いよいよ公開される映画『るろうに剣心 最終章 The Final』。何かと漫画の実写化は批判を受けやすいもの。これまでの“失敗例”などから、実写化と聞いただけでガッカリしてしまう原作ファンも少なくない。そんな中で2012年から3作にわたって公開されてきた映画『るろうに剣心』シリーズは批判どころか好意的な意見が多く、原作ファンもうならせてきた。シリーズの累計興収は125億円以上。佐藤健の『るろうに剣心』は何がそんなにスゴいのか。映画ライターの松本侃士さんに聞いた。
佐藤健あっての実写化
2012年に幕を開け、今や日本が世界に誇る作品となった映画『るろうに剣心』シリーズ。2014年の2作品『るろうに剣心 京都大火編』『るろうに剣心 伝説の最期編』を経て、ついに今年、『るろうに剣心 最終章 The Final』『最終章 The Beginning』の公開をもって、約10年にわたり紡がれ続けてきた物語が完結を迎える。
矛盾と不条理に満ちた世界を変えるために、壮絶な覚悟を胸にして戦い続ける主人公・緋村剣心を演じたのは、このシリーズの興行的・批評的成功を通して絶対的な評価を確立した俳優・佐藤健である。
映画『るろうに剣心』公式noteの記事によれば、そもそも、2012年の一作目が、原作マンガの連載終了から13年もの時を経て製作された理由は、「ようやく緋村剣心を演じられる役者が現れたから」であるという。そう、佐藤健は、このシリーズを成功に導いただけでなく、シリーズ始動のきっかけとなる非常に稀有な存在であったのだ。
今回は、佐藤健が演じた実写版・剣心が、多くの原作ファンを魅了し、また世界中のファンの心を掴んだ理由について、これまでの過去作を振り返りながら語っていきたい。
かつてないアクション映像の誕生
佐藤健が演じる実写版・剣心について、語るべき観点はいくつもあるが、その中でも最も重要な要素がアクションである。
このシリーズの製作においては、大友啓史監督の指名で、世界を舞台に活躍する谷垣健治がアクション監督に起用された。そして、谷垣監督、および製作スタッフたちは、妥協なきトライアルを積み重ねながら、今まで誰も観たことのなかったアクション映像の実現を目指し始めた。
そして、その遥かな高みを目指すスタッフたちの期待を一身に背負っていたのが、一作目の撮影当時22歳の佐藤健であった。
彼は、まさに自身の役者人生を懸けるかのようにして、「このアクションが格好よくなければ、僕は役者を辞めます」と宣言。そして、ストイックで誠実な姿勢と懸命な努力によって、スタッフがもともと抱いていた期待を遥かに超越したアクション映像を生み出してみせたのだ。
縦横無尽に展開していく殺陣をベースとしながら、肉弾戦と銃撃戦、更にはパルクールの要素まで取り込み、そして一つ一つのアクションを、極めてスピーディーでロジカルな編集をもってして紡いでいく。
その結果、もはや時代劇という既存のフォーマットには決して収まりきらない未知のアクション映像が生まれた。前作が公開されてから約7年の月日が経つが、筆者は、このシリーズを超える日本アクション映画は、まだ現れていないと思っている。
そして、極力CGやワイヤーワークに頼らない形で撮影されたアクションシーンの数々は、戦うことで贖い続ける剣心の壮絶な生き様を、圧倒的にリアルなものとしてスクリーンに刻みつけた。原作ファンの期待を裏切らないだけではなく、まさに身をもってして、独自の剣心像を確立させた佐藤健の功績はあまりにも大きい。
なお、このシリーズにおける過酷な撮影の裏側は、佐藤健の公式YouTube上の企画「Road To Kenshin」にて公開されている。超高速の殺陣やドリフト走行のシーン、命綱なしで敢行された屋根の上を全速疾走するシーンなど、そうした数々のアクションシーンのメイキング映像は、一つのドキュメンタリーとして非常に見応えのある作りになっている。
演じるを超えて「宿す」へ
佐藤健が演じる実写版・剣心について語る上で、もう一つの最重要の要素、それは、彼の渾身の演技であると思う。
剣心というキャラクターを成り立たせる上では、幕末の京都で暗躍した「人斬り抜刀斎」と、平和な時代の到来を望む「緋村剣心」という二面性を表現することが鍵となる。
もちろんそれは、全く異なるキャラクターを、ただシーン毎に演じ分ければよいという単純な話ではない。
幕末における数々の罪を贖い続ける日々の先に、ついには「人斬り抜刀斎」としての過去を乗り越え、新しい時代において果たすべき使命を見出していく。『るろうに剣心』の物語の本質は「贖罪」と「再生」であり、そして佐藤健は、その二つの側面を、繊細なグラデーションにのせて見事に表現してみせた。
かつて多くの命を殺めてきた男が、変わりゆく時代の流れの中で「不殺の誓い」を立て、逆刃刀を手に平和のために戦い続ける。その壮絶な悲哀と覚悟を伝えるために、佐藤健は、計り知れないほどの深度をもってして剣心と一体化する。
もはや「演じる」を超え、「宿す」と表現したほうが正しいのかもしれないが、そうした全身全霊の姿勢は、明確な答えのない演技の世界で、それでも観客が求める一つの正しい答えを追求し続ける俳優としての業の表れだろう。そして、そうした佐藤健の俳優としての懸命な生き様が、スクリーンに明確に刻まれているからこそ、僕たち観客は強く心を動かされるのだと思う。
ドラマパートだけではなく、アクションシークエンスにおいても同様で、一つひとつの動作で感情を表し、殺陣の展開を通して物語を語る佐藤健の姿は、彼の俳優としての表現力の高さを証明している。アクションとは、単なる殺陣ではなく、戦う者同士の感情と感情のぶつかり合いであり、だからこそ、『るろうに剣心』シリーズのアクションは、鮮烈なドラマとしても見応えがあるものに仕上がっているのだ。
佐藤健の演技、および、彼がスタッフたちと共に作り上げたアクションを軸に過去作を振り返ってきたが、もちろん、このシリーズを彩ってきた俳優は決して彼一人だけではない。
江口洋介、綾野剛、吉川晃司、福山雅治、伊勢谷友介、神木隆之介、そして藤原竜也をはじめ、数々の俳優が佐藤健と刀を交え、このシリーズに魂を込めてきた。そして『最終章』において、最凶の敵・縁を演じるのは、次世代のトップを走る若手俳優・新田真剣佑。
10年にわたってシリーズを牽引し続けてきた佐藤健との演技合戦が、いったいどのようなケミストリーを生み出すのか。ぜひ、スクリーンで目撃してほしい。
<プロフィール>
松本 侃士(まつもと・つよし)
音楽ライター/映画ライター/Voicyパーソナリティ「ポップ・カルチャーの未来から」/1991・10・1 生/慶應義塾大学卒/2014年、音楽メディア企業ロッキング・オンに新卒入社、編集・ライティング等を経験/2018年、渋谷のITベンチャー企業へ転職/本業と並行してライター活動中。
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