繰り返し起きる“性犯罪”。そういった犯罪の原因は「性的欲求不満」と捉えられがちだが、一概にそうとも言いきれないという。凶悪事件も含め、2000件以上の殺人事件などの「加害者家族」を支援してきたNPO法人World Open Heartの理事長・阿部恭子さんが、性犯罪を起こした加害者家族、そして加害者本人から「本音」を聞いた。
ある日、夫が性犯罪者に
「子育てと仕事に追われて美容院に行く暇さえなくて。夫婦生活もありませんでしたから……すべて私のせいです」
成美(仮名・40代)の夫はある日、未成年者にわいせつ行為を行ったとして条例違反で逮捕された。女性にとって、家族が性犯罪で逮捕されるほど屈辱的なことはない。事件による精神的ダメージは大きく、妻たちはとくに、自分に女性としての魅力が欠けていたからだと自分を責める傾向が強い。
結婚生活も続けば倦怠期もあるだろうし、生活に追われてそれどころではない時期もあるであろう。本当のところはどうなのか。成美の夫・晃(仮名・40代)に真相を聞いてみた。
「妻のせいではありません。仕事が上手くいっていたら、こんなことにはならなかったんです」
問題は「性」ではなく、「仕事」だというのだ。晃は、都内で飲食店を経営しておりかつて売り上げは順調だった。ところが、事業拡大を進めていた最中にコロナに見舞われ、突如、経営は悪化を辿った。3人の子育てに追われ専業主婦をしていた成美も、従業員削減によって店を手伝わなければならなくなっていた。接客に慣れていない成美にとっては苦労の連続だった。仕事のことで夫婦喧嘩も多くなり、夫婦仲は冷めきっていった。
「成美は仕事場でも家でもため息ばかりつくようになっていました。苦労させてばっかりで申し訳なくて。身体に触れるどころか、目を合わせることさえできなくなりました」
コロナの収束が見えないなかで店の客足は戻らず、店は倒産寸前だった。
「妻に苦労させたにもかかわらず状況は悪くなるばかり。妻子を養うことすらできない自分に生きている価値はないと思うようになりました」
晃は自殺を考えるようになり、インターネットで情報を集めるようになった。ある時、掲示板を見ていると、自殺願望を訴えるひとりの女性の書き込みが目に留まった。晃が生まれ育った地元の近くから上京してきた女性だった。アルバイトが続かず、生活が苦しいのだという。晃は彼女と会うようになり、彼女が未成年者だと分かった後も関係を続けた。
「妻とは景気のいい時期に知り合いましたから、いい店に連れて行ったし、高級品も買いました。今の自分にそんな余裕はありません。それでも彼女はファミレスの食事でも喜んでくれて。こんな俺でも少しは役に立つのかと、一度だけと思いながら関係が続いてしまいました」
逮捕され、当然、妻からは愛想をつかされると思い込んでいた。ところが、警察署まで迎えに来た妻が、「ごめんね」と言いながら泣き崩れる姿を目の当たりにし、晃は自分の犯した愚かな罪を心から悔いたという。
ふたりは離婚せず、家族で一から生活を立て直す道を選んだ。
「孤立」からSOSを出せず犯罪へ
優等生の息子が加害者になることもある。
九州地方で暮らす玲子(仮名・50代)の息子・信也(仮名・20代)は、東京の大学に合格し、都内でひとり暮らしをしていた。
コロナの影響で連休も年末年始も帰省できず、しばらく息子に会うことができず、不安に感じていたころに事件が起きた。警察から電話があり、信也が未成年者とのわいせつ行為で逮捕されたという。
信也の学費や家賃は家族が援助していたが、生活費はアルバイトで稼いでいた。信也は、東京での生活は決して楽ではなかったと話す。
「大学では実家暮らしの友達が多くて、自分はお金がなくて、一緒に遊ぶ余裕がなかったんです。デートのときは、男が奢らなくちゃいけないと思い込んでましたから、それを考えると彼女もできなくて」
それでも、いろいろな出会いがある飲食店でのアルバイトは、信也にとって居場所となっていた。ところがコロナの影響で閉店。収入だけではなく、心の拠り所まで失ってしまった。
大学の授業とアルバイトで多忙な学生生活を送っていた信也だったが、緊急事態宣言によって外出ができなくなり、いつの間にか生活は昼夜逆転し、ネットに依存する生活になっていた。
あるとき、出会い系サイトで知り合った女性のひとりから、家族と喧嘩したので家に泊めてほしいというメッセージが送られてきた。信也は、女性が未成年者であると知りながらも自宅に招き入れた。困っているのだから面倒を見るのだと思い、罪悪感はなかったという。
「とにかくひとりで寂しかった。何のために東京にいるのかわからなくなり、自暴自棄になっていたと思います」
信也は大学を退学し、実家に戻ることに。地元の会社に就職し、真面目に働き始めているが、事件のショックから立ち直れないでいるのはむしろ母親の玲子だった。
「あんなに頑張って入った大学だったのに。生活が大変なら、そう言ってくれれば援助したのに……。親としてはとてもショックです」
困ったときにSOSを出せない男性が犯罪に手を染めるケースは決して少なくない。家族に心配かけまいと問題をひとりで抱え込んだ挙句、取り返しのつかない事態を招いてしまうのだ。家族に本音は話せているだろうか。先が見えない時代だからこそ、家族間のコミュニケーションを見直してみたい。
性犯罪の原因は
セックスレスとは限らない
長引くコロナ禍で、お金は貯まらずストレスはたまる一方、という人も少なくはないのではないだろうか。家庭に充満するストレスは、DVや虐待を生み、家出を余儀なくされる女性や子どもたちが被害に遭うケースも報告されている。
一方で、被害者だけではなく加害者もまた、経済的、精神的に追いつめられた「弱者」かもしれない。
ゆとりが失われた生活の中で、相手を理解するプロセスを省略して性のみを手に入れる性犯罪は増えるであろう。
性犯罪の原因は性的欲求不満と捉えられがちだが、さまざまな事件の背景を見ていくと、そう単純なものではなく、セックスフルな生活を送っている人でも犯罪に手を染める場合がある。根底にあるのは、男性としての社会的劣等感であり、経済力の喪失も動機となりうる。男性優位でなければならないという呪縛は、男性をも蝕んでいる。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。