生活保護を申請した人の親族に、申請者への援助が可能かどうかを問い合わせる「扶養照会」。この扶養照会があるがために、多くの人が家族との関係を悪化させているという現実。そんな「扶養照会」をめぐる闘いの進捗を、生活困窮者の支援を行う『つくろい東京ファンド』の小林美穂子氏がレポートする。

2月8日、厚労省に運用を見直しを申入れをした『つくろい東京ファンド』の稲葉代表理事ら

「勉強しないと叔父さんのようになるぞ」

 これは年末年始に開催された、生活困窮者を支援する『年越し大人食堂』で、食事を求めて並ぶ人たちにアンケートを取った際、初老の男性から聞いた「扶養照会」にまつわる残酷な言葉だ。

 男性は過去に生活困窮して生活保護を申請した。その際、親族へ「援助ができないか?」と扶養の可否を問う通知が送られて、親族に男性の生活困窮が知れた。援助できる親族がいなかったために、男性は無事に生活保護を利用できるようになった。が、しかし、葬儀に参列するために田舎に帰ったときのことである。酒も入った兄弟の一人が子どもに向かって言ったのが冒頭の言葉だった。

「それきり実家には戻ってないです。生活保護ももう受けたくはない」そういうと、男性はうつむいた。

 男性はもともと親族と良好な関係であったが、その扶養照会の連絡のせいで取り返しがつかないほど関係が壊れてしまったという。それだけでなく、その後、男性から生活保護制度を遠ざけてしまった。

「最後の砦」のはずの生活保護が家族を壊し、「助けて」と言えなくする矛盾。

 私たち『つくろい東京ファンド』が大人食堂で集めたアンケートでは、炊き出しに並ぶほどに生活が困窮しているにも関わらず、8割の方が生活保護を利用していなかった。その最大の理由が生活保護利用を親族に知られる「扶養照会」だったことから、私たちはそのアンケート結果に加え、扶養照会の抜本的見直しを求める署名を集め、また、扶養照会に関わったことのある方々(被保護者、親族、福祉事務所職員)から体験談を募集した。

体験談が物語る扶養照会の残酷さ

 生活保護申請者が虐待やDVの被害者であった場合、従来の運用では、扶養照会は「やらなくていい」程度の抑制だった。それゆえに、自治体または担当する職員によって、その解釈や運用は大きく変わってしまう。下手したら命に関わることなのに、である。

 体験談には「(扶養照会は)法律だからと押し切られ、虐待加害者だった父親に家に押し入られ、家具家電や保護費を奪われた」とか、「DV夫に住所を知られてしまい、慌てて引っ越した。あの恐怖は忘れられない」など、読んでいるだけで身の毛がよだつ切羽詰まったものが少なくない。

 冒頭の男性のように家族仲が扶養照会によって破壊されたケースも多数あり、「きょうだいに罵倒され、それ以来、音信不通」「仲がよかった親きょうだいと気まずくなり、疎遠になってしまった」「弟に怒られ、住所も教えてもらえなくなった」など、家族の助け合いを求める扶養照会が家族をバラバラにしている結果に心が痛む。

 上記のほかにも「言いふらされた」「恥と言われ、縁を切られた」など、関係が切れるだけでなく、被保護者の尊厳までをもズタズタにするのが扶養照会だ。

 生活困窮は罪なのだろうか?

 扶養照会さえなければ、この国が好む「家族の絆」は損なわれずに済む場合も多いのだ。しかも、何度も声を大にして言っているが、扶養照会をして実際に援助ができる家族はほとんどおらず、全国平均でも1.45%、都市部では0%という自治体も珍しくない。

 何十年も前に別れた娘に、今の自分の姿を知られたくないから生活保護は受けられないと言って、子どものころの娘の写真を大事に財布に入れている路上生活者。

 生活保護を申請した老親の扶養照会を受け取り、親を助けられない自分は不甲斐ないと責めてしまう子ども。

 扶養照会通知が届いた親族から怒鳴り込まれたり、ビリビリに引き裂かれた用紙を送り返された福祉事務所職員。

 そこには、いろいろな立場の人による悲痛な言葉で体験談が綴られていた。

 これらの結果を踏まえ、私たち『つくろい東京ファンド』は生活保護問題対策全国会議のメンバーとともに、2月8日に厚労省に運用の見直しを申入れをした。この申入れは多くのメディアが報道し、国会でも連日、議題に上ることになった。

山がジリジリと動き出す

 2月26日付けに厚労省から事務連絡が出され、既存のルールに若干の修正が入った。しかし、これはあくまで微修正でしかなかったため、3月17日に2度目となる申入れを行う。このとき持参したインターネット署名は、2月8日の申し入れ時点で3万5806人分だったものが5万7478人分にも増えていた。

 厚労省はホームページに、目立つように色のついた囲みをつけて以下のように記してある。

「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください」

 生活保護が国民の「権利」であるのなら、申請する個人の意思が尊重されずに扶養照会が行われるのはおかしい。私たちはあくまで「被保護者の事前の承諾なしに扶養照会はしない」にこだわり、要望書を提出。生活保護問題対策全国会議の小久保哲郎弁護士が改善案を作成し、申入れ時に提出した。

「ためらわずに相談」をするためには、生活保護をためらわせ、遠ざける扶養照会があっては困るのだ。

 2度目の申し入れから2週間足らず、厚生労働省は本年3月30日付で「『生活保護問答集について』の一部改正について」と題する事務連絡を発出した(本年4月1日施行)。

 そこには「扶養照会を拒む要保護者の意向の尊重」が盛り込まれていた。

 新ルールでは、私たちが要求している「申請者の事前の承諾」までは認められなかったものの、「要保護者が扶養照会を拒んでいる場合等においては、その理由について特に丁寧に聞き取りを行い、照会の対象となる扶養義務者が『扶養義務履行が期待できない者』に該当するか否かという観点から検討を行うべきである」とした。

 これは、要保護者の意向を尊重する方向性を明らかにし、要保護者が扶養照会を拒む場合には、「扶養義務履行が期待できない場合」に当たる事情がないかを特に丁寧に聞き取る運用を求めるものだ。

 これまでは、生活保護申請者が扶養照会を嫌がると、「決まりだから」「法律だから」などと個人の事情や意向は無視されてきたのだが、今後は「扶養照会をしてほしくない」という申請者の意向を尊重すべきという規定が追加された、これは心が震えるほどに大きな変化だ。

 加えて、扶養照会を行うのは、「扶養が期待できる場合」に限ることを生活保護手帳と並び、福祉事務所の職員がバイブルとしている「生活保護手帳別冊問答集」に明記するというのだ。

 生活保護手帳には法的拘束力があり、書いてある処理基準を破れば違法。しかし、別冊問答集は保護手帳ほどの法的拘束力はない。がしかし、保護手帳に準拠する参考資料であるため、ここに明記されることの意味は小さくない。

新ルール、福祉事務所の運用に反映されるだろうか?

 自力でやれるだけのことはやったが、どうにも生活が困窮してしまったら、是非、生きるために生活保護を申請してもらいたい。そんなときに「扶養照会はしないでほしい」ということはワガママだろうか?「家族に心配をかけたくない」「家族との縁を切られたくない」「関係の悪い家族に知られたくない」そう思うのは自分勝手だろうか?いや、そんなことがあるわけがない。少しでもそう思う人は、この記事を最初から読み直してほしい。

 本年4月1日から個人の意思が尊重されることになった。

 この新しい事務連絡は、福祉事務所のまともな職員たちを多いに励ますことだろう。著者自身、生活保護の申請同行をする中で、「扶養照会なんてしたくない。作業は増えるし、切手代もバカにならないし、したところで援助できる人はほとんどいないだけでなく、親族からも申請者からも嫌われる。申請者との信頼関係も築けない」とボヤく職員たちを見てきた。

 しかし、一方で「扶養照会で脅かし、決定権は我にありというマウンティングをしたい」とか、「受け持ちを増やすくらいなら扶養照会で脅かして追っ払いたい」と思う職員がいないとも言えないのが悲しいところだ。

 所持金が尽きて借金もかさみ、家も喪失したり、しそうになったりして、もう死ぬしかないとまで思い詰めた人たちに対して、「よく相談に来てくれましたね」と迎え、扶養照会も本人の意向をしっかり聴いて、なんとか意向に沿うように心を砕いてくれる職員であれば、相談者は文字どおり、地獄で仏に会ったような心持ちになり、明日を生きる意欲も湧くというものだ。

 しかし、「おまえの嘘を暴いてやる」という閻魔大王気取りにあたる場合もある。命と生活を守る福祉事務所に閻魔大王は要らない。万が一、そんな職員に当たってしまった場合はどうしたらいいのだろうか。

扶養照会を止めてもらう具体的実践方法

 扶養照会を省略してもいい場合は以下のとおりである。

■暴力や虐待を受けたことがある場合:大変つらいことではあるし、とても酷なこととは思うが、福祉事務所職員の中には想像力が働かない人もいるので、しっかり伝わるように被害を話すこと(こんなことをさせなくてもすむよう、一日も早く扶養照会を撤廃したい!)

■10年以上音信不通である

■しばらくは仕送りを受けるなどの援助を受けていたが、これ以上の援助は無理な場合

■親族の年齢がだいたい70歳以上、あるいは未成年である

■親族が生活保護受給中であったり、障がいがあったり、働いていないこと(家庭の主婦など)

■親族が長期入院していたり、社会福祉施設入所者である

■この親族と相続トラブルがある

■経済的援助が見込めないこと

■暴力や虐待はなくても、この親族に扶養を求めることが、明らかに自分にとって有害である場合

 つまり、扶養照会が申請者に危険や悪影響を及ぼし、あるいは扶養義務にあたる親族に経済的援助が見込めそうにないという2点が明確になればいいのである。

 扶養照会の対象は三親等にまで及ぶ(これは本当にバカバカしい)のだが、扶養義務の強さの順に並べると以下のとおり。

≪生活保持義務関係≫ 婚姻関係にある配偶者、中学3年以下の子に対する親(離婚した元配偶者)

≪生活扶助義務関係≫ 父、母、子、祖父、祖母、孫、兄弟、姉妹

≪相対的扶養義務者≫ おじ、おば、甥姪

 扶養照会がいく可能性のある上記メンバーに、経済援助が見込めないこと、連絡がいけば申請者に危険や悪影響を及ぼすことが分かれば、扶養照会をしなくてもよい理由を満たすということになる。是非、参考にしてほしい。

 また、生活保護を申請する人の意向を明確にするための「申出書」と、親族による援助の可否を明確にしするチャートは、『つくろい東京ファンド』のホームページがら入手することができるので、申請時には持参することをおすすめする。

 著者が申請同行した人で、家族とは連絡を取り合ってはいるものの、非常に根深い問題を抱えている人がいた。「扶養照会をされるくらいなら死ぬ」というこの方には、通院している精神科医が「家族に知られることが当事者の自立を著しく妨げる」と意見書を書いてくださったことで扶養照会は回避できた。こういった事例もあるので、該当する人には参考にしてもらいたい。

声を上げることは決して無駄ではない

 時代とともに家族形態は変わり、多くの人々が親族を養うほどの経済力をも失っている。誰もかれもが生きるのに精いっぱいの中、生活保護申請に伴う「扶養照会」は、とっくに百害あって一利なしの遺物になり果てていた。時代に合わない。機能していない。それでも改革が難しいのが国のルール。それを、長引くコロナ禍で生活困窮者が激増する中で、このままではマズイと本気で憂う人があちこちに現れた。

 足立区区議である小椋修平氏が、本会議代表質問で足立区の扶養照会数とその実績を質したのが2020年6月。回答結果が照会数2275件中、実績が7件(0.3%)と聞いて、やっぱりと思う一方で、そこまで無意味なことを福祉事務所は疑問も持たずに時間と、労力と、税金をかけてやってきたのかと愕然とした。絶対になくしたい。なくさないとダメでしょうと決意を固めた。

 そこで『つくろい東京ファンド』で扶養照会の弊害をデータにすることで可視化させ、メディアが取り上げ、国会議員のみなさんが真剣に耳を傾けてくれ、扶養照会問題は国会に響いた。法律家も、福祉関係者も、それから自治体議員のみなさんも、みんなが知恵を結集させた結果、山はじりじりと動き始めた。いや、動いてはいないかもしれない。山はどっしりとそこにあるままだ。しかし、みんながスコップやシャベルを持ち寄って山を掘り始め、大きな山にトンネルをつくろうとしている。

 時を同じくして、厚労省がホームページに「生活保護の申請は国民の権利」と広報を出した。このメッセージは国民の生活保護に対する誤解を解くだけでなく、嘘で申請希望者を追い返すなどのひどい対応をする福祉事務所職員を牽制する意味もあったと、その文言から感じる。

 厚労省や福祉事務所の職員たちにもトンネル堀りに参加してほしい。そして、生活に行き詰ってしまった人の道を拓くことに力を注いでほしいと切に願う。

 たくさんの人が力を結集させて、扶養照会のルールが変わり始めている。しかし、この変化に最も大きな影響をもたらしたのは、まぎれもなく当事者の体験談だったと私は確信している。アンケートに答えてくださった大勢の人たち、そして、150人もの方々が、つらい、苦しい体験を寄せてくださった。その悲痛な体験が、言葉が、国を動かした。私はそう思っている。

 声を上げることは決して無駄ではない。


小林美穂子(こばやしみほこ)1968年生まれ、『一般社団法人つくろい東京ファンド』のボランティア・スタッフ。路上での生活から支援を受けてアパート暮らしになった人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネイター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで働き、通訳職、上海での学生生活を経てから生活困窮者支援の活動を始めた。『コロナ禍の東京を駆ける』(岩波書店/共著)を出版。