「いいやつなんですよ。店のお客さんとも仲よく会話してくれて。つい数日前も来てくれたばかりなのに、また騒動を起こすとは……」
東京・新宿で『定食酒場食堂』を経営する天野雅博さんは、ため息をつきながらつぶやいた。“いいやつ”とは“元祖マスク拒否男”こと、奥野淳也容疑者(34)。
再び“ノーマスク”で現れた末に逮捕された
4月10日の昼、容疑者は千葉県館山市の飲食店に“ノーマスク”で現れた。店主からのマスク着用要請に応じず、勝手にビールサーバーからビールを注ごうとしたため、店内の客数人ともめた末に110番通報をされてしまう。
千葉県警館山署員がすぐさま駆けつけてきたが、生活安全課の巡査長(38)の顔面を手で殴打したため、公務執行妨害の容疑で逮捕された。
「奥野容疑者は住所も職業もいっさい語らないので、住所不定、職業不詳のままです。容疑の認否や動機についても、黙秘を貫いていますね」(地元紙の記者)
今も館山署に勾留中の容疑者。実はマスク拒否の逮捕は初めてではない。昨年9月、容疑者は釧路発関西空港行きの旅客機内で、乗務員からのマスク着用要請に従わずトラブルになり、運航を妨害したとして今年1月に逮捕された。過去にも皇居にある三の丸尚蔵館や、長野県内のホテルでも、同様の“マスク拒否”トラブルを起こしているのだ。ここまで問題行動を繰り返す背景には何があるのだろうか──。彼のルーツを探るべく、彼の故郷である大阪府茨木市を訪ねてみた。
地元の名家に生まれ、東大法学部に合格
同市の郊外で茨木川が流れるそばに、実家はあった。近所の住民は、
「町で1、2を争う名家で、昔からの大地主。今でもアパートを4棟ぐらいと、農地を近隣住民に貸して生活している資産家。お父さんは元市役所職員で、自治会長を10年ほど務めている名士です」
現在、実家の大豪邸に70代の父親、同じく70代の母親、そして30歳前後の次男(弟)の3人が暮らしている。インターホン越しに父親に話を聞くと、
「遠いところから、ご苦労さんです。でも、ノーコメントにさせてください」
容疑者の人となりを知るべく、近所や小中学校時代の同級生をひとしきり当たってみると、もっとも多かった彼の印象が“おとなしくて、とにかく頭がいい子”。
容疑者は京都の名門私立高校から、東京大学法学部にストレートで合格。同大学大学院にも進んでいるので、うなずける印象だろう。
続いて多かったのが“変わり者”。詳しく聞いてみると、
「小学校の運動会で、ひとりだけ逆走したり、グラウンドの中央を突っ切ったりして場を乱していましたよ」
あえて人と違うことをする偏屈さは“元祖マスク拒否男”を彷彿させる話だ。とはいえ、このエピソードだけをもって容疑者が特別だというのは早計かもしれない。
「テストで自分よりいい点数の子がいると、その子の肩や腕を歯形が残るほど本気で噛んでいた。自分より先にテストを終えた子に対しても“なぜ自分より早くできるんだ!”と怒っていた」
エキセントリックではあるが、ハングリー精神の表れとも……。その負けん気が彼を東大に合格させたともいえるだろう。
親族が語った容疑者への思い
容疑者は本当に変わり者なのか──。奥野家の親族が、匿名を条件に話をしてくれた。
「まず、奥野の長男坊が世間をお騒がせしまして、本当に申し訳ありません。迷惑をかけた方々にも、心からお詫び申し上げます」
そのうえで、記者の疑問に答えてくれた。
「そんな変わった子じゃなかったと思います。身内ゆえのひいき目もあるけど、友達も多いし、外でも遊ぶ明るい子でした。同級生を噛むような、そんな凶暴なことはしていないと思いますけど」
高校時代は山岳部に所属して活発だったという。
容疑者は東大大学院を中退しているが、
「お父さんは弁護士か、官僚にでもなってくれたらと思っていたらしいけど、本人は教授、研究職に就きたかったみたい。それで大学院に進んだんだけど、論文が通らなかった。4年ほどチャレンジしたけど、それでもダメで……」
核心を突いてみた。容疑者はなぜこんな意図的ともとれる騒動を頻繁に起こしているのか──?
「それだけは、正直わからないんです……。理屈をこねるところはあったけど、普段はおとなしい子でしたからね。田舎の資産家のボンボンが、大学院を中退して、人生で初めて挫折した。東大卒なのに理想の職業に就けなかったことへのうっぷんが“マスク拒否”という形で爆発したのかもしれませんね」
と、厳しい言葉が並んだ。さらには、
「飛行機騒動のあと、アベマTVに出演して“マスク拒否の持論”を披露していましたよね。メディアに取り上げられて、調子に乗ってしまったのかもしれません」
父親の見栄のために東大に行かされたのかも
容疑者の本音はどこにあるのだろうか──。その疑問に、冒頭に登場した容疑者と親交のある天野さんが答えた。
「彼は父親への復讐のために問題を起こしていると、私は思っています」
今回の逮捕後、容疑者に面会して、身元引受人になった天野さん。容疑者と天野さんを結びつけたのも、やはり「マスク」だった。
昨年5月、天野さんの中学生になる息子がひとりで家電量販店を訪れた際、“マスクをしていない”と入店を拒否された。そして、店員から3枚990円ものマスクを売りつけられたという。これに天野さんは激怒し、
「マスク未着用で入店できないのは仕方ない。でも1枚だけ売るならまだしも、3枚入りのこんな高額なマスクを子どもに売りつけるのはやりすぎ。警察を呼んで恐喝だと話したところ、返金してもらいました」(天野さん、以下同)
この事件はネットニュースにもなり、それを見た容疑者は天野さんに強く共感。茨城・取手に住んでいた容疑者が、わざわざ東京まで足を運んで来店したのだ。
なぜトラブルを繰り返すことが父親への復讐になるのだろうか──。
「世間体ばかりを気にして生きてきた父親を困らせたいんだと思います」
例えば容疑者の東大卒という肩書。他人からすれば、素晴らしい経歴に思えるが、
「彼は本当に東大へ行きたかったんでしょうか……。父親の見栄のために行かされたのかもしれないとも思えてしまって。彼と話して、私はそう感じました」
一方で、これまで父親からの金銭的な支援にすがりながら生きてきた容疑者。今さら復讐と言い出しても、筋が通らないように思えるが、
「確かに単なるボンボンのたわ言かもしれません。親への復讐のために赤の他人を巻き込むなんて、私も理解できません。それでも、彼にチャンスを与えてあげたい」
天野さんは続ける。
「今後、私が彼にマスクをつけさせます。シャバへ戻ったら、うちの店で彼を働かせる約束もしてきました」
数日後に容疑者と再び面会する天野さん。元祖マスク拒否男の“心のマスク”をはずすことはできるのか──。