長引くコロナ禍に、心身の調子を崩す人が増えている。災害のストレスが手足のむくみ、便秘、ニキビ、肥満などを引き起こし、結果、突然死に至るケースも。最悪の結末になる前に、自分と家族の体調を見直そう!
東日本大震災から10年。災害が人に与える影響の研究が進むなか、「災害不調」ということばを提唱しているのが、医師の工藤孝文さん。
「災害不調」とは文字どおり、「災害の際に身体に起きる不調」のこと。福岡県で診療を行う工藤さんが災害と不調の関係に気づいたのは、'16年に熊本地震、'17年に九州北部豪雨と、相次いで大きな自然災害に見舞われた時期。
「不眠などを訴える患者さんが、女性中心に増えました」(工藤さん、以下同)
災害不調の症状は、動悸や発汗、耳鳴り、めまい、不安感や抑うつ、不眠、イライラ、疲れやすさ、肥満、下痢・便秘など、多岐にわたる。
「主な原因は自律神経の乱れ。自律神経は、緊張しているときに優位になる交感神経と、リラックスしているときに優位になる副交感神経があり、災害下では、交感神経が優位な状態が続いてバランスが崩れ、不調へとつながります」
長くストレスが続くと、副腎がコルチゾールというホルモンを分泌。これはストレスやイライラに対抗するホルモンで、過剰になると免疫力が下がる。“幸せホルモン”と呼ばれ、精神の安定に欠かせないセロトニンも不足する。
こんな症状に心当たりはありませんか?
災害不調セルフチェックリスト
□コロナ禍以降、太った。あるいはやせた
□椅子に座り、片足を上げた状態で、片足だけを使って椅子から立ち上がれない
□甘いものや脂っこいものがむしょうに食べたい
□物忘れがひどくなった
□日常生活のなかで楽しさを感じられなくなった
□感染していたらどうしよう……と不安で眠れない
□過剰に手洗いをして、手が荒れてボロボロに
□ テレビで新型コロナウイルス関連の
□ニュースを見ると息苦しくなる
→→→1つでも当てはまったら早めの対処を!
命にかかわる病気や認知症の原因にも
災害特有の病気もある。「たこつぼ型心筋症」もそのひとつ。メカニズムは未解明ながら、この病気は、災害時の急激なストレスが原因とされる。交感神経が一気に優位になってアドレナリンが分泌され、血管が収縮して起きるとみられる。
そして今、全世界がさらされているのが、新型コロナウイルス感染症という災害。
「感染症の集団発生・流行」は、国際的にも災害とみなされている。コロナ禍は1年以上続き、親しい人とのおしゃべりや趣味が制限される状態が続いている。前述した“幸せホルモン”のセロトニンに加え、“やる気ホルモン”のドーパミンも不足し、人生の楽しみを奪われた気持ちに……。
「糖分をとるとセロトニンが、油脂をとるとドーパミンの分泌が促されるので、甘いものや油っこいものが無性に食べたくなる人も多いです」
太る人が多い一方、ステイホームによる運動不足で筋力が落ち、やせる人も。上のチェックリストの2項目めで、立ち上がれなければ要注意だ。
「ストレスが続くと不眠になり、不眠は抑うつ症状を引き起こす。抑うつ症状を放置すると数年で物忘れがひどくなり、数十年で認知症に進行するといわれます。脳のダメージはあなどれません」
災害不調を知り、コロナ禍を乗り切り、いつくるとも知れない大災害に備えよう。
では、災害不調を起こしやすいタイプは?
「40代後半以降の女性は、女性ホルモンの分泌が低下。子育ても仕事も頑張ってきた人が、精神的に落ちることが多いので要注意です」
40代から50代女性は要注意世代
最近、工藤さんが気づいたのが、女性で災害不調を訴える人には、実は貧血やLDL(悪玉)コレステロール値が高いケースが多いこと。両者に共通するのは、血流。貧血があると、血流が悪くなる。そうすると身体は交感神経を優位にして血を送り出そうとするため、焦燥感や不安感が出やすくなるのだ。
LDLコレステロール値が高い人は血がドロドロになり、やはり血流が悪い。貧血の人は鉄分を補い、LDLコレステロール値が高い人は、その治療をするだけで、災害不調は軽くなるという。
まじめな人ほどストレスたまりがち
同じ出来事を経験しても、性格により受け取り方は違う。責任感が強い人は、災害時にストレスを抱えやすい。
「教育関係者や医療職に就く人は、まじめな性格が多いからこそ注意して。デスクワークが多く、頭で判断することが多い人も要注意。完璧主義な人は、完璧にできないと自分と他人の両方にストレスを感じてしまう。気配りができる人は、感謝されることで喜びを得ているため、その対象者を失うとストレスが大きい」
災害時は助け合いが多い反面、援助を断られることもある。そうすると、気配りできる人ほど、自分を否定されているように感じてしまう。
「ふだん家族に悲しみや怒りを見せない人も、災害時はとくにストレスがたまりやすい。物事を悲観的に考えがちなタイプの人は、何かをやる前にあきらめてしまいがちなので、ささいなことが壁に感じられてしまい、災害不調を起こしやすいです」
そして、どんな性格の人であっても、強いストレスを感じると、思考や意欲を司る前頭前野の機能が低下。感情や衝動の抑制がききづらくなる。ふだんは穏やかで優しい人が、イライラを抑えられなくなるケースも……。
対処は早いほうがよい。思い当たる人は、次ページの災害不調解消法を試してみよう。
こんな人はとくに注意!
性格や生活スタイルから危険度をチェック。当てはまる数が多いほどハイリスク!
・責任感が強い
・物事をマイナスに考えがち
・仕事や家事は完璧でないと気がすまない
・感情があまり表に出ないタイプ
・気配りができる、気がきくと人から言われる
・長時間のデスクワークが多い
・教育関係や医療職など、人と関わることが多い
Case1……50代男性・Aさんの場合
〜温厚な性格が一転、DV気質に〜
住んでいる地域が水害にあい、床上浸水したAさん。災害前は、職場や地域、家庭でも、ニコニコして温厚で、怒ることがほとんどなかったAさんでしたが、水害後、「また同じような災害が起きたらどうしよう」と強い不安に襲われるようになりました。やがてちょっとしたことでイライラするように。家族を叱りつけるなど、つらく当たることが増え、暴力をふるうようになってしまいました。
Case2……50代女性・Bさんの場合
〜義理の母の介護で耳鳴り、めまいが〜
持病がある義母を介護中のBさん。コロナ禍以降、「もし自分が感染したらどうしよう。義母にうつしてしまったら……」と不安は募るばかり。やがて義母と口げんかが増えました。けんかをした日は動悸がして眠れません。そのうち、日中、耳鳴り、めまいに悩まされるようになりました。良好だったBさんと義母との関係は悪化し、家族全体がピリピリムードに。義母の持病も悪化してしまいました。
災害不調解消テク
災害不調の根本原因は「不安」。その消し方は、知れば簡単なものばかり!
「災害不調は単なる身体の疲れと似た症状も多いため、見過ごしやすいんです。ここまでで災害不調の知識を身につけたら、次は家族や自分の体調を見直して。災害不調と単なる疲れとの違いは、軽い運動をした後、すっきりするかどうかです」
身体を動かして疲労感がとれるようなら、災害不調の可能性がある。
災害不調を抱えていると自覚したら、次から紹介する解消法を試してみよう。工藤さんが多くの患者を診察し、自身も「コロナうつ」に悩んだ経験から導き出したテクニックは、どれも簡単で効果抜群。「不安を秒でなくす方法」として工藤さんがおすすめするのが、食事や書き物などを、利き手と逆の手でやること。人間はふたつのことを同時にできないため、行動に集中し、不安を忘れる。不安な時間を減らすことが重要だ。
小さな不調が起こす大きなトラブル
「不安」が募ると、やがて怒りに変わる。前述したように、災害時はストレスにより衝動などの抑制を司る前頭前野の機能が弱りがちで、怒りの抑制が難しくなり、人間関係に悪影響を及ぼしがち。
不調が小さなうちに、対処していこう。ただ、災害不調といっても、胸の痛みや強い圧迫感、呼吸困難がある人は要注意。61ページで紹介したように、ストレスから心疾患を起こしている可能性がある。すぐに医師に相談を。
掃除や土いじりで身体を動かす
災害不調で気持ちが落ち込みがちなときは、とにかく身体を動かそう。掃除をして手を動かすことに集中していると、自然と不安を忘れる瞬間があるはず。土いじりは、自然と触れ合う癒し効果も。午前中に庭に出れば体内時計も整う。
朝日を浴びながら牛乳を飲む
「朝日とともに起きて日光を浴び、昼間は狩りで身体を動かし、夕暮れには家族の時間を持ち、暗くなったら眠る」。そんな生活は、自律神経を整え、脱・災害不調に効果大。ただ、現代社会ですべてを実現するのは難しいもの。工藤さんいちばんのおすすめは、朝日を浴びながら牛乳を飲むこと。朝日は、人間に幸せを感じさせてくれる物質、セロトニンの分泌を促し、体内時計を整えてくれる。一方、牛乳はセロトニンの原料となるトリプトファンが豊富。セロトニンは約16時間後に安眠に導くホルモン・メラトニンに変わるため、睡眠リズムを整える。
連絡はオンラインより電話がおすすめ
新型コロナの影響下で、ビデオ通話機能を使う人も増えたはず。実はオンラインよりも電話で声だけを聞くほうが、“愛情ホルモン”と呼ばれるオキシトシンの分泌量が多くなる研究結果があるそう。息遣いや声の調子に集中し、想像が膨らむため、相手の存在をかえって身近に感じることができるのだ。
不安なニュースはオフ! 情報断捨離をする
災害時、テレビは深刻なトーンで恐怖や危険を伝える関連ニュース一色に。さらにスマホを見れば、極端な意見があふれている。身体を使わず、ネガティブな情報にさらされると、脳ばかりが疲労し、不調をきたす。まずは週末だけでもテレビを切り、スマホを置いて“情報断捨離”を。
日記をつけて悩みを書き出す
自分の行動を記録すると、「曇りの日は気分が落ち込みがち」など、自己分析ができ、備えやすくなる。日記には、天気/気分/最高気温/湿度/食事内容と時間など、不調に関係ありそうな項目を書こう。ネガティブな気持ちを日記に吐き出してもいい。「たくさんあると思っていた不安やモヤモヤも、書き出してみると意外と少ない」と気づく人が多いはず。吐き出したら、解決法があれば即行動。解決法がないものはそれ以上考えないこと。日常を書き留めるうち、「今日も家族が元気に暮らせた」など、小さな幸せに気づくことも。
(取材・文/仲川僚子)