外部からの不審人物の侵入は録画されていなかった

「事件発生直後からマンションの住人が犯人だろうと思っていました。入り口はオートロック式なので、外部の人が建物内に入るには住人のだれかにロックを解除してもらうか、塀を乗り越えるしかない。防犯カメラも2台あります。金目当てならば狙いにくいマンションのはずですから」

 と現場マンションに住む男性は話す。

 事件があったのは2月14日、日曜日の午後3時ごろのことだった。

 東京都青梅市のマンションで、ひとり暮らしをする目の不自由な70代女性Aさん宅の玄関チャイムが鳴った。

 男の声で「××です」と実在する住人の名字を言うのでカギを開けると、いきなり頭からジャンパーのようなものをかぶせられ、羽交い締めにされた。

「金はどこだ」

 男は××さんではなく、強盗だった。

「室内に押し入った男はAさんの両手足などを粘着テープで縛り、現金約4万円とキャッシュカード2枚を奪った。カードの暗証番号を聞き出すと“警察に言うな。人に言ったら、他の者がきて殺されるぞ”などと仲間がいるようにみせかけて脅し、近くのスーパーのATM(現金自動預け払い機)で金を引き出すため部屋を出ていった」(全国紙社会部記者)

 男は約1時間後、Aさんの部屋に舞い戻ってきてこう言った。

「暗証番号が違うじゃねえか」

 1円も引き出せなかったキャッシュカード2枚を置いていったという。

「自力で粘着テープをほどいたAさんは親族に連絡し、この親族から110番通報があって捜査は始まった。Aさん宅のインターホンの録画記録には犯行当日のぶんだけがなく、犯人によって消去されたとみられた。マンションの防犯カメラには不審な人物が出入りする様子が映っていなかった。捜査当局は、初動からまもなく、マンション住人による犯行の可能性が高いとみて慎重に捜査を進めてきた」(前出の記者)

 事件から約1か月経過した3月25日、警視庁捜査1課は、住居侵入と強盗の疑いでAさん宅の隣に住む職業不詳・小山貴之(よしゆき、61歳)容疑者を逮捕。警視庁によると、容疑について「間違いありません。住宅ローンのお金が足りなくて必要でした」と認めている。

 冒頭の住人らを除けば、突然の逮捕劇に驚いた住人は少なくない。事件そのものを知らされていなかったからで、一部の敏感な住人らが、マンション周辺に張り込む覆面パトカーや、住人のゴミ捨てに目を光らせる私服捜査員をいぶかしむ程度だった。

「事件を知っていたら、だれが犯人かと疑心暗鬼になったと思うし、怖くて生活できなくなったかもしれない」

 と住人の女性は、この1か月を振り返る。

彼の周囲ではもめ事が多かった

 逮捕された小山容疑者については事件前からよくない評判が立っていた。

 別の男性住人が打ち明ける。

「ひと言でいえばクレーマー。気が短くて、なにかと細かいことに口を挟むんです。マンションの大規模修繕工事があったとき、住人でつくる管理組合の役員でもないのに、“役員会議に出席させろ”と急に迫った。外壁に使ったタイルの数量を施行業者が水増し請求しているのを暴くという。疑念の根拠を聞いたら“オレが数えたから間違いない”と。ほら、タイルは建物全体に使っているんだから、そんなの数えられるはずがないでしょう」

 強引に出席した小山容疑者は、管理会社や施行業者に「詳しい資料を出せ」などとすごみ、困惑させたという。

事件現場となったマンションには防犯カメラが2台。この外壁のタイルの数に容疑者は難クセをつけていた

 あるいは数年前の大雪が降った翌朝、住人が駐車場で雪かきを始めると、

「役員が出てきていないじゃないか」

「なにやってんだ、あのヤロー」

 などと本人のいないところで散々、文句を言うことも。

 あまりに口を挟むため「役員をやったらどうか」と勧めると、「オレは面倒くさいことはイヤなんだ」と言い放ったという。

「小山容疑者は猫を飼っていて、“よその家がうちの猫にちょっかいを出している”と言い始めたことがありました。名指しされたお宅に聞くと、そんなことするはずがないという。真相はわかりませんが彼の周囲ではもめ事が多かった」(同住人)

 小山容疑者は独身でひとり暮らし。3人きょうだいの末っ子として同市内で育ち、両親はすでに他界している。実家の近くにマンションを購入したのは1999年のこと。同居する女性と連帯して約2500万円の住宅ローンを組んでいる。関係者によると、一時は高級乗用車を乗り回すなど羽振りがよさそうに見えたという。

「夫婦然として暮らしていましたが、正確に言うと内縁の妻なのかもしれません。いずれにせよ、その女性と別れ話になり、小山容疑者は怒って騒いで警察ざたになった。女性とヨリが戻ることはありませんでした」(事情を知る関係者)

 一方、マンション住人に「おたくの猫ちゃんは元気?」と話しかけるなど愛想のいい一面も。「悪い人には見えなかった」と話す住人もおり、それなりの社交性は持ち合わせていたようだ。

コロナで追い込まれたんでしょうよ

 様子が変わったのは昨年のこと。周辺に「リフォーム業をしている」と話していた小山容疑者は、マンションの管理費を滞納し、管理組合と支払い方法を相談するなかで、こう弁明したという。

「コロナで勤務先の業績が悪化し、週1日しか働けなくなってしまった」

 周囲に、飼っていた猫が死んだと話したのもこの頃。さらに滞納が続く小山容疑者に対し、親切心から短期の求人情報を手渡し、「当面、ダブルワークをしてはどうか」と勧める住人もいた。

 小山容疑者もその気になったようだが、待っていたのは厳しい現実だった。

「ある求人に応募したところ、求職者が殺到していて門前払いされたみたい。それでも仕事を探し続け、ようやくダブルワークが実現したところで逮捕となってしまった」(マンション住人)

 住宅ローンや管理費の支払いについて、親族に借金の相談はしなかったのだろうか。

 実家を訪ねると、容疑者の兄は、

「弟から借金の申し入れ? 何も話せない。人を殺したわけじゃないんだから別の取材したら。もう来ないでよ」

 と口を閉ざした。

 容疑者を知る実家周辺の住民によると、子どもの頃は近所の子どもたちから“ちいにいちゃん”と呼ばれ慕われていたという。

「コロナで追い込まれたんでしょうよ。もとはそんなに悪い人間じゃなかった」

 目の不自由な高齢女性を狙った犯行態様は悪質というほかない。関係者によると、被害女性は全盲ではなく、ここ数年、視力が著しく悪化していたようだ。隣宅のため面識があった可能性は高く、弱みにつけ込んで人相を判別されないようにジャンパーをかぶせたとも考えられる。

 被害女性に取材を申し込むと、

「まだお話できる気持ちになれません」

 とショックを引きずっている様子だった。

 難クセをつけまくってきた男が、そんなことを言っていられない立場に追い込まれたとき、選んだ手は最低最悪だった。

◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)

〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する