東京オリンピックの聖火リレーがスタートした。コロナ禍での開催に意気込む関係者と、不安に思う市民の間には温度差を感じる。そんな大会の開催で心配されるのが、私たちの生活の一部でもある「電車」の混雑状況。今でも、”密”になる朝の満員電車には不安を感じるのにーー。大手鉄道会社の元社員の佐藤充氏が解説する。
約4ヶ月後の2021年7月23日(金)、東京オリンピックの開会式がオリンピックスタジアム(新国立競技場)にて開催される。時間は20:00-23:00。緊急事態宣言により、つい先日まで飲食店の営業時間は20:00までに制限されて、不要不急の外出を控えるように言われ続けた。特に、夜の外出には罪悪感を抱いたものだ。
それにも関わらず、東京オリンピックは、夜間の開会式で幕が上がる。
本当に東京オリンピック・パラリンピックは開催できるのか。人の流れ、特に公共交通機関はどうなるのか。そろそろ具体的なイメージが必要だ。
注目される「2つのゾーン」
東京オリンピック・パラリンピックの競技会場は、都外もあるが、基本的には都内の中心部に集中する。コンパクトな大会が特徴だが、それでも2つのゾーンに分かれて、人の移動は広い範囲に及ぶ。
その2つのゾーンとはどこか。
一つは、オリンピックスタジアム(新国立競技場)や国立代々木競技場、東京武道館など、都心中心部に位置する「ヘリテッジゾーン」である。
1964年の東京大会で使われたところが多く、そのため「ヘリテッジ=遺産」という。このエリアは、世界の大都市と比べても、地下鉄やJRなど公共交通機関が発達しているため、移動には便利である。
もう一つは、湾岸エリアの「ベイゾーン」だ。
その中心は「お台場」で、有明アリーナ、有明体操競技場、有明アーバンスポーツパーク、お台場海浜公園など、多くの競技会場が集まる。また、有楽町線沿線にあたる辰巳エリアには、東京辰巳国際水泳場、東京アクアティクスセンターがあり、水泳関連の競技会場となる。
新しく開発されたベイエリアは、競技会場を確保する広さはあるが、その反面、公共交通機関が必ずしも発展していない。
お台場は、埼京線と直通運転をする「りんかい線」が東西を貫き、終点の新木場では京葉線と接続するため、都心西部や千葉湾岸エリアからのアクセスは悪くない。
しかし、都心東部からは、新橋から豊洲まで延びる新交通システムの「ゆりかもめ」に依存するところが多く、これが弱点である。
「ゆりかもめ」は、新橋から竹芝、芝浦ふ頭と沿岸部を走り、自動車と並行しながら、半径の小さいループを駆け上がり、レインボーブリッジを渡って「お台場」に至る。
新交通システムの「ゆりかもめ」は、ゴムタイヤで走り、車両も小型なので、一般の鉄道と違って自動車のようにカーブや勾(こう)配に強い。
その反面、6両編成で定員300人程度なので、輸送力では一般の鉄道に大きく劣る。10両編成で定員1,500人超の「りんかい線」と比べれば、20%ほどの輸送力しかない。
しかも、最高速度は60キロと遅く、ルートは直線ではない。途中駅の「有明テニスの森駅」は、テニスや体操の競技会場の最寄り駅だが、新橋駅から25分もかかる。
新橋駅から東海道線に乗れば、横浜駅まで22分である。つまり、直線距離は短くても、お台場は横浜よりも遠い場合がある。「ゆりかもめ」は新橋駅が始発駅で、乗り換えが面倒なことも含めれば、実際に所要時間は長いし、体感的にも遠く感じる。
輸送力が少ない「ゆりかもめ」は、乗客が増えると混雑が激しくなる。
新橋方面は、「有明テニスの森」などで多くの人が乗車すると、途中駅からの乗車が難しくなり、激しい混雑になる。しかも、それが新橋駅に着くまで長時間続く。苦痛なだけでなく、新型コロナウィルスへの感染リスクも懸念される。
観客もメディアもスタッフも大移動
ところで、誰が公共交通機関を利用するのか。
大会関係者は、公共交通機関を利用する前提はなく、基本的には専用バスなどで移動する。選手だけでなく、オリンピック委員会、国際競技団体、メディアなども、その対象に含まれる。
晴海ふ頭の近くに設置される選手村は、そもそも交通の便が悪い。そこから競技会場、練習会場、および出入国地点となる成田空港、羽田空港などへは、専用バスが走る。選手の輸送は確保されており、公共交通機関への影響はない。
メディアは、IBC(国際放送センター)、MPC(メインプレスセンター)が東京ビッグサイトに設置されるが、そこから競技会場やホテルなどへは専用バスが走る。
ただ、現時点で公表されている計画では、メディアが練習会場に移動したり、空港からホテルに移動したりする場合など、公共交通機関を利用する想定もある。
国際競技連盟の関係者も、ホテルと開閉会式の会場の間を移動するケースなどで、公共交通機関を利用する。
大会関係者でも、現時点の計画では、一部は公共交通機関を使うのだ。
東京オリンピックでは、選手数が11,000人、メディア数が25,800人の予定なので、メディアの方が多い。海外から来る選手に注意が向きがちだが、感染症対策の観点では、メディアの行動にこそ注目すべきだろう。
大会関係者に比べて桁違いに多いのは、観客と大会スタッフである。しかも、その移動を担うのは公共交通機関だ。東京オリンピック・パラリンピックに関心のない人でも、東京近辺に住んでいる人ならば、その影響から無縁ではいられない。
もともと、観客数は780万人で、観客と大会スタッフ数を合わせると(立候補ファイルによれば)約1,010万人の予定だった。先日、海外からの観客の受け入れを断念すると発表されたが、それ以上の絞り込みについては明らかでない。
今後、観客数の絞り込みには注目が集まるが、大会スタッフの数にも注目すべきだ。
いずれにしても、通勤・通学とは異なり、遠方から大勢の人が一部路線に押し寄せることになる。感染拡大防止には相当な配慮が必要だ。
まだまだある「不安要素」
「ゆりかもめ」以外だと、どの路線の混雑が懸念されるか。
東京都オリンピック・パラリンピック準備局では、「交通需要マネジメント(TDM)による交通量の低減に向けた対策を何も行わなかった場合」という前提で、各路線の輸送影響度を公開している。
それによれば、もっとも心配されるのは「ゆりかもめ」だが、他にも心配な路線がある。
セーリング会場となる江の島ヨットハーバーは、小田急江ノ島線と江ノ島電鉄などがアクセスを担う。
江ノ島電鉄は2両1組で、しかも単線なので輸送力は乏しく、影響度の大きい路線としてランクインする。セーリングの競技日程が11日間と長いのも、感染リスクを考えると気がかりだ。
サッカーの会場は各県に分散する。そのうちの一つが埼玉スタジアム2002で、会場は駅から離れており、駅からシャトルバスが運行される。
最寄り駅は埼玉高速鉄道の駅だが、武蔵野線などの駅からもシャトルバスが運行される。
懸念は、サッカーの競技時間が夜間に設定されていて、終了時間が23時になるケースもあることだ。終電が繰り下げられるため、観客の足は確保されるが、混雑が深夜に及ぶことになる。
サッカーなどは、競技会場で観戦した人だけでなく、各地の繁華街などで多くの人が深夜まで盛り上がる。感染対策への意識も薄れるのではないかと懸念される。
オリンピックが開催されれば、多くの感動的なシーンを目撃することになる。そうなれば、開催に至るまでの反対論は吹き飛ぶかもしれない。
しかし、ワクチン接種が終わっていない段階で、本当に東京オリンピック・パラリンピックを開催しても大丈夫なのか。大会のイメージが具体化すればするほど、不安も大きくなる。
文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『明暗分かれる鉄道ビジネス』『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』などがある。