)する定年後世代。相談に来た人のなかには、せきをしただけでアルバイトを解雇され、マンションの管理費すら払えなくなってしまった人も。

「年齢的に次のアルバイト先が見つけられず、家を売ってもローンが残るため、ゆくゆくは生活保護か……と困窮するケースもあります」

 コロナ前でも住宅ローンの支払いが困難になる人は全体の2%強。高橋さんは、コロナが原因でその数が上昇するのではとみている。

貯蓄なしの家庭の“明日はわが身?”

 今は返済に困っていないという人も他人事ではない。ファイナンシャルプランナーの深田晶恵さんは“返済リスクの高いローンの組み方をしている人が非常に多い”と指摘。

「家賃並みの返済額やボーナス、残業代をあてにした金額でローンを設定している人は危険です。家賃10万円のイメージでローンを組んでも、実際は管理費、修繕積立金、固定資産税などで年間プラス50万円かかります。返済と貯蓄が両立できない家計は、急な収入ダウンや失業、病気などに弱く、何かあると一気に返済困難な状況に転落する可能性が高いです」

【延滞予備軍チェックリスト】
□ 貯蓄習慣がない
□ 4人家族で通信費が月5万円以上
□ 毎月のローン返済額が家賃並み
□ ボーナス、残業代、パート代を見込んでローンを組んだ

「通信費が高い家は、貯金がない」と深田さん。携帯代、自宅のWi-Fi、サブスクの動画サービスの各料金を“月数千円”と考えるのは間違いで「全部足したら年間数十万円の大出費。ローンが返せないという前に見直すべきです」。

 万が一、支払いが難しくなったら延滞は絶対に避けること。いわゆる“ブラックリスト”として記録が残り、クレジットカードの更新ができなくなるなど、日常生活にも不便が生じる。また、優遇金利が適用されなくなる銀行もあり、より返済が厳しくなる。

【住宅ローンの返済を滞納するとどうなる?】
1~2か月滞納:金融機関から電話やハガキで返済の催促が来る
3~5か月滞納:金融機関から返済を強く求める内容の督促状が届く
6か月滞納:金融機関から住宅ローン残高すべての一括返済が請求される
返済できない場合:自宅売却

 次は、いま住んでいる家を守るために、“いざという時”の対応策を解説します。

【緊急度1】どうにか払えるけれど苦しい

Q)返済額をどうにか払えるけれど苦しい
A)住宅ローンの条件を変更する

「収入が減って支払いに不安が生じたら、まず第一に借り入れをしている金融機関に相談しましょう」(深田さん、以下同)

 銀行に返せない相談をするのは抵抗があるかもしれないが、’09年に施行された「中小企業金融円滑化法」では借入金の返済が困難になった個人に対し、金融機関は返済条件の見直しに応じることが義務化されている。

 事実、コロナ禍においても住宅ローンの貸付条件の変更などの実行率は97%を超える高水準だ(令和2年3月10日~令和3年1月末)。

 とはいえ、“丸腰”で相談に行くのはよくない。減額を希望する場合は、毎月の家計収支をまとめたうえで月々いくらなら払えるかを明確にすること。また元の返済額に戻すために、妻のパートや夫の副業、固定費を見直すなどの改善策と、いつごろから通常返済に戻せるかのスケジュールを立てておくのが望ましい。

「返済額を一定期間減らせれば、その間にパートを始めて収入を得たり、通信費削減や家計のスリム化を進めたりして返済費用をまかなうための準備ができます。延滞せずに返済を続けられるという点ではメリットといえますね」

 ただし、減額はあくまでも返済の先送りという認識を忘れてはいけない。

「ローンは、ゆっくり長く返すとその分、元金の減りは遅く、利息も多くかかります。負担を理解したうえで検討すべきです」

【例】返済条件を見直してみよう

 現在45歳。35歳で4000万円を金利1%、返済期間35年で借りたケース。35年のうち10年分を返し、残債が約2996万円(完済するのは70歳〜)。以下、4つの返済条件の見直し方法について、見直し前・後の返済額と結果を比べてみる。

【NG】一定期間の元本据え置き

〈前〉毎月11万3000円(利息2万5000円、元本8万8000円)
〈後〉毎月2万5000円(利息2万5000円、元本0円)
[結果]元本は減らず1年間で年間4万8000円も負担が増す

「銀行は元本の猶予はしても利息は絶対に猶予してくれません。ですから、据え置きと言っていますが実情は“利息だけ全額払ってね”ということ。元本には1円も充当されず、ローン残高は一切減りません」(深田さん)

 モデルケースの場合、1年間元本据え置きにすると、月の支払いは約11万7000円となり、年間4万8000円もアップする計算に。残債は減らずに負担だけ増えるので避けるべき。

【NG】返済期間を延長する

〈前〉毎月11万3000円(利息2万5000円、元本8万5000円)
〈後〉毎月8万5000円(利息2万5000円、元本6万円)
[結果]ローン完済が80歳に! 老後破綻まっしぐら

 返済期間を延長することで月々の支払額を減額。10年延長すれば、返済額は数万円ダウンとなるが、「返済期間の延長は契約自体の見直しに近い要素があるため、銀行など民間金融機関ではまずできません。『フラット35』では延長の仕組みはありますが年金生活で支払い続けるのは本当に難しいので、手を出してはダメ!」(深田さん)

【OK】月々の返済額を減らす

〈前〉毎月11万3000円(利息2万5000円、元本8万8000円)
〈後〉毎月5万円(利息2万5000円、元本2万5000円)
[結果]ローン残高の減少ペースは1/3にダウン。落ち着いたら挽回を!

 返済額を元の金額の約半分の5万円に減らした場合、元本も約半分返せると思いがちだが、「返済は基本的に“借金取りの法則(利息優先)”が適用され、返済額からまず利息を取るので、5万円から利息の2万5000円を引いた残り2万5000円が元本に充当します」(深田さん)。

 これにより本来なら、この月は8万8000円が元本から減るはずだったのに対し、返済ペースは約1/3に低下。1年間減額後に元に戻すと、年間約3万円返済額が増える計算になる。減額する場合は、後々の影響をしっかり考える必要がある。

【OK】ボーナス払いをやめる

〈前〉毎月9万6000円+ボーナス月10万円×年2回
〈後〉毎月11万3000円(利息2万5000円、元本8万8000円)
[結果]毎月の返済額増加に耐えられるか慎重な判断を!

「ボーナス返済分が月々に分割されるので、毎月の返済額が増加。コロナ禍で残業代などの減額も少なくないため、月々の支払いが増えても払い続けられるか熟考を。ボーナス返済分は貯蓄を使うなどで対処したほうが無難だと思います」(深田さん)

【緊急度2】払い続けていくのが厳しい

Q)返済額を払い続けていくのが厳しい
A)リースバックで住み続ける

 住宅ローンの条件を見直しても返済が難しい場合は、賃借を前提に住宅を売却する「リースバック」がある。これは家を売った売却益を住宅ローンの返済に充当し、買主に賃貸料を支払うことで今の家を借りる仕組みだ。

「最大のメリットは、今の家に住み続けられること。高齢の親がいて引っ越せない、子どもの学区を変更したくないなどの事情がある人には合っていると思います。住宅の所有権はなくなりますが、固定資産税や修繕積立金といった固定費が不要になります。年間の家賃は、売った金額の6~8%が相場です」(高橋さん、以下同)

 注意点は、アンダーローン(住宅の売却代金がローン残高より多い)ならローン返済につながるが、オーバーローン(住宅の売却代金がローン残高より少ない)だと、リースバックした家の家賃と住宅ローン残高の“二重払い”になること。

 また、住宅の売却価格は時価総額の7~8割が相場なので、3000万円の住宅は2100万円~2400万円になることも。とはいえ、条件の悪い競売にかかるよりは検討する意味がある。

 そして、売却に踏み切るときの買主選びは慎重に。個人投資家に売った場合、途中でオーナーが代わり賃借できなくなる、賃貸料が上がることもあれば、買主が破産して家が転売され追い出された例も。

「知り合いや身内は安心感はありますが、家賃のやりとりで関係がこわれたり、買主が死去して相続人ともめることもあります。安定感から、リースバック事業を行っている大手不動産業者や金融機関などを選ぶ人が多いようです

 住宅を活用して住むには所有権を失わない「リバースモーゲージ」もあるが、一般的に55歳以上が対象で、家を担保にしても融資額は土地の路線価(相続税の基準となる土地価格。時価の7割程度)の50%程度。融資金の使途もリフォームや老人ホームの入居一時金に限定されたり、家族の同居は原則配偶者のみなど制約が多い。

【緊急度3】生活が追い詰められている

Q)生活が追い詰められている
A)コロナ版ローン減免制度を申請する

 ローンの変更や「リースバック」も難しいとなると、家を手放すほかないのだろうか。

「コロナの影響で失業した、事業が大きな影響を受けた人であれば、住宅ローン以外の借金を免除・減額できる、コロナ版ローン減免制度(正式名称は“自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン”)が申請できます」(高橋さん、以下同)

 もともと自然災害の影響を受けた個人の債務整理を目的として、平成28年4月から運用された制度だが、令和2年10月からは新型コロナウイルスで困窮する場合も適用可能に。住宅ローンだけなら支払える場合、それ以外のカードローンや消費者金融からのローンを減免する方法で家を失わずにすむ。また、いわゆるブラックリストに載ることもないので、生活や事業再建の道を残せる。

 制度を利用するには、まず最も多く借り入れしている金融機関の同意が必要だ。

「同意を得た後に弁護士などの専門家による債務整理手続きの支援を受けても、ローンの減免は話し合い(特定調停)で決まるので必ずしも減免されるとは限りません。しかし、自己破産よりも一部資産を残せますし、申請に費用負担がありません。ハードルは高いですがトライする価値はあると思います」

(取材・文/河端直子)

《PROFILE》
高橋愛子 ◎NPO法人「住宅ローン問題支援ネット」代表理事。宅地建物取引士、不動産コンサルタント。住宅ローンなど不動産の相談を無料で年間300件以上受ける。著書に『老後破産で住む家がなくなる!あなたは大丈夫?』など。

深田晶恵 ◎ファイナンシャルプランナー。「生活設計塾クルー」取締役。個人向けコンサルティングを中心に、メディアなどでマネー情報を発信する。『住宅ローンはこうして借りなさい』ほか著書多数。