コロナ禍で受診控えが増えているが、そのせいで病気の発見が遅れたら、治療費は何倍に跳ね上がる? 医療費自己負担引き上げが迫るいま、やるべきは、病気にかかるお金を知り、備えること。治療費以外の出費もリストアップすることを忘れずに!
年齢を重ねるごとに高まる病気のリスク。代表格のがんは「万が一」ではなく「2人に1人」がかかる時代になっている。専門機関の統計によると、女性は乳がん、大腸がん、肺がんの順でリスクが高い。
【女性の生涯がん罹患リスク】
●全がん 50.2%(2人に1人)
●乳がん 10.6%(9人に1人)
●大腸がん 8.1%(12人に1人)
●肺がん 5.0%(20人に1人)
●胃がん 4.9%(20人に1人)
●子宮がん 3.3%(30人に1人)
(※国立がん研究センター情報サービス「最新がん統計」より)
一方で、医療技術の進歩が目覚ましい。難病は減って、病気と共存しながら生活を送れるようになっている。そこで気になるのが、
「自分や家族が病気になったら、いくらかかるの?」
という疑問。お金の不安や心配は尽きないはず。しかし、入院や治療などトータルの費用を事前に把握できている人はほとんどいないだろう。
「日本には健康保険などの国民皆保険制度があるため、病気になったときの医療費の自己負担は軽減されます。しかし、それゆえに計算の仕組みが複雑化し、“病気の値段”が見えにくい。会計の段階になって初めて金額を知り、驚くことになるのです」
こう語るのは、世界最大級の外資系ヘルスケアカンパニーで、外科・産婦人科を中心に新しい手術やトレーニングなどに携わった経験を持つ御喜千代さん。
「病気の値段があらかじめわかれば、費用への不安は解消されます。また、予想外の出費に対して早めに対策を打つこともできますよね。結果、安心して医療を受けられるわけです」(御喜さん、以下同)
自己負担引き上げで今の倍支払うことに
厚生労働省が行った2018年度の医療給付実態調査によると、病気になって入院した際、1回の入院にかかる費用は約47万~54万円。ただし、これは病気や治療の種類などによって変わってくる。
御喜さんへの取材をもとにした各種がん、心筋梗塞、脳卒中などの入院・治療にかかる平均額を下に示した。各病気の治療法は最新の診療ガイドラインで強く推奨されるものを中心とし、入院費や入院日数は前出の医療費給付実態調査などをもとに計算されている。
【病気にかかる医療費 平均額】
●大腸がん 97. 4万円(3割負担:約29. 2万円/1割負担:約9. 7万円)
●胃がん 95. 4万円(3割負担:約28. 6万円/1割負担:約9. 6万円)
●肺がん 85. 5万円(3割負担:約25. 7万0円/1割負担:約8. 6万円)
●乳がん 77. 2万円(3割負担:約23. 2万円/1割負担:約7. 7万円)
●心筋梗塞 177. 55万円(3割負担:約53. 4万円/1割負担:約17. 8万円)
●脳卒中 159. 7万円(3割負担:約47. 9万円/1割負担:約16万円)
(※手術費、入院費、食事・生活療養費など、治療を受けたときにかかる費用含む)
例えば、乳がんの医療費平均額は77万2000円。
「実際に私たちが支払うのは、その1~3割です。前述した国民皆保険制度の恩恵によるもので、現役世代は3割負担の約23万2000円、高齢者は1割負担なら約7万7000円となります」
ここで、認識しておかなければならない問題がある。政府は2022年度以降を目標に、75歳以上の医療費の自己負担を1割から2割に引き上げる方針を固めている。
「日本では医療費などの社会保障費が、財政を圧迫し続けています。その状況をより深刻化させているのが2020年の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックです。コロナ対策で膨大な予算がつぎ込まれ、このままでは財政が逼迫するのは確実。現役世代の自己負担3割が5割負担になる日がやってきてもおかしくありません」
もしそうなったら、医療費の半分は自己負担に。平均額から試算すると乳がんは38万6000円、大腸がんは48万7000円などと費用負担が大幅に増えることになる。
「将来、国民皆保険制度の存続自体が危ぶまれる可能性もあります。同制度の崩壊はお金の負担や不安をもっと増大させるでしょう」
入院にかかるお金は1日平均2万円以上
頭に入れておくべきなのは入院・治療にかかる費用だけではない。入院・治療の医療費のみで見積もっていると、思わぬ出費に驚くことになるという。
例えば、入院中の食事代にはじまり、テレビや冷蔵庫の使用料、交通費、パジャマや着替え代、入浴に必要な石けんやタオルなど、自己負担の出費は何かとかさむ。
「この部分を見落としている人が少なくありません。医療費以外の費用は当然ながら健康保険などでは補填(ほてん)されないため、全額自己負担となります」
また、差額ベッド代も健康保険の適用外となる。
「差額ベッド代とは、希望して個室に入ったり、人数が少ない病室(1~4人部屋)に入ったときにかかる追加費用のことです」
【見落としがちな入院時の出費】
・差額ベッド代……7837~2440円/1日(1人部屋~4人部屋の場合)
・食事代……1380円/1日(条件や病状によって異なる)
・テレビ視聴料……300~400円/1日
・病衣とタオルのレンタル代……400~500円/1日
・ICU(集中治療室)に入った場合……12万~14万円/1日(健康保険適用)
・医療用ウイッグ……12万円
・乳がん手術後専用ブラジャー……3000~1万円
(※金額は一例です)
すべて踏まえると、入院したときに必要になる1日あたりの自己負担費用は平均2万3300円に達し、もっとも多い価格帯は1万~1万5000円(生命保険文化センター「生活保障に関する調査」令和元年度)。思いのほか、たくさんのお金がかかることがわかるだろう。
「加えて、病気になって仕事を休職や退職せざるをえないこともあるので、それによって生じる収入減も考えておかなければなりません。パートやアルバイトなどは生活の維持がより大変です。さらに、家事、育児、介護を担う人が病気になれば、それらを何らかの形で代替しなければなりません。家事代行や育児サポート、介護サービスにお金がかかるのです」
40〜50代は健康の過信が落とし穴
医療費+医療費以外の出費で病気の値段は予想以上の金額になる。病気にかかるリスクが高く、重症化しやすい高齢者ほど万全な蓄えを必要とするが、その一方、意外な落とし穴となっているのが40~50代だという。
「この世代は仕事や子育て、親の介護に追われ、自身の健康を後回しにしがちです。そのため、大きな病気のサインを見逃したり、気づかずに重症化してから発見されるケースが少なくありません。ですから40代、50代の方こそ身体のことをきちんと考え、蓄えもしっかりするようにしましょう。備えあれば憂いなしです」
※明日公開の後編『病気のお金の減らし方「高額な立て替えを避ける裏ワザ」「保険の見直しポイント」』につづく
(取材・文/百瀬康司)
《PROFILE》
御喜千代 ◎ジョンソン・エンド・ジョンソンで外科、産婦人科を中心に新しい手術の開発やトレーニングを担う。コミュニケーション業界に転じてからも医療面の活動に尽力。初の著書『病気の値段がわかる本』(アスコム)がある。