中国行きの期限が2021年12月末に延びたジャイアントパンダのシャンシャン(香香)。当人のみならず、上野動物園のオリジナルグッズも大人気だ。一方で、どのようにグッズができるかは、あまり知られていない。開発と販売の舞台裏に迫った。
「シャンシャンのグッズ製作は予想外の出来事の連続でした」。こう話すのは、上野動物園を運営する東京動物園協会で商品開発を手がける総務部営業課課長の進藤明美さん(56歳)。1983年に入社したベテランだ。その進藤さんでも、シャンシャンブームの大きさと長さには舌を巻く。
シャンシャンが生まれた2017年当時、上野動物園の商品開発の担当者は進藤さんを含め3人。同年5月25日に母親のシンシン(真真)の公開が中止され、進藤さんは「生まれる」と確信したが、順調に育つかわからない。そこで公開に合わせてグッズを発売すると決めた。
既存のパンダグッズが飛ぶように売れる
しかし、その考えは甘かった。6月12日にシャンシャンが生まれた後、公開前にもかかわらず入場者が増え、既存のパンダグッズが飛ぶように売れ始めたのだ。過去のパンダブームからは想像できない事態だった。
シャンシャンの前に上野動物園で無事に生まれ育ったパンダは、1986年6月生まれのトントン(童童)と1988年6月生まれのユウユウ(悠悠)の姉弟。この2頭のときと比べて、動物園は公式サイトなどを使ってシャンシャンの情報を頻繁に流した。それにより、公開前からシャンシャンのかわいらしさが伝わり、身近に感じられたため、既存のグッズも売れたと考えられる。
進藤さんたちはグッズの開発を急いだ。デザインの構想から完成までの期間は、短くても約2カ月。長いと半年ほどかかる。取り急ぎ、最初のグッズとしてシャンシャンの写真が入ったクリアファイルとポストカードを2017年8月後半に発売した。
また、「シャンシャン」の名前入りのグッズは、名前「お披露目会」の10月8日に発売することにした。ただ、名前は、東京都の小池百合子知事が9月25日に発表するまで、決して外部に漏れてはいけない。メーカーには名前の欄を空白にして待機してもらい、計8商品の発売にこぎつけた。
その次の商品投入のターゲットは2017年12月19日。シャンシャンの一般公開初日だ。この日、店頭には40種類の新商品が並んだ。とりわけ話題になったのが「ほんとの大きさパンダの仔」というぬいぐるみ。シャンシャンの生後2日目をモデルにした重さ147g(1760円)と、同10日目の284g(2420円)という2種類がある。
作るきっかけになったのは、進藤さんの上司の「多くの人は、パンダの赤ちゃんがどんなに小さく生まれて、育つのがどれほど大変か知らないよね。実物大のぬいぐるみがあれば、わかってもらえるのかな」という言葉だった。母親の約1000分の1の体重で生まれる赤ちゃんパンダの小さな命の重さを感じてもらえたらと考え、製作に取りかかった。
ピンクの状態のぬいぐるみを作るの?という声
ぬいぐるみの色は薄いピンク。この日齢のシャンシャンは、シンシンに舐めてもらって、唾液が付いたためピンク色をしていた。発売前、上野動物園の一部の職員からは「あのピンクの状態のぬいぐるみを作るの?!」「生まれたてのパンダは、ハダカデバネズミみたいで、可愛くない」という驚きの声もあがった。
販売数にも苦慮した。東京動物園協会は、上野動物園を含め4カ所の動物園・水族園を運営している。そこで売るぬいぐるみは、多くて年1万個ほどだ。こうしたことと過去のパンダブームの状況を踏まえ、年内販売分として各3000個を用意。各6000個を翌年1月に入荷することにした。
いざ発売されると「テレビで見たピンクシャンシャン!」「こんなぬいぐるみ持ってない」と大人気。年内の販売予定分は発売3日で売り切れた。「顔から血の気がサーッと引きました」(進藤さん)。
人気は海外まで及んでいる。重さ284gのほうは、2020年7月に韓国で生まれた雌のパンダの福宝(フーバオ)が赤ちゃんの頃、そばに置かれていた。
2018年6月12日、シャンシャンは1歳の誕生日を迎え、東京動物園協会は豆皿や手ぬぐいなどの記念商品を発売した。この1歳の記念商品からは、単なる「パンダ」ではなく、お客さんが見て「シャンシャン」とわかるようにした。シャンシャンのメインのデザイナーは女性2人(このほか、メーカーのデザイナーが手がけることもある)。デザイナーには、シャンシャンの特徴をとらえ、成長具合を加味しながらデザインしてもらった。
進藤さんが考えるシャンシャンの特徴とは「おでこが少し広い」「目が少し寄っている」「口角が上がっている」「かかとが白い」などだ。幼い頃は「鼻が低い」「(警戒していないので)耳が立ってない」という、子パンダならではの特徴も踏まえて製作した。デザイナーやメーカーには「これはシャンシャンじゃない」「これが安定して作れるの?」などと、何度もやり直してもらったこともある。
シャンシャンのぬいぐるみは、ほかにも次々と発売された。2020年10月17日発売の「箱入ぬいぐるみ シャンシャン」(1万3200円)のメーカーはサン・アローで日本製だ。
日本製にしたのは、技術力が高いうえ、言語が同じなので話が通じやすく、回答が早いためだ。ぬいぐるみの高さは約30cm。日本製でなければ、この小ささでシャンシャンの目を表現できなかったという。
ちなみに、シャンシャンの目の周りの黒い模様は、真ん中の辺りが少しへこんでいる。これをつくるのは、まっすぐ縫うのに比べ、格段に難しい。大型のぬいぐるみなら縫えても、小型だと目の左右で差が出る。シャンシャンの2歳の誕生日(2019年6月12日)に発売したぬいぐるみは、中国で製造したところ、この目をなかなか表現できず、何度も修正が生じた。
コスト高でも、かかとは白
このように、東京動物園協会がぬいぐるみを作る際は「リアルだけどかわいい」を目指している。ぬいぐるみは、動物の生態や特徴を正しく表現することが最も大切だと考えているが、それだけだと、動物によっては怖くなる。そのため、ほんの少しデフォルメして、かわいらしさを出している。
かつて、イラストを使ったグッズの中には、パンダが二本足で立つなど擬人化したデザインもあった。だが、パンダはトレーニングなど特別な場合を除き、四本足で過ごす動物だ。現在、動物園のオリジナルグッズは、本来動物が取るポーズに限っている。
また、初めて製作するぬいぐるみは、必ず飼育係の監修を受ける。シャンシャンの場合、「かかとの白さは絶対に入れてほしい」と飼育係にお願いされたそうだ。黒い足に白い部分を入れると、布をつなぎ合わせる手間が増えてコストも跳ね上がるが、それも実現させた。
一方で、過去には、パンダのぬいぐるみを巡ってトラブルが起きたこともある。『ジャイアントパンダの飼育 上野動物園における20年の記録』(東京都恩賜上野動物園編、東京動物園協会、1995年)によると、東京動物園協会が「親子パンダ」のぬいぐるみの製作をサンアンドスター(現在は廃業)に依頼し、1983年7月に発売しようとした。
だが、上野動物園の前で「パンダ焼き」などを売っていた売店の桜木亭から「パンダの親子のぬいぐるみをすでに販売し、類似意匠登録も済ませている」とのクレームが来た。この意匠権を侵害する商品の販売は困るという趣旨だ。
双方は法的に争い、桜木亭による親子パンダの意匠登録は無効になった。さらに、「親子パンダ」の名称は、桜木亭よりも先に人形専門店の久月が商標登録を済ませていることが判明。久月が所有する「親子パンダ」の商標権は、サンアンドスターが譲り受けることになった。
「シャンシャン」に関しては、東京動物園協会が商標登録している。それは、シャンシャンの名前をオリジナルグッズに付けられないと困るためで、独占するためではない。条件はあるが、ほかの企業などがシャンシャンの名前を入れたグッズを開発し、上野動物園以外の場所で売ることは可能だ。
こうしたグッズ販売とは毛色が異なるが、山崎製パンの「ランチパック」や大王製紙の「エリエール」などにシャンシャンの写真が使われたこともある。これらは東京動物園協会が運営する「ジャイアントパンダ保護サポート基金」の協賛事業だ。パンダの保護活動などのために寄付を受け、シャンシャンの写真を貸し出している。
コロナ禍で通販での販売を優先
そんなさまざまなシャンシャングッズを投入する中、コロナ禍が日本を直撃した。2020年6月12日に迎えたシャンシャンの3歳の誕生日は、上野動物園が新型コロナウイルス禍で約4カ月間の休園中。そのため3歳の記念グッズは、店頭よりも先に公式の通販サイトで発売した。通販を先にしたのは初めてだ。
通常は、通販よりも店頭販売を優先させている。「上野まで行けないのに……」というクレームも来るが、動物園に足を運び、動物の大きさ、色、鳴き声、匂いなどを感じ、その思い出を商品とともに持ち帰ってもらうことが大切だと考えているためだ。
コロナ禍では、シャンシャンの中国行きも差し迫っていた。シャンシャンの中国行きは、延長される前は、2020年12月末が期限だったのだ。旅立ちを前に、2020年10月2日から順次発売した記念商品のテーマは「Thank youシャンシャン」。シャンシャンの成長を見守ってくれた人たちに「ありがとう」を届けられる商品にした。
シャンシャンのグッズを販売し始めた頃は、幅広い年齢層をターゲットにしていた。学生でも買いやすい価格のノートやクリアファイルは、必ずラインナップに入れた。一方、「Thank youシャンシャン」グッズの購入者は大人を意識しており、従来のグッズよりも高品質で高価格の傾向がある。
写真が入ったスツールボックスをはじめ、グッズはおおむね好評だ。シャンシャンのグッズは、写真入りのほうが人気の傾向にある。写真入りのブランケットも大人気だ。
関係者の間では、動物園のグッズに写真を使うと、あまり売れないというのが常識だった。園内で撮影した写真を使うため、野生の迫力を表現できないことや、野生動物は眼光が鋭くて少し怖いグッズになることなどが理由だ。写真のグッズが売れたという点でも、シャンシャンは異例だ。
ギフトショップが狭い
シャンシャンが生まれてから約3年半の間に発売されたグッズの数は、1歳記念で30種類、2歳で23種類、3歳で17種類、「Thank youシャンシャン」で20種類。こうした記念商品とは別に、ブランケット、手袋などの季節商品や、クリアファイル、Tシャツといった定番商品もデザインを変えて発売してきた。
2020年12月時点で「パンダ」もしくは「シャンシャン」と名の付くグッズは179種類ある。総数は712種類なので、全体の約25%がパンダグッズということになる。
本来は、パンダだけ、シャンシャンだけを特別扱いするのではなく、多くの動物に興味を持ってもらえるように、上野動物園全体で800種類ほど販売することにしている。だが、シャンシャンのグッズが大量に売れるので、たくさん置く必要があり、全体の種類を減らしている。
また、そもそも上野動物園のギフトショップは、ディズニーランドや、パンダがいるアドベンチャーワールド(和歌山県白浜町)などと比べ、販売スペースが圧倒的に狭い。グッズの多くを屋外で販売しているありさまだ。
これには事情がある。都立施設の上野動物園は、都市公園である上野恩賜公園に位置する。そのため、都が「都市公園法」を基に「東京都立公園条例」で定めた建ぺい率(敷地面積に対する建築面積の比率)が適用されてしまうのだ。なお、同じ上野動物園内でも、動物がいる場所は、特例として建ぺい率が緩和(上乗せ)されている。
動物園の公式グッズは、基本的に園内でしか売られないので、一般の市場と異なる。ぬいぐるみなら、初回の製造数は数百個の場合が多い。人気の高いパンダのぬいぐるみなら、初回3000個というケースもあるが、それでも人気アニメのキャラクターなどのグッズと比べれば桁が違う。それがコストに反映される。多く作れば当然安くなるが、売る場所が限られるので、結果的にたくさん作れない。
だからと言って「ネット印刷やインクジェットプリントなどで作れるようなクオリティではいけません。クオリティを保ちながら、ぎりぎりの価格で作る。なかなか難しいです」と進藤さんは話す。
また、東京動物園協会は公益財団法人なので、株式会社のように稼いだお金をプールして、次年度に持ち越すことができない。営業活動で得た収益の一部は「公益目的事業」に振り替えている。
その額は、直近で決算が出ている2019年度が6600万円。多い年度は約1億円に上った。このお金は、園内の環境整備などによって、来園者に還元するようにしている。例えば、園内の休憩所のテーブルとイスを新しくしたり、ギフトショップの屋外売り場に雨や日差しを遮るテントを設置したりした。
シャンシャン滞在延長でグッズはどうなる?
シャンシャンが中国へ行く期限は、2020年12月末(2019年5月31日発表)、2021年5月末(2020年12月11日発表)、2021年12月末(2021年3月26日発表)と延長を重ねている。
これまで、最後に発売されたシャンシャングッズは、2020年11月18日発売で、タレントの中川翔子さんの歌が入った「メモリアルソングCD『ありがとうシャンシャン』MV付」(1650円)だった。だが、休園中の2021年4月3日、「珪藻土コースター パンダ」(528円)が通販サイトに掲載された。実に4カ月半ぶりの新商品だ。これは正確にはシャンシャングッズではないが、目の周りの模様はシャンシャンにそっくり。シャンシャンの日本滞在が延びたので、新商品は今後も発売されるかもしれない。
シャンシャンがいなくなった後、既存のシャンシャングッズはどうなるのだろう。「全部がいきなりなくなることはないと思います。細かい商品は徐々になくなっていくと想像しますが、ぬいぐるみなどは、いくつか残るのではないでしょうか。私たちも、シャンシャンが上野動物園にいたことをお客様に忘れてほしくないので、残したいなと思っています」(進藤さん)。
シャンシャンが中国へ旅立っても、上野動物園でシャンシャンを見て、グッズを買った思い出は、グッズとともにずっと残るだろう。
中川 美帆(なかがわ みほ)Miho Nakagawa パンダジャーナリスト
福岡県生まれ、早稲田大学教育学部卒。毎日新聞出版「週刊エコノミスト」などの記者を経て、ジャイアントパンダに関わる各分野の専門家に取材している。訪れたパンダの飼育地は、日本(3カ所)、中国本土(11カ所)、香港、マカオ、台湾、韓国、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、カナダ(2カ所)、アメリカ(4カ所)、メキシコ、ベルギー、スペイン、オーストリア、ドイツ、フランス、オランダ、イギリス、フィンランド、デンマーク、ロシア。近著『パンダワールド We love PANDA』(大和書房)