「4月を狙う」「4月は祭り」
こんな言葉がインターネットの掲示板で交わされている。発言者は痴漢加害者たち。この時期、彼らは電車に乗り慣れない新入生や新入社員を狙うのだという。
電車内だけではない!卑劣な痴漢行為
卑劣な痴漢被害に悩む人は、後を絶たない。
日本共産党東京都委員会ジェンダー平等委員会は'20年8月から約3か月間、インターネットで「痴漢被害についてのアンケート」を実施。1435人(うち83%が女性)による悲痛な訴えが寄せられた。同党都議会議員の米倉春奈さんは語る。
「痴漢被害は実に深刻で、多岐にわたっています。これまで痴漢は軽視されてきましたが、れっきとした性暴力であり、犯罪です。回答にはレイプ寸前のものや生命の危険を感じさせる被害報告もありました」
特に未成年の被害は深刻だ。
「『18歳以下』で被害経験があると回答した人が71・5%もいました。中高校生の通学時だけでなく、性的知識が不十分な幼児や小学生も狙われています」(前出の米倉さん、以下同)
痴漢行為が起こる場所は満員電車だけではない。
「路上や図書館、書店、トイレ、整体院や歯科医院など電車以外の場所で被害に遭ったという報告が多数、寄せられています。たとえ車での移動が多く満員電車がない地域でも、他人事ではありません」
被害の声は、芸能界からも上がっている。過去に指原莉乃が「電車内で太ももを触られた」とバラエティー番組で告白。藤田ニコルは、渋谷のハロウィン騒ぎの中で痴漢に遭ったなど、大勢の女性タレントが性被害への憤りを明かしている。
ここからは、本誌取材班に寄せられた痴漢被害の実例をいくつか挙げていく。
ライブ中にも魔の手、ファンを狙う卑劣さ
「ライブ中に痴漢に遭うなんて思ってもいませんでした」
都内在住の会社員、原和美さん(仮名・37歳)は、打ち明ける。それは2年前の夏、大好きなロックバンドのライブ会場で起きた。
「私は最前列にいたのですが、身動きはほとんど取れず、フロアはラッシュ時の山手線のような状態でした」
会場では、激しい音楽に合わせて観客同士が身体をぶつけ合う「モッシュ」が起きていた。
「ライブが中盤に差しかかったころ、1人の男性が背後から密着してきたんです。最初は気にしていなかったのですが、何度もお尻に手の甲が当たってきて……」
偶然かもしれない。気にしすぎだ─。幾度も自分に言い聞かせたが、なおも男性は離れる気配を見せなかった。
「怖いし、気持ち悪いし……。でも、もしも私がそこで騒いだらライブが中断して、メンバーやファンに迷惑をかけてしまう……。そう思うと声を上げられませんでした」
しばらくして男はいなくなったが、和美さんは「ライブに集中できなくなってしまった」と無念の表情を浮かべる。
「後日、同じファンの友人たちに相談したら、似たような被害に遭っている子がいました。今でも、あの日、会場で流れていた曲を聴くとイヤな思い出が蘇ってきます……」
偶然をよそおい加害!ぶつかり男の正体
すれ違いざまの一瞬を狙う卑劣な手口も多い。
「とっさのことで、なにが起こったかわかりませんでした」
大手食品メーカーで営業職として勤務する桃内綾子さん(仮名・40代)は語る。
「昨年夏、駅構内を歩いていたときに向かいから来たサラリーマン風の男性がいきなりぶつかってきたんです」
衝撃もさることながら、男性の腕が綾子さんの胸に強く当たったのだという。
「あまりに突然で声も出ませんでした。男性の顔を確認しようとしたのですが、すぐに人混みに紛れてしまいました」
やがて行き場のない憤りが綾子さんに湧き上がってきた。
「これまでもバスや電車ですれ違いざまに腕を胸元に当ててくる男性がいました。母親に相談したら『そんな薄着をしているから』と逆に説教をされてしまいました。……私が悪いのでしょうか。今は、人混みを歩く際には、両手でカバンを抱きかかえるようにして歩いています」
スマホでわいせつな写真を見せる手口も
「非接触型」の痴漢も増えている。京都府に住む会社員の家入サクラさん(仮名・20代)は語る。
「会社帰りに電車で座っていたら隣の中年男性がスマホで、ひわいな画像をずっと見ているんです。スルーしましたが、ときおり私のほうに画面を傾けて様子をうかがってくる。気持ち悪いし、腹が立ってきましたね」
後藤美姫さん(仮名・20代)は、3年前にエアドロップ痴漢の被害に遭った。
「エアドロップとはiPhoneの画像共有機能のこと。画像が送られてくると、その内容がプレビューとして表示されます。それを悪用した痴漢がいるんです。電車内で3回ほど、男性の局部アップの写真が送りつけられました」
このエアドロップ痴漢、'19年8月には福岡県警によって当時37歳の男性が書類送検されている。同年、iOSの仕様変更によりサムネイル画像は表示されなくなったが、それでも、うっかり『受け入れる』をタップするとカメラロールに保存されてしまう。
「見たくもない画像を見せつけられたイヤな思いは、今も消えません」と美姫さんは顔をしかめる。
痴漢に加え、盗撮被害も深刻だ。スマホのシャッター音が出ないカメラのアプリやペン型の超小型カメラなど手口も巧妙化。新たな性犯罪も後を絶たない……。
PTSDを発症するなど深刻な後遺症も
被害者には、深刻な後遺症に悩むケースも珍しくない。前出の米倉さんによれば、
「痴漢行為は、被害者に精神的・肉体的苦痛や人生への打撃を与えています。『男性と2人きりになるのが耐えられなくなった』『後ろに男性が立っているだけで不安になる』など男性への嫌悪や不信感、さらに『1人で外出できなくなった』『公共交通機関を使えなくなった』『うつになった』などPTSDに苦しみ、自傷行為や自殺を考えるほど追い込まれる人もいます」
痴漢対策として、防犯グッズを活用する、電車内では混雑する出入り口付近には立たないなど、女性に自衛を促すポスターや動画も見かけるが、「そうした情報は有効ではありますが、そればかりだと“被害者に隙があるのでは”という風潮が生まれる危険性も否めません」と米倉さんは指摘する。
女性がどんなに自衛をしても、加害者がいなくならなければ問題は解決しない。
そもそも加害者たちは一体なにを考えているのか。
「世間では、“男性が露出の多い女性の姿を目にして、つい性欲を抑えきれずに痴漢をした”と思われがちですが実は、違います」
そう加害者の心理を明かすのはこの問題に詳しい精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんだ。
「痴漢加害者にとっては、逮捕されないことが最も重要です。そのためには、被害に遭っても訴え出なさそうなターゲットを虎視眈々と狙い、計画的に犯行に及びます」(斉藤さん、以下同)
いわゆる「変態」が突発的にムラムラして、痴漢行為に及ぶわけではないのだ。
「その動機は、ひとことで言えば、“弱い者イジメ”です。日常で抱えている過度なストレスを痴漢という不適切な手段で発散し、そこで達成感や優越感を味わっています。そこには支配欲、ゲーム感覚やレジャー感覚、男性性の確認など、さまざまな快楽が複雑に絡み合い、より強い刺激を求めて“あと1回だけ”“もう少しだけ”と繰り返し、痴漢行為にハマっていくのです」
さらに加害者には「女性側も痴漢をされたがっている」「声を上げないのは、実は喜んでいる証」など恐るべき認知の歪みが内在している。
「この背景には、歪んだ承認欲求や男尊女卑の価値観が横たわっています。古くから脈々と受け継がれてきた“男性は女性を下に見ていて、なにをしても多少なりとも許される”という考えの影響が加害者には、色濃く見られます。つまり痴漢は、男性側が真剣に考えなくてはならない性の問題なのです」
見て見ぬふりも加害行為と同じ
加害者の更生には、認知の歪みを修正する方法を学習し、適切なストレス対処行動を身につけさせる以外にないため、専門家による『性犯罪再発防止プログラム』が欠かせない。同時に痴漢撲滅には、加害者治療や当事者に声を上げる勇気や自衛を求めるばかりでなく、「第三者へのアプローチも重要」と訴える。
「痴漢をはじめとする性暴力を周囲の人が、見て見ぬふりをするのは、加害行為に加担するのと同じ。巻き込まれたくない、急いでいる、などためらう気持ちもわかりますが、第三者が被害者に声をかけたり、通報に協力するなど、社会全体で加害行為を見過ごさない、そんな意識を私たちが持つことが大切です」
もし被害に遭った際、勇気を出して「やめてください」と言っても周囲の乗客に無視されたら、絶望してしまう。そしてそんな空気が加害をしやすい社会をつくってしまう。第三者の「見過ごさない」という意識の積み重なりが、痴漢撲滅には必要なのだ。
親しい人から被害を相談された際にも注意が必要だ。
「年配の女性には、子どもや孫から相談を受けた際に“私も昔、被害に遭っていたわよ”“それぐらいガマンしなさい”と言う人もいますが、これは被害者を追い詰める二次被害(セカンドレイプ)になります。“そんな短いスカートをはいているから”と言う人もいますが、服装の露出の多さと性被害は相関がないことが数々の調査でも明かされています。心配して告げたひと言が大切な人を傷つけては、本末転倒です」
もし相談されたら、被害者は絶対に悪くないことをまず伝えたい。さらに医療や法律など総合的な相談窓口も今一度、覚えておきたい。
もちろん国も無策なわけではない。国は4月を「性暴力被害予防月間」として痴漢を含めた性暴力対策に乗り出した。前出の米倉さんは語る。
「痴漢は、各鉄道会社だけでなく、行政が社会全体の問題として取り組むべきもの。私が今年2月に行った本会議での一般質問には、小池百合子都知事も『相談や普及啓発、被害者支援等に幅広く取り組んでいく』と答弁をしています。この認識を足がかりに、都としても一刻も早く具体的な施策を打ち出してほしい」
年齢や性別を問わず誰しもが被害者になりうる痴漢。まずは被害の実態を知り、痴漢は性暴力であることを改めて、認識しなくてはならない。
相談先の番号もいつも近くに
性被害をなくすための動きは、民間でも見られる。
ライターの長田杏奈さんは、友人と最寄りの「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」につながる短縮ダイヤル「#8891(はやくワンストップ)」の非公式ステッカーを制作した。SNSでリクエストがあった全国の個人や店舗、施設に送付している。ほかにもDV相談ナビの非公式ステッカーやリーフレットも作成。スマホなどに貼って身近なものから相談先を伝えたい。
お話を聞いたのは……
日本共産党、豊島区選出。2013年に初当選、現職。都議会議員2期。同党の東京都委員会ジェンダー平等委員会に所属。奨学金や労働問題、貧困、性暴力などの解決に向けて積極的に取り組む
榎本クリニックにソーシャルワーカーとして勤務、さまざまな依存症問題に携わる。著書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)『「小児性愛」という病』(ブックマン社)『セックス依存症』(幻冬舎新書)など多数
取材・文/アケミン