1週間に出演する番組の視聴率の合計から、かつては「視聴率100パーセント男」などと呼ばれていた、「欽ちゃん」こと、萩本欽一さん。
今年2月には、第98回『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』の出演中に、同番組からの引退を宣言して話題にもなりました。
これは、そんな萩本さんが、まだ、かけだしの芸人だったころの話です。
金欠で、うどんも食べられないときに
最近は、上司と部下が一緒に食事をしても、上司が部下にご飯をおごるということは、めっきりなくなったのではないでしょうか。
「先輩が後輩のご飯代を持つ」。そんな文化が、いまだに当然のように残っているのが、お笑い芸人さんの世界です。
萩本欽一さんが、まだ無名の新人だったころ。お金がないので、お昼はいつも素うどんで我慢していたそうです。
しかし、本当にカラッケツで、素うどんすら食べられないこともあったそうで、そんなときは、師匠や先輩をヨイショして、なんとかご飯をごちそうしてもらっていました。
先輩のコメディアンが楽屋入りするときに、人差し指に小さなバッグをひっかけているのを見れば、スタタタッと近寄っていって、声をかけます。
「師匠、指が折れます」
そう言って、バッグを奪いとるようにしてお持ちする。
バッグを持っていない先輩なら、小脇に抱えている新聞までも「お持ちします!」と言って奪いとる。
そうすると、たいがいの先輩は「こいつ、お金がないな」って察してくれて、お小遣いをくれたり、ご飯に連れていってくれたりしたそうです。
萩本さんは子どものころから、ガキ大将の機嫌をとるのが得意だったので、この「先輩ヨイショ」はお手のものだったのだとか。
お弁当をわけてもうためのワザ
そんなある日のこと。萩本さんは、同じ若手の漫才コンビ『青空球児・好児』の球児さんが、当時の大人気コメディアン・東八郎さんに対してやった、「お弁当をわけてもらうワザ」を見て、感心します。
その日、東八郎師匠が楽屋入りするのを待ち構えていた球児さん。
師匠が楽屋入りするのを見つけると、楽屋に届いていた東さん用のお弁当を手にとり、東さんの目の前へ駆け寄ります。そして、なんと弁当を勝手に開け、そのふたを東さんの目の前に差し出して、こう言ったのです。
「師匠、ここが空いてます」
言われた東さん。「勘弁してくれよ~」と言いながらも、お弁当の中身を3分の1くらい、そのふたに乗せてあげたのです!
それを横で見ていた萩本さん。「こんな手があったのか!」と思いました。
さっそく次の日。東師匠が楽屋入りすると、前日の球児さんのマネをして、師匠用のお弁当を勝手に開けて、そのふたを、師匠の目の前に差し出しました。そして、
「師匠、ここが空いてます!」
「なんだ、おまえもマネすんのか……」
タメ息をつく東師匠。萩本さんは、そのときの東師匠の顔を今でも覚えているといいます。
師匠は、やれやれという顔をしながらも、お弁当をわけてくれたそうで。東八郎さん、本当に優しい人だったのですね。
これが、ダウンタウンの浜田さんだったら、鼻の穴に指を突っ込まれてシバキ倒されるかもしれません。あくまで私の勝手なイメージですが……。
「情けは人の為ならず」
時は流れて、その後、萩本さんはテレビ界で大人気になりました。
一方、東師匠は、そんな萩本さんに「息子が本気で芸能界に入りたいと言ったら味方になってくれ」と、まだ18歳だった息子さんを残して、52歳の若さで世を去ってしまいます。
その息子さんの名は東貴博(あずま・たかひろ)。そう、タレントの東MAX(アズマックス)さんです。
萩本さんは東師匠の亡きあと、貴博さんの「芸能界での父親」になりました。貴博さんを自分の劇団に入れ、芸能界で独り立ちさせたのです。安めぐみさんとの結婚式には、「父親の代役」として出席までしています。
人マネで、弁当のふたを差し出した萩本さんに、やれやれという顔をしながらも、中身をわけてくれた東八郎さん。東さんも、まさか、自分にそんなことをした萩本さんに、息子の未来を託すことになるとは思わなかったことでしょう。
なんだか不思議な縁(えにし)……。「情けは人の為ならず」という言葉を思い出す話です。
(文/西沢泰生)
《参考:『欽ちゃんの、ボクはボケない大学生』(萩本欽一著・文藝春秋刊)》
【PROFILE】
にしざわ・やすお ◎作家・ライター・出版プロデューサー。子どものころからの読書好き。「アタック25」「クイズタイムショック」などのクイズ番組に出演し優勝。「第10回アメリカ横断ウルトラクイズ」ではニューヨークまで進み準優勝を果たす。就職後は約20年間、社内報の編集を担当。その間、社長秘書も兼任。現在は作家として独立。主な著書:『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』(アスコム)/『夜、眠る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語』『伝説のクイズ王も驚いた予想を超えてくる雑学の本』(三笠書房)/『朝礼・スピーチ・雑談 そのまま使える話のネタ100』(かんき出版)/『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)ほか。