「うちの夫は1日中スマホを見ているんです」
そうため息をつくのは40代の会社員、恵子さん(仮名)。40代の夫・英明さん(仮名)は昨年の緊急事態宣言以後、食事もトイレも入浴も肌身離さずスマホを持っている状態が続いたという。
仕事や将来の不安をゲームやSNSで解消
「浮気も疑ったんですが、ゲームとSNSしかやっていない。外出もしていないので、その心配はなさそうで……」
英明さんの仕事は、イベント関連会社の営業。コロナ前は自宅に帰れないほど忙しい毎日を送っていたが、昨年は自宅待機が続いた。
暇な時間が増え、英明さんは仕事や将来の不安をオンラインゲームやSNSで解消していたという。
すると、ゲーム仲間もできて、協力して敵を倒すと楽しくなった。彼らと夜遅くまでプレーして盛り上がることも多くなり、英明さんはすっかり“スマホ依存”に。
「中1の息子も一緒になって遅くまでゲームをして、寝坊することが増えました」
恵子さんはどうにか息子だけ起こしてから出勤、夫は寝たままだという。
「昼ごろ“なんで起こしてくれなかったんだ”とメールが来ることもあって、“うっせぇわ”ですよ。息子も使いすぎなので注意しても“パパはゲームしてよくてなんで僕はダメなんだ”って……」
今年に入り、英明さんの仕事も忙しさを取り戻してきた。すると、物忘れが多く、情緒不安定になる日が増えた。
「前に1度、夫からスマホを取り上げたら大ゲンカになりました。今は帰宅してもスマホにしか興味を示さないし、家族の会話も減りました」
前述の英明さんのようにスマホでのインターネットやオンラインゲームに依存するあまり“生ける屍”のような状態になる人がいる。日常生活や人間関係に興味を示さなくなる姿は人の生き血を求める『ゾンビ』のようだ。
その名も『スマホゾンビ』が増えている。
2019年に総務省が調査したデータによると、スマホの世帯保有率は8割を超えた。
特に60代以上のインターネット利用率は飛躍的に上昇している。スマホやタブレットを使ってネットをする高齢者も増えているという。
中毒性が高く、やめどきがわからなくなる
スマホを使えば、いつでも手軽に情報が得られ、SNSやゲームも楽しめる。今や誰にとってもなくてはならない存在。だが、いくら便利だといっても使いすぎると身体にも悪い影響が出てくるのだ。
依存症治療に詳しい久里浜医療センターの松崎尊信医師が説明する。
「スマホやネットの使いすぎは医学的に“依存症”と認定はされていません。ですが、長時間の使いすぎが問題視されています」
最近では『スマホ依存』『インターネット依存』という言葉も注目されている。
「依存、といえばアルコールやタバコ、薬物を思い浮かべると思います。ですが、スマホもギャンブルなどと一緒。何らかの物質を摂取しなくてもやめられなくなる傾向があることが研究されています」(前出・松崎医師、以下同)
“たかがスマホ”と、甘く見てはいけない。中毒性が高く、やめどきがわからなくなることがあるからだ。
例えば動画配信。ひとつ見終われば、AIが興味のありそうな作品を次々に紹介してくる。シリーズもののドラマや映画で続きが気になれば、延々と見てしまう。
オンラインゲームもそうだ。時間かまわずプレーでき不特定多数のプレーヤーとも交流でき、クリアした達成感があれば、やりこんでしまう。
睡眠障害、低栄養などは子どもの成長を害する
熱中して時間を忘れてしまい、自然と寝る時間も遅くなる。すると昼夜逆転し、夜眠れなくなる睡眠障害に陥る。
ほかにもスマホに夢中になるあまり食事もおろそかになれば低栄養になる。トイレや入浴の時間すら惜しくなることもあるという。
松崎医師は特に子どもたちの生活の乱れを懸念している。
「子どもにとって睡眠や運動、食事は心と身体の成長のために大切なことです。睡眠中は身体を成長させるホルモンが分泌されるので、睡眠を削ってスマホでゲームをすれば、成長を害することになります」
リアルなコミュニケーションが断たれるおそれもある。ネットを優先するあまり、現実の友達が二の次になれば、人間関係も壊れていく。
ギャンブルや買い物といった別の依存症の原因になることも考えられるという。
「ギャンブルに興味がある人で、賭け事がスマホで簡単にできることでドツボにハマってしまうおそれもあります」
買い物もそうだ。
「好みのものをAIが分析しすすめてくるので、必要ないものまで購入してしまうことがあるかもしれない。“こんなに安いものが買えた”って喜んでも、実は巧妙に買わされている可能性がある」
『スマホ首』でうつ、米国では自殺が増加
命に関わる場合もある。
東京脳神経センターの松井孝嘉医師が警鐘を鳴らす。
「ゲームなどでスマホの画面を見るときに下を向き続けることで起きる『首こり病』の一種『スマホ首』です。実は海外では問題となっています」
アメリカではスマホ首が原因とみられるうつ病や自殺念慮が増加、'10年から'15年までに中高生の自殺率が31%上昇している。特に女子では65%も上昇したことが調査でわかった。
スマホの小さな画面でゲームをしたり、動画を見続けると首の筋肉に過度な負担がかかり、頸性神経筋症候群(首こり病)を発症する。首を支える筋肉が緊張して硬くなり、副交感神経を圧迫する状態が慢性的に続くことで、全身に不調が現れるのだという。
「首の痛みや頭痛、めまい。食欲不振や下痢などの胃腸症状。倦怠感、微熱、不眠などの体調不良が全身に起きます。コロナ禍で増えた若者や女性の自殺、うつ状態も実は外出自粛で長時間スマホを見続けたことで起きた『スマホ首』が原因といえます」(同・松井医師、以下同)
スマホ首が引き起こす『スマホうつ』は精神疾患のうつ病と非常に似た症状があり、強い不安感を引き起こすことがある。首こり病患者が精神的な不調を訴え、自殺する割合も極めて高いという報告も。
ほかにも集中力が低下して、物忘れがひどくなるなど、認知症のような状態を訴える人もいるという。
前出の松崎医師は警告する。
「電車などで暇つぶしとして使っているだけならまだしも、仕事中や、家事をしながらでも肌身離さず持っていて、常にスマホを触っているのは、危険な徴候です」
『スマホゾンビ』になる目安は、1日3時間以上の長時間使用だ。
「内閣府のデータによると高校生の6割以上が3時間以上のスマホを利用しています。時間の線引きは正直難しいですが、毎日長時間使っていれば注意が必要です」
特に20代未満で依存状態の傾向が目立つという。
ゲームで長時間スマホを使用していることを心配した保護者が病院に相談。受診して初めて、依存状態であることに気づくことが多いという。
依存に気づけずに家族でスマホゾンビ
前出の松崎医師が危惧するのは親でも子どもの依存状態を発見できないケースだ。
「ゲーム好きな親で子どもが長時間スマホでゲームをしていても関心がない。そうしたケースも増えていくでしょう」
中高年も他人事ではない。今後は家族でスマホゾンビになんてことも……。
40代、50代のスマホ保有率はこの10年で急激に増え、ほぼ100%。その約50%がSNSも利用している。今から使いこんでいれば、次の10年後、依存状態に陥っている中高年が増えているかもしれない。
ハマりやすいコンテンツはゲームが圧倒的。それに続くのが中高年になじみのあるSNSや動画配信なのだ。
「オンラインゲームやSNSは、いつでも誰かとつながれます。現実社会で人から褒められることはあまりないですが、ネットの世界では反応してくれます。評価されたい欲求をスマホは気軽に満たしてくれる。だから手放せない」
だが、睡眠障害や倦怠感、うつ状態になり、身体に不調をきたして日常生活が送れなくなっても誰もスマホの使いすぎだとは思わない。
「依存状態にある中高年を診察することはほとんどありません。ですが潜在的には、もっといるかもしれません」
子どものことは親が気づけても、大人は自分で気づくしかない。隠れスマホゾンビは実は少なくないかもしれない。
松崎医師も心当たりがあった。
「海外ドラマにハマり、止まらなくなって“これが依存か”と思いました。こうした経験がある人は多いと思います」
すべての人が依存状態になるわけではない。
「私の場合、仕事が忙しくて“このまま見続けていたらまずい”と思えたことも歯止めになりました。大人は“仕事や家事をしないといけない”との理性が働けば、依存状態は防げるかもしれない」
冒頭の英明さんはコロナ禍の外出自粛で時間を持て余し、スマホでのゲームや動画にハマったことで依存状態になった。
緊急事態宣言は解除されたが、スマホを使いすぎる習慣が残っていれば危険だ。
使い方を家族でよく話し合おう
スマホゾンビにならないためにはどうしたらいいのか。
「使い方を家族でよく話し合って、使用時間などルールを決めたら大人もそれに従うこと。夫婦の意見も合わせましょう。そうしないと子どもは混乱し、うまくいきません」
ほかにもネットに接続できる時間を制限したり、スマホを視界に入らない場所に置いたり、工夫しよう。
「スマホは私たちの生活に必要なものです。ですが、優先順位がいちばんになってしまうことが危ない」
大事なものを見失えば、誰でも『スマホゾンビ』になってしまうかもしれない。
■4個以上当てはまったら注意!
あなたのスマホの使い方大丈夫? 該当する項目にチェック!
●スマホでネットを見ることが多い
●1日3時間以上使用している
●ネットのドラマや動画にハマっている
●ネットでの買い物量が増えた
●朝起きられない
●仕事中もスマホを触る
●食事中もスマホを見ている
●スマホゲームのやめどきがわからない
●SNSに頻繁に投稿する
●最近やせた
●原因不明の体調不調に悩まされている
●気分が落ち込むことが多い
☆1~3個……気をつけて
☆4~6個……使いすぎに十分注意!
☆7~9個……使い方の見直しを
☆10個以上…専門家に相談して
お話を聞いたのは…
脳神経外科医 松井孝嘉医師
東京脳神経センター(東京都)理事長、松井病院(香川県)理事長。画像診断を世界で最も早く始め、CTの日本への紹介・導入・普及に尽力。脳卒中死の激減に貢献
精神科医 松崎尊信医師
独立行政法人国立病院機構久里浜医療センターの精神科医長。日本初のゲーム依存症外来がある同院でゲームやギャンブルなどの依存症の治療、研究を行う。講演や著書も多数