『週刊女性』のインタビューを受ける古賀稔彦さん(2010年)

 3月24日、がんで闘病中だった柔道五輪金メダリスト古賀稔彦さんが53歳で亡くなった。1992年のバルセロナ五輪では、直前に出場が危ぶまれるほどのケガを負っていたにも関わらず、見事に金メダルを獲得。奇跡を起こしてきた古賀さんだけに、あまりに若すぎる死に悲しみの声が広がっている。

 コロナ禍の煽りを受けながらも、古賀さんがよく口にしていたのが柔道の創始者、嘉納治五郎氏が掲げた理念「精力善用、自他共栄」だったという。

 現役引退に指導者となった古賀さんは全日本女子柔道チーム強化コーチを務めるかたわら、2003年に町道場『古賀塾』を設立し、子どもたちの人間育成に尽力してきた。『週刊女性』は2010年に古賀さんにインタビュー取材を行っており(10月19日号)、『古賀塾』で学ぶ子どもたちへの想い、そして“将来の夢”についても話を聞いていた。以下に当時のインタビューを再掲する(固有名詞等はすべて当時のもの)。

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 現在は、川崎に開いた柔道道場古賀塾、女子柔道部総監督を務めるIPU環太平洋大学(岡山県)で柔道を指導し、日本健康医療専門学校で校長を務め、さらに弘前大学大学院医学研究科博士課程で学生としても学んでいます。

 とにかく感じているのは、指導する側に回ると“ここまででいい”と感じなくなるということ。教え子が優勝したにしてもただ喜ぶだけじゃなくてもっといい指導をしていればもっといい勝ち方ができたんじゃないかとか常に欲が出てくるんです。パッと朝目覚めると、「アイツ今日調子いいのかな」とか、「アイツ昨日ヘコんでたけど復活したかな」とか、教え子の誰かしらのことが頭を通過していきます。だから胃薬は手放せないですね(笑)

自分の死に場所は“柔道場”

 そして、人間形成にも取り組んでいます。古賀塾では、

一、「はい」という素直な心 
一、「ありがとうございます」という感謝の心 
一、「私がします」という奉仕の心 
一、「すみません」という反省の心 
一、「おかげさま」という謙虚な心

 この5つを“塾五訓”として練習前に唱和しています。

 これからの夢、についてお話しさせていただくと、ひとつは世界の舞台で戦える柔道選手をひとりでも多く育てること、もうひとつは「とにかく柔道が好きだ」という柔道家を育てること。強い弱いに関わらず、自分の子どもが生まれても、柔道をやらせたい、そんな気持ちを持ってくれる人間を増やしたいですね。

 とても個人的な部分をいえば、全日本で谷本歩実という選手のセコンドについてアテネ五輪で金メダルを獲る瞬間に立ち会うことができました。私の子ども、男、男、女と3人いるのですが、みな柔道をやっています。今度は親子の間で、セコンドとしてそんな場面を迎えられればうれしいと思っております。

 自分の死に場所はできれば後輩たちと汗を流したこの柔道場(古賀塾)がいい、そう思っているんです。