時代を越えて愛される曲のことを、「スタンダード・ナンバー」っていいますよね。ジャズで言えば『A列車で行こう』とか『この素晴らしき世界』などの曲が、典型的なスタンダード・ナンバーです。
志村けんさんのコントに隠された“コツ”
2020年3月。惜しまれつつ亡くなった志村けんさんが、その著書のなかで「スタンダード・ナンバーになるための条件」について分析しています。志村さんによれば、「スタンダード・ナンバーになるための条件」は、次の4つとのこと。
第1に、曲(メロディ・歌詞)のわかりやすさ(だれもが口ずさめるようなもの)。
第2に、大人から子どもまで、年齢に関係なく、親しみやすい題材。
第3に、曲中に忘れられないフレーズがある(シンプルながら強烈なインパクト)。
第4に、バランスのある完成度。
こうした条件をクリアした曲が、スタンダード・ナンバーに成りうると。そして、志村さんは、この「スタンダード・ナンバーの条件」をコントに応用していたというのです。
例えば、あの「バカ殿様」のコント。まず、派手なメイクで「誰もがわかりやすいビジュアル」をしています。
そして、テーマは、大人から子どもまで、誰でも知っている「殿様」。
カチンときたときに扇子(せんす)を落とすなど、「忘れられないギャグ」がある。そしてそれが、「そろそろ出るな」「いつものアレ、お願い」的な「偉大なマンネリ化」として完成されている。
あとは、この3つをバランスよく保っていけばいいというわけです。
さらに、志村さんはこうしたコントが「飽きられないようにする工夫」もしていました。
それは、短期間に出し過ぎないこと!
お笑いの若手発掘番組で、ひとつのギャグが注目されて、いろいろな番組から引っ張りだこになったものの、短期間に出過ぎたために、あっという間に飽きられてしまう芸人さん、いますよね。
志村さんは、視聴者の「飽きの早さ」をよくご存じだったのでしょう。言われてみれば、『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)という番組の初登場はなんと1986年。あの濃いキャラクターが、34年間も「飽きられることなく」愛され続けてきました。
その最大の秘密が、実は、年に3回以下という、小出しの放送頻度だったというわけです。志村さんによれば「見たいけど、たまにしかやっていないという腹8分目の満腹感(空腹感?)」が、ロングセラーになった要因だと。
志村さんは、同じ理由から、ゲストとして出演する番組も慎重に吟味して、自分が飽きられないように意識していたそうです。
トップを取ってしまったら先がない。「2番手、3番手の位置」をずっとキープするのがベストだと……。
気がつけば、「志村流」!
この志村さんのブランディング力。考えてみると、私は「初対面の編集者さんとの打ち合わせのとき」に実践していたことに気がつきました。
第1に、私は「疲れている人がほっとできるような本」を書くのが得意で、「原稿を書くのが無茶苦茶に速い」という、キャラクターの「わかりやすさ」
第2に、相手が自分よりも20歳年下であっても、丁寧で腰が低い「親しみやすさ」
第3に、お得意のひと言、「編集者が日本一ラクできる著者です!」という「忘れられないフレーズ」
これらを3点セットにして、編集者さんとお話をするようにしています。
さらに、私は「特定のノウハウ」を売りにしている著者ではありません。言わば、世の中の森羅万象をネタにして原稿を書いています。つまり、永遠に尽きない「豊富なネタ」のなかから「小出し」にして本を書いているようなものなのです。
まさに、気がつけば「志村流でお仕事をさせていただいていた」というわけです。
もちろん、この「スタンダード・ナンバーの条件」は、一般の会社員でも応用できます。私なりに考えてみると……。
第1に、「提案書を作らせたら社内でナンバー1」「根回しの天才」「お客様の懐(ふところ)に入るのがうまい」など、仕事で得意とすることが「わかりやすい」
第2に、「なんでも、いつでも相談できる」「仕事を頼みやすい」という「親しみやすさ」
第3に、「期待は裏切りません」「すべてお任せください」など「忘れられないフレーズ」
わかりやすい「強み」があって、気さくで、印象的な言葉を使えるバランスのよい人は、社内でも自然と注目され、よい仕事がまわってくるのではないかと思います。
社内での、「自分のスタンダード化」ですね。
それにしても、志村さんが、実に用意周到に計算して、自分のコントを、長年愛され続けられるよう「スタンダード化」させることに成功していたことに驚かされます。
改めて、惜しい方を亡くしたと、残念でなりません。
(文/西沢泰生)
《※参考:『志村流』志村けん著(三笠書房)》
【PROFILE】
にしざわ・やすお ◎作家・ライター・出版プロデューサー。子どものころからの読書好き。「アタック25」「クイズタイムショック」などのクイズ番組に出演し優勝。「第10回アメリカ横断ウルトラクイズ」ではニューヨークまで進み準優勝を果たす。就職後は、約20年間、社内報の編集を担当。その間、社長秘書も兼任。現在は作家として独立。主な著書:『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』(アスコム)/『夜、眠る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語』『伝説のクイズ王も驚いた予想を超えてくる雑学の本』(三笠書房)/『朝礼・スピーチ・雑談 そのまま使える話のネタ100』(かんき出版)/『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)ほか。