昨年、コロナ関連で解雇や雇い止めされた人のうち、非正規社員が占める割合は全体の約47%。その中には、コロナ禍の社会機能を支える医療、福祉、小売り、保育などの分野で働くエッセンシャルワーカーも少なくない。
「例えばですが、コロナの休業命令に従っていたパート女性に、突然離職票が送られてきた事例もありました。本来、パート、契約、派遣などの非正規社員も、正社員と同様に法律で守られています。不当な扱いに対して声を上げるべきです」
こう話すのは、個人がオンラインで無料加入できる労働組合「みんなのユニオン」の代表で弁護士の岡野武志さん。
同ユニオンを通じて不当解雇の声を上げた非正規社員Aさん。その訴えに会社側は耳を貸さず労働審判に発展。法的主張を重ね、多額の解決金を得た実例もある。
「会社と交渉を始めたのは解雇を宣告された約1か月後でしたが、Aさんは再就職しなかったため雇用契約は維持され続けました。結果、解雇が無効と判断されたAさんに対し、会社側は解決日までの賃金を支払わなければならない義務を負い、Aさんは約600万円を手にしました」(岡野さん、以下同)
非正規がターゲットにされやすい訳は……
いまや働く人全体の約4割が非正規社員でその内の7割をパート・アルバイトが占める。不当な扱いを受けやすい背景には何が?
「正社員には契約期間が定められていないため、解雇の要件が非常に厳しく制限されています。片や、有期雇用契約で働く非正規社員の場合は原則として契約期間を満了したら雇い止めが可能です。
一方的な解雇は認められませんが『パートやアルバイトなら自由にクビを切れる』、『正社員より待遇が悪くて当然』などの誤った認識も蔓延しているのが要因です」
正規・非正規を問わずすべての労働者を守る法律には労働基準法や労働契約法があり、パートタイム・有期雇用労働法のように非正規社員の保護に特化した法律もある。
しかし、そういった知識を持たず損な働き方をしているケースも多い。非正規社員だからと我慢する必要はなし。自身の身を守る法律を学び、コロナ社会を賢く生きよう!
こんなときどうする? 非正規のトラブル別対処法
不当な扱いで損をしないためにはどうすればいいのか。非正規にありがちな事例から学びましょう!
時給が約束と違っていた
保育園で時給1200円のパート募集に応募し採用されましたが、初めての給料は時給1000円の計算。質問すると3か月間は試用期間と言われました。
→賃金や期間を明記した労働契約書をもらっておく
この場合、契約時に雇用主とどのような約束事を交わしたかが問題に。雇用契約書や労働条件が明示された通知書を確認し、その記載どおりの履行を求めるべきと岡野さんは指摘する。
「交わした書面に『3か月間は試用期間で時給1000円』と記されていなければ、本来約束されていた時給1200円を請求できます」
雇用契約書などの書類がないときはどうすればいい?
「仕事探しや、応募の際に目にした募集要項が証拠になります。募集要項と実際の給与や待遇などが違っていたら、会社側に問いただせるのです」
正社員、非正規社員を問わず、働くときは労働契約を結んで仕事に従事する。その際、雇用主は賃金など労働条件を書面で交付して説明することが法律上義務付けられている。
「労働条件通知書の交付を怠っていた場合、労働基準法15条違反にあたります。しかし労働条件を口頭説明ですませる会社もあるので、書面を要求したり、募集要項をとっておくのが望ましいでしょう」
パートの場合は、より詳細な労働条件の交付が義務付けられるようになった。
「『昇給の有無』、『退職手当の有無』、『賞与の有無』、『相談窓口』について書面等に明示する必要があります。2020年4月に施行されたパートタイム・有期雇用労働法の施行(中小企業は今月から施行)により、正社員と非正規社員との間の不合理な待遇格差を禁止したからです。働きだす前に条件を確認しましょう」
「非正規だから……」の思い込みは損!
●パートは有給休暇を取れない
→6か月以上勤務等なら非正規でも権利あり
パートでも有給休暇を取れることは労働基準法39条に記されている。「雇用後6か月以上の勤続期間と、全労働日の8割以上の出勤があれば、有給休暇を取る権利があります」1週あたりの所定労働時間が30時間を超えれば、初年度10日の有給休暇がもらえる。
●業績悪化の賃金カットはやむをえない
→十分な合理性がなければ認められない
就業規則の変更や労働協約などによらなければ、一方的な賃金カットは不可能。「パートなど非正規社員の場合も、十分な合理性がない限り認められません。役員の報酬カットなどの経営立て直しの努力が尽くされていなければ、従う必要はありません」
●正社員より待遇が悪くても仕方ない
→「同一労働同一賃金」の指針で格差是正へ
非正規社員の中には正社員と同様にフルタイムで働き、同様の仕事をこなす人もいる。「にもかかわらず、賃金など待遇に差があるのは不合理とし、『同一労働同一賃金(別名パートタイム・有期雇用労働法)』の指針ができました。格差是正が期待されます」
交通費が出なくなった
スーパーのパートです。1日400円の交通費が出るので電車通勤でしたが、収入の足しになればと自転車通勤に変えたら交通費が支払われなくなりました。
→通勤手当の支払い基準を確認する
原則として、交通費支給に関する法律上の定めはなく、交通費を支給するかどうかは雇用主の判断になる。
「交通費を出す会社は、額や条件を就業規則などに明記しています。まずは、その内容を確認すべきです」
交通費が発生する距離や実費での支払いなど、条件は会社ごと自由に設定できるというわけだ。
「規定が実費計算となるなら、交通費は請求できません。自転車通勤だと費用負担はないからです。しかし、一律支給など通勤すること自体に対する手当として規定されているなら、自転車通勤に切り替えたとしても交通費を請求できる余地があります」
休日出勤させられる
コンビニで1日に実働8時間、週5日パートをしています。休日に店長から「人手が足りない」と連絡がきて駆り出されます。断ったらクビになりますか。
→労働基準法違反で断れる
原則1週間で40時間、1日8時間を超えて従業員を労働させることはできない(労働基準法32条)。休日出勤を強制できるのは労使間の三六協定がある場合のみとなる。
「三六協定とは労働基準法36条に基づくものです。ただ、個人経営のコンビニだと必要な手続きを取れず、三六協定がない場合も。そんな場合には、労働基準法に基づいて休日出勤を拒否できますし、断っても何ら問題ありません」
やむをえず休日出勤をする場合は、週40時間の範囲内で代休が取れるか、休日出勤には1.25倍の割増賃金が支払われるかなどの要件を確認し、不利益を被らないようにしよう。
始業前に掃除させられる
個人経営の会社で1日実働8時間のパートをしています。社長に「始業前に掃除してね」と言われ、15分早く出勤しますが給料に反映されません。
→業務命令の早出は残業代が出る
業務命令として掃除に従事する時間は法律上の「労働時間」にあたり、慣習的な指示であっても同様の扱いになる。
「9時始業の契約なのに8時45分から掃除をするなら、所定業務時間外となり15分間は残業代が発生します。このケースは1日8時間の法定労働時間を超えるので、割増賃金の対象にもなります。したがって、会社側に未払いの残業代を請求できます」
外部の労働組合などを通じて交渉するのがセオリーだが、その前に同僚と一緒に社長に直談判してみることを岡野さんは助言する。
「労働法などを知らず無意識に時間外労働を強要している社長さんは少なくありません。1人だと声を上げにくいですが、仲間を募って話せば理解を示してくれるケースもあり、『では、残業代を出そうか』と折れてくれる可能性が高いといえます」
一方的にクビにされた
居酒屋でホール業務のパートをしています。「赤字続きで従業員を減らすので、今月で辞めて」と言われました。5年も働いてきたのに仕方ないですか。
→要件を満たさない解雇は無効
パートなど非正規社員の契約期間途中のリストラ(整理解雇)は、業績が悪化したからといっても安易に認められない。やむをえない事情がない限り、解雇権の乱用で解雇は無効となる(労働契約法16条)。
「やむをえない事情は判例に基づき、リストラの4つの要件として決まっています。労働審判や裁判も、この要件から有効性を判断します」
リストラの4要件は、(1)人員整理の必要性があること、(2)解雇回避の努力を尽くしたこと、(3)解雇者の選定が合理的であること、(4)人員整理手続きが妥当であること。
「会社側の対応でよく問題視されるのが(2)。例えば、人員整理する前に希望退職者の募集をかける、幹部社員の手当や給与を下げるなどの措置を指します。そういった努力なくして従業員のリストラを先行するのは認められません」
4要件を満たさない不当な解雇だとわかったら、「みんなのユニオン」のような個人で加入できる労働組合、労働基準監督署、弁護士などに相談するのが望ましい。
なお有期のパートや契約社員が更新を繰り返して勤続期間が5年を超えると、契約期間満了前に無期労働契約への転換を会社側に申し込むことで契約期間の制限がなくなる(労働契約法18条)。
「この無期転換ルールは『形成権』と呼ばれる非常に強い権利で、会社側にその旨を通知するだけで効果が発生し相手は受け入れざるをえません。有期契約期間を重ねて5年以上働いた場合は、雇用を安定させる策として頭に入れておくとよいでしょう」
仕事中にケガをした
ビルメンテナンスの会社でパートの清掃員をしています。転んで足を骨折しました。治療費はかかるし、治るまで仕事もできず困っています。
→通勤中や仕事上のケガは労災が使える
正規・非正規を問わず仕事中の事故でケガをしたら労災(労働災害)と認定され、労災保険から治療費など一定の補償を受け取ることが可能だ。労災の要件は「業務上の負傷、疾病、傷害、死亡」が該当し、通勤中の事故も同様の対象になる。
「ただし原則、会社に届け出ている通勤経路内での事故のみです。基本的に寄り道中は対象外ですが、生活必需品を購入するためにスーパーに立ち寄った際の事故で労災認定された判例もあります」
仕事中や通勤中に事故に遭ったら、すぐ会社に連絡し、業務上の負傷であることを伝えよう。状況をメモや録音で残しておくと、書類作りで役立ったり、もめたときの証拠にもなる。そのうえで労働基準監督署に申請する。
労災の主な補償には、(1)療養補償給付(ケガや病気の治療費など)、(2)休業補償給付(休業した場合の給料補償)、(3)障害補償給付(事故により障害が残った場合の補償)、(4)遺族補償給付(亡くなった場合の遺族への補償)がある。
「正社員ではないからといって労災の補償請求をあきらめる必要はないのです」
(取材・文/百瀬康司)