コロナ自粛の影響で、近年になく映像作品に親しむようになった人が増えています。より日常が豊かになるような、映像作品の楽しみ方とは? コラムニストの佐藤友美(さとゆみ)さんが、ドラマと日常の間に、華麗に接線を引いていきます。
ドラマ「俺の家の話」についてのネタバレを含みますので、まだご覧になっていない方はご注意ください。
ツイッタートレンド世界1位となった「俺の家の話」
最終回の放送直後、ツイッターのトレンドで世界1位になった「#俺の家の話」。おそらく、100人中100人が予想していなかった最終回のゆくえに、SNS上には「まさかの展開!」「涙がとまらない」「今期の最高傑作」「ロスが激しい」といった声が並びました。
親の介護をテーマにしたホームドラマを、コミカルに、そしてハートフルに描いた感動作であるだけでなく、このドラマはこの3月31日でTOKIOを脱退、そしてジャニーズ事務所を退所した長瀬智也さんの、(当面のところ)最後のドラマ出演作にあたることでも話題になりました。
長瀬さんは、事前に13キロの増量にのぞみ、さらには髪を伸ばして役作りの準備をしたそうで、なみなみならぬ気合を感じさせられました。
TOKIOとして最後の出演となった3月31日の「TOKIOカケル」では、今後の活動について一切触れなかった長瀬さん。今後、芸能界を完全に引退するかどうかは定かではありませんが、彼にとって、また俳優としての彼を高く評価する関係者たちにとっても、このドラマは一つの区切りとなる大切な作品であったことでしょう。
「俺の家の話」では、不器用ながらも家族の絆を深めようとする主人公・寿一と、TOKIOを脱退する長瀬さん自身の軌跡が重なり、このドラマそのものが長瀬さんへの壮大なエールにも思えたシーンも多々ありました。
そのたびにSNSでは、それらのシーンやセリフが取り上げられてきたものです。
まずは、そのような名シーンを振り返る前に、あらためて今回のドラマのスタッフとキャストについておさらいしたいと思います。
「俺の家の話」は、長瀬さんにとって最強布陣ともいえる、クドカンこと宮藤官九郎さん脚本×磯山晶プロデューサーがタッグを組んでいます。
俳優さんには、よく「当たり役」と呼ばれる役が存在します。が、その「当たり役」のスタッフ陣を見ると、実は、同じスタッフ陣であることも多いものです。
たとえば、以前このコラムでも紹介した星野源さんの当たり役を作ってきたのは、脚本家の野木亜紀子さん(「逃げ恥」「MIU404」「罪の声」)。
今季のドラマの中では最高視聴率を記録した「天国と地獄」の主演、綾瀬はるかさんは、この「天国と地獄」をはじめ、森下佳子さんの脚本にヒット作が多く見られます(ドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」「JIN(仁)」「おんな城主 直虎」)。
長瀬さんも、同様です。これまでさまざまな主演作を演じてきましたが、大きな話題になったのは「池袋ウエストゲートパーク」(2000年)や「タイガー&ドラゴン」(2005年)。この2作品によって、俳優・長瀬智也の存在は大きく評価されました。これに「うぬぼれ刑事」(2010年)を合わせた3作が、クドカン×磯山さんチームでの作品です。
長瀬さんを20代のときにクドカンに引き合わせたプロデューサーの磯山さんは、今回のドラマについてたずねられたとき、「長瀬さんの最高傑作にする」という意気込みで作ったと答えています。
そしてその意気込みは、スタッフの布陣だけはなく、キャストの配役にもあらわれていました。
長瀬さんにゆかりの深い役者陣が支える
「俺の家の話」で、長瀬さん演じる観山寿一は、人間国宝である能楽師の父の後継となることを拒否し、17歳で家出してプロレスラーとして活躍した長男の役回り。
レスラーとしてはピークを過ぎた寿一が再び家に戻ってきたのは、父危篤の知らせを受けたから。寿一は奇跡的な回復をした父の介護をしながら、プロレスと能の二足のわらじを履くことになります。
この、長瀬さんの父親を演じるのが西田敏行さん。
西田さんと長瀬さんは、「タイガー&ドラゴン」では落語の師と弟子、「うぬぼれ刑事」では親子を演じています。磯山さんいわく「本物の親子のよう」という2人の息はぴったり。
とくに、6話の25年ぶりの家族旅行で、わがままな父と大喧嘩してしまうシーン。そして、8話で要介護認定2となった父を、グループホームに入所させるシーン。
愛憎相まみえる家族の介護を壮絶なリアリティーで演じられ、涙なくして見られない名場面でした。
のちに、長瀬さんの義弟であることが判明する桐谷健太さんも、「タイガー&ドラゴン」での共演者。家族を支えるケアマネジャーの荒川良々さんは、「池袋ウエストゲートパーク」「タイガー&ドラゴン」「うぬぼれ刑事」のすべてで、長瀬さん主演ドラマにおけるキーマンを演じてきました。
深い葛藤を抱えた桐谷さんと、長瀬さんが、再び心を通わせていく過程は、滲み入るものがありました。とくに最終話の能舞台の稽古場面で、桐谷さんが長瀬さんに場所を譲るシーンは、2度リフレインされ、2度目のほうで謎が氷塊し同時に涙腺も決壊です。
このレギュラー演者である桐谷さんと荒川さんをはじめ、このドラマには、長瀬さんに縁が深かった俳優たちが続々と出演します。その様子はまるで、壮行会のようでした。
SNSでの投稿を見ると、過去の長瀬さんの出演作の共演者が登場するたびに、当時の作品を見直す視聴者があとをたたなかったようです。
まずジャブは第4話で打たれます。池袋西口公園に「カラーギャングに囲まれたときのために」と首からチェーンをぶらさげた寿一が登場するシーンでは、「池袋ウエストゲートパーク」を想起したクドカン×長瀬ファンの視聴者が拍手喝采。
さらに、第8話では、「池袋ウエストゲートパーク」で相棒だった佐藤隆太さんがアキレス腱を断裂した寿一を診る整形外科医として、同じく「池袋ウエストゲートパーク」で共演した矢沢心さんが元嫁の出産を担当する看護師として出演し、SNSでは「マサが! 千秋が!」と、大盛り上がりとなりました。
また、第9話では、「タイガー&ドラゴン」で共演した塚本高史さんが、葬儀屋の役で特別ゲスト出演(この葬儀屋との打ち合わせは、最終回の大どんでん返しの伏線となっているのですが、この時点ではそれは明かされません)。
“神回of神回”と評された第6話では、やはり、「池袋ウエストゲートパーク」と「タイガー&ドラゴン」、そしてクドカン脚本の映画「真夜中の弥次さん喜多さん」で共演した阿部サダヲさんが出演。
この出演に関して阿部さんは「自分が初めてテレビドラマでレギュラー出演をした時の主演が長瀬くんだった」と語り、16年ぶりの共演を喜んでいたといいます。
長瀬さんの未来を想起させる演出も
進行中のドラマを追いかけることがそのまま、役者としての長瀬さんの軌跡をふりかえる仕掛けになっていた「俺の家の話」。
でも、このドラマに忍ばされていたのは、長瀬さんの過去だけではありませんでした。
TOKIOを卒業し、ジャニーズ事務所を退所する長瀬さんの、これからの道を想像させるようなシーンもやはり、「俺の家の話」には盛り込まれていたのです。
とくに、ネットが騒然としたのは、第9話。レスラーとしての引退を決意した寿一の試合前に、長州力さんが「レスラーなんて、何回引退しても、何回もカムバックすりゃいい」と言うセリフが、「クドカンから長瀬さんへのメッセージに聞こえた」と、話題に。
さらに最終回では、「俺がいない俺の家の話」という言葉や「俺は俺の家が大丈夫なら、大丈夫なんで」といったセリフが長瀬さん自身の口から語られ、いやが応でも長瀬さん不在のTOKIOに想いを馳せることとなりました。
折しも、この最終回の直後、TOKIOの看板番組である「ザ!鉄腕!DASH!!」にもシンクロするようなシーンがありました。
桜吹雪のプロジェクターにうつる5人の影絵を見て、「え、どうして4人じゃなくて5人?」と驚くメンバーに「いいじゃん、(TOKIOは)どうせ(もともと)5人なんだから」と長瀬さんが屈託なく語る場面が放送されたのです。
この放送を見て、再び、「俺の家の話」の最終回が思い出されました。
50歳、60歳になった時の最高傑作も見てみたい
「俺の家の話」の最終回では、能楽の「隅田川」に重ね合わせ、息子の死を受け入れられない父・寿三郎と、自分の死を受け入れられない息子・寿一が、舞台の上で再会する場面が描かれています。
「隅田川」において、子どもの亡霊を実際に舞台に出すか出さないかという議論があったとき、世阿弥は「子どもの亡霊は出さない。出さずして、その存在を観客に感じさせたほうがよい」と語ったと、寿三郎は寿一に伝えました。
しかし寿一はその時、自分が息子だったら亡霊になってでも姿をあらわしたい。「だって、会いてーもん」と、答えています。
その言葉のとおり、一度はこの世界から姿を消したはずなのに、舞台そでに姿をあらわした寿一。その寿一の姿と、俳優・長瀬智也の姿を重ね合わせ、今後に期待をした視聴者も多かったのではないでしょうか。
多くの視聴者を、笑いと涙に誘った長瀬さんの(暫定)最高傑作。これがラスト(かもしれない)と言われると、なおさら、これからも、長瀬さんの出演作が見られますようにと願ってしまうのです。
先に書いたように、ドラマが始まる前には「長瀬さんの最高傑作にしたい」と意気込みを語っていたプロデューサーの磯山晶さんも、ドラマの最終回直前のインタビューでは、
「この作品を最高傑作にはしたくない。これが最後の作品ではなく、50歳、60歳になった長瀬さんの作品も見たい」
と、話していらしたとか。
心の底から、同感です。私も、見たい。
現場からは以上です。
佐藤 友美(さとう ゆみ)Yumi Sato ライター・コラムニスト
1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経て文筆業に転向。元東京富士大学客員准教授。書籍ライターとして、ビジネス書、実用書、教育書等のライティングを担当する一方、独自の切り口で、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆している。
著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』(サンマーク出版)、『道を継ぐ』(アタシ社)など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。