女優・冨士眞奈美が古今東西の気になる存在について語る当企画。第3回は1951年より東京・新宿三丁目に構える名店『どん底』について。「青春のアジトだった」と回想する楽しい思い出の数々。

三島由紀夫

「最近は、俺ですら予約しないと入れないよ」

著名人が通う店『どん底』

 2020年の2月に亡くなったオーナーの矢野智さんが笑いながら教えてくれた姿が忘れられない。ロシア民謡酒場『どん底』が時代を超えて愛されている何よりの証拠。なんでも若い人の間でも昭和レトロな雰囲気が楽しいらしく、人気を呼んでいるそうね。名前こそ『どん底』だけど、その存在は見上げるくらい大きいのだと、改めて思う。

 私が初めて『どん底』を訪れたのは18歳のとき。当時は、NHKの専属女優だったころで、俳優座養成所へも研究生として通っていた。お酒を飲んではいけない年齢だったけど、仲間とどこ吹く風で毎晩のように『どん底』へ通い、アルコール入り飲料を飲んでいた、はず。時効だから許してちょうだい。

冨士眞奈美

 店名である『どん底』の由来は、智さんが舞台芸術学院の1期生で、『どん底』の舞台が最後の舞台になるかもしれないから『どん底』にしたらどうだ、とアドバイスされたことによるという。最低からの出発だからあとは上がっていくだけ。俳優座の研究生が数多く通っていたのも納得で、新人女優だった私にとっても心強い響きを持っていたのだと思う。

 俳優座養成所の仲間とは本当によく飲んだなぁと昨日のことのように思い出す。その中には養成所の先輩でルームシェアもしていた大山のぶ代もいた。『どん底』にも一緒に行ったけど、彼女はお酒が飲めない。

 ドラえもんはお酒を飲めない──そう考えると腑に落ちるところがあって、のちのち彼女が子どもたちに夢を与えるドラえもんで本当によかったんだなって思う。

有名人がこぞって通う出会いの場

 いろいろな人と出会った場所でもあった。三島由紀夫さん、青島幸男さん、野坂昭如さん、ハナ肇さん……。名だたる方々がお見えになって、『どん底』なんて店名にもかかわらず、その響きとは無縁な人たちがお酒を酌み交わす姿は、しゃれっ気があって面白かった。

 親友である岸田今日子、吉行和子とも行ったけど、ひとりでも、お金があってもなくても出かけた。私たちが通っていたころは“どんカク”と呼ばれていた「どん底カクテル」、梅酒のサイダー割りだったかな。50円で飲むことができたから、新人や研究生にとっては心だけじゃなくて財布にも優しかったのね。

 卵から著名人まで作家、画家、歌手、ダンサー、彫刻家、大学の先生……多士済々とはこのことで、実ににぎやかで、みんながさりげなく飲んでいる心地よいお店だった。

青島幸男『どん底』には、さまざまな有名人たちが訪れた

 年末になると、お店の人だけで忘年会をするんだけど、そんな場にも参加しちゃって、飲んでは寝ての繰り返し。眠くなるとソファで横になって、また起きて飲む。興が乗りすぎて、燃え盛るペチカにオーナーがジャケットを投げ入れたり、ウオツカを降りそそいで手を叩いて喜んでいるうちに火の手が大きくなってしまったりとさんざんなこともあった。私の結婚披露宴も『どん底』だった。失敗。あれも思い出これも思い出。人生は帳尻が合えば万々歳。

『どん底』はマドリードにスペイン店があるのだけれど、オーナーの智さんがスペインから戻るたびに、岸田用、吉行用、私用にお土産をプレゼントしてくれた。センスいいし、面倒見がいい人。尊敬できる人だった。

 スペイン店には、司馬遼太郎さんや結婚する前の三浦友和さんと山口百恵さんも婚前旅行で訪れていたらしいんだけど、ホント、どこが『どん底』なのよ。

 智さんは亡くなってしまったけど、その遺志を娘さんが継承しているから、きっとこの先も時代の生き証人のようなお店として存続していくと思う。心を許せるアジトのようなお店があると、人生ってより彩りが豊かになる。

ふじ・まなみ 静岡県生まれ。県立三島北高校卒。1956年NHKテレビドラマ『この瞳』で主演デビュー。1957年にはNHKの専属第1号に。俳優座付属養成所卒。俳人、作家としても知られ、句集をはじめ著書多数。

《構成/我妻アヅ子》