映画『男はつらいよ』の渥美清さん、『相棒』シリーズの水谷豊。「長寿シリーズ」になるドラマや映画の特徴は?

 先日最終話が放送された『相棒season 19』(テレビ朝日系)。視聴率も安定して高く、いまやドラマ史に残る長寿シリーズとなった。そしてもちろんほかにも、ドラマや映画の世界では国民的人気を博し、長寿シリーズとなった作品がこれまで数多くある。では、長寿シリーズになる条件とは何なのだろうか? いくつか具体例をもとに、考えてみたい。

長寿シリーズの代表格、「寅さん」シリーズ

 長寿シリーズと聞いて、真っ先に「寅さん」シリーズ、映画『男はつらいよ』を思い出す人はきっと多いだろう。

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 実は『男はつらいよ』には、映画版の前にフジテレビで放送されたテレビドラマ版があった。このドラマ版で、最後、渥美清演じる寅さんはハブに噛まれて死んでしまう。ところが、この結末に視聴者から抗議の声が殺到し、その人気にも後押しされて映画化されることになった。

 そして1969年に、山田洋次監督による映画第1作が公開。鳴り物入りというわけではなかったが、予想以上のヒットを記録する。それから人気もさらに右肩上がりとなり、お盆と正月恒例の映画としてシリーズ化された。現在まで、特別編なども入れると計50作が制作されている。

 長寿シリーズになった理由としては、何といっても主人公の魅力がある。寅さんこと車寅次郎は、テキ屋稼業で全国各地を転々とする風来坊。人情に厚く困った人を見ると放っておけない。

 また行く先々で出会った女性に一目ぼれするが、いつも失恋してしまう。そんな愛すべきキャラクターを渥美清が絶妙に演じ、「寅さん」は国民的人気者になった。架空の人物でありながら、どこかに実在するかのような親近感を私たちは抱くようになった。

 風来坊という寅さんの設定は、ご当地ものの魅力にもつながっている。『男はつらいよ』では毎回物語の舞台が変わる。最終的に、44都道府県が撮影地になった。地元の人たちは、見慣れた風景や名所のなかに寅さんやマドンナがいるのを見て、いっそう親しみを感じたことだろう。また地元以外の人たちにとっては、ちょっとした観光気分を味わえる。

 同じく長寿シリーズとなった映画『釣りバカ日誌』(1988年第1作公開)やドラマ『水戸黄門』(TBSテレビ系、1969年放送開始)もそうであるように、こうしたご当地感覚も長寿シリーズになった要因だろう。

 そして、ホームドラマとしての安定感も大きい。どこにでもありそうな家庭の出来事を涙あり笑いありで描くホームドラマは、観客や視聴者にとって共感しやすい。ドラマにおいても、驚異的な視聴率をあげた『ありがとう』(TBSテレビ系、1970年放送開始)、つい先日亡くなった橋田寿賀子脚本による『渡る世間は鬼ばかり』(TBSテレビ系、1990年放送開始)など、ホームドラマには長寿シリーズ化するものも少なくない。

『男はつらいよ』の場合は、倍賞千恵子演じる妹のさくら、そして葛飾柴又の帝釈天で団子屋を営むおいちゃん家族らと寅さんのやり取りに、いつも変わらない安心感、マンネリならではのよさがあった。

刑事ドラマが長寿化する理由

 ただ一方で、安心感だけでなく、ハラハラドキドキさせてくれるのも、長寿シリーズ化の理由になりうる。

「私、失敗しないので」の決めゼリフで有名な米倉涼子主演『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』(テレビ朝日系、2012年放送開始)のような医療ドラマシリーズにもそういう面があるが、もう1つその点でぴったりなのが、刑事ドラマである。刑事ドラマには当然事件が付き物で、そこに謎解きの要素が生まれるからだ。また1話完結スタイルの作品も多く、毎回違う事件が起きることで、新鮮さも保たれる。

 1994年に始まった『古畑任三郎』(フジテレビ系)などは、まさにそうだろう。第3シーズンまで作られ、ほかにもスペシャル版などが放送された。

 ここでも、主人公の魅力は大きい。主演の田村正和が演じる古畑任三郎は警視庁捜査一課の刑事。見た目や振る舞いは紳士的だが、時々負けず嫌いな一面ものぞかせる。事件現場に愛用の自転車でやってくるところなど、ちょっと変わってもいる。独特の雰囲気があり、よく物まねもされた。犯人役でも出演している木村拓哉が『SMAP×SMAP』(フジテレビ系、1996年放送開始)でパロディコント「古畑拓三郎」をやっていたことは有名だろう。

 ドラマとしての最大の見どころは、古畑と犯人の攻防である。ミステリーとしては倒叙ものと呼ばれるスタイルで、犯人は最初から明らかになっている。その犯人に対し、古畑が巧みな質問を繰り出し、時には罠を仕掛けながら、犯行を暴いていく。そのスリリングな駆け引きが視聴者を引きつけた。このあたりは、脚本の三谷幸喜の腕が冴え渡る。

 また、昨年Season 20に到達し、映画化も決まった『科捜研の女』(テレビ朝日系、1999年放送開始)にも、同じことが言えるだろう。

 こちらの主人公は、沢口靖子演じる榊マリコ。刑事ではないが、京都府警科学捜査研究所の研究員だ。『古畑任三郎』が超人的な推理力で事件を解決するとすれば、こちらが頼りにするのは最新の鑑定技術を駆使した科学捜査である。こちらも基本的に1話完結で、毎回異なる事件が起こる。

 ただし、『古畑任三郎』とは違い、この『科捜研の女』ではチームで事件解決に当たる。もちろん榊マリコという主人公の魅力もあるが、科学捜査研究所には文書鑑定や映像データなどのプロがいて、全員が協力して解決するところに醍醐味がある。さらに内藤剛志演じる京都府警刑事・土門薫と榊マリコのバディ的な魅力も見逃せない。

2000年代以降を代表する長寿シリーズ『相棒』

 そのバディものと言えば、水谷豊主演の『相棒』(テレビ朝日系)が思い浮かぶ。2000年代以降を代表する長寿シリーズと言えば、やはりこの作品だろう。

 元々『相棒』が2時間ドラマ枠で始まったことは、ファンであればよく知った事実だろう。2000年から2001年にかけて3作放送され、それが好評だったことから2002年に連続ドラマとなった。冒頭でもふれたように、現在season 19、劇場版は4作目まで制作されている。

『相棒』の長寿シリーズ化の理由も、1つだけではない。まずはやはり、水谷豊演じる主人公・杉下右京の魅力がある。右京は抜群の観察眼と人並外れた推理力で難事件を解決に導く。スコットランドヤードでの研修経験があるなど、そのモデルはシャーロック・ホームズだ。あまり人付き合いがいいとは言えず、皮肉屋なところがあるのもホームズを彷彿とさせる。いずれにしても、右京の鮮やかな謎解きが毎回の見どころだ。

 また『相棒』には、「警察」ドラマの側面がある。

 ただ事件が起こり、それを解決すれば終わりということではなく、そこにしばしば警察組織の不正や政治的思惑といった問題が絡んでくる。東大卒のキャリアとして警察官になった右京が特命係という“陸の孤島”に追いやられたのも、そうした組織の闇に見て見ぬふりをしなかったからだ。

 このような警察ドラマの流れをつくったのは織田裕二主演の『踊る大捜査線』(フジテレビ系、1997年放送開始)からだと言えるが、『相棒』はその流れをくむ作品である。だからこそ、岸部一徳が演じた小野田官房長のような人気キャラクターも生まれた。

 そしていうまでもなく、先ほどふれたバディものとしての魅力がある。

 これまで寺脇康文、及川光博、成宮寛貴、そして反町隆史の4人が右京の相棒役を演じてきた。寺脇康文演じる亀山薫が熱血漢なら、及川光博演じる神戸尊はクールといったように、それぞれ個性が異なる。そのうえで、最初は反発していたのが行動を共にするうちに、相棒たちは次第に右京を理解するようになっていく。

 また、シリーズを重ねるなかで、2人を取り巻く捜査一課刑事の伊丹憲一や鑑識の米沢守など個性豊かな脇役も“キャラ立ち”し、人気を集めるようになったのも見逃せない。

視聴者を飽きさせない「複数脚本家制」

 もう1つ、『相棒』の長寿シリーズ化の理由として、複数の脚本家による分担制も挙げておきたい。

 日本では、連続ドラマの脚本家は1人で務めることが多い。長丁場のNHK連続テレビ小説や大河ドラマであってもそうだ。一方、『相棒』では同じシーズンの脚本を複数で担当する。たとえば、season 1では12話を3人の脚本家で分担した。最新のseason 19では、20話を9人で分担している。

 脚本家はそれぞれ得意分野が異なるので、自然に『相棒』の話も多彩なものになる。本格的な推理ものもあれば、時事問題や社会の矛盾を扱った社会派の回、人情の機微が描かれた切ない回もある。また時には、便器にはまって動けなくなり、餓死する被害者が登場するといった、ちょっとコミカルな回もある。こうした作風の幅の広さが、ほかにはない『相棒』の魅力になっている。

 さて、ここまで作品のなかの主人公、俳優、ストーリー、脚本などの点から長寿シリーズの条件についてみてきた。最後に、時代とのかかわりにもふれておこう。長寿作品になるには、時代の追い風も必要と思えるからだ。

『男はつらいよ』が長寿シリーズとなった背景には、昭和の高度経済成長期における人々の願望もあっただろう。当時の日本人は、敗戦後の復興という目標に向けて一丸となって働いた。その結果、奇跡とも呼ばれる経済成長を成し遂げ、生活も豊かになった。

 だが勤勉に働くことは、多くの人にとって会社など組織の歯車になることでもあった。そこに生まれる自由への憧れが、気ままに生きる寅さんへの羨望につながったのではないだろうか。同じく高度経済成長期にヒットした映画「無責任シリーズ」で植木等が演じた無責任男の人気にも、似たところがあるだろう。

対して2000年代以降は…

 それに対し、平成、とくに2000年代以降の世の中では、昭和のような社会の一体感は薄れ、格差の広がりが感じられるようになった。それは、個人の能力がより問われる社会である。そこには自由はあるが、同時に生きづらさが伴う。

『相棒』の杉下右京は、頭脳明晰で博覧強記。有能の極みのような人物だ。しかし、自らの正義を徹底的に貫こうとするため、組織のなかで出世はできない。本人はそんなことなどどこ吹く風に見えるが、生きるのが不器用な人間であることは間違いない。そこには、いまの私たちが抱える生きづらさに通じるものがあるように思える。その意味で杉下右京は、いまの時代ならではのヒーローだろう。

 映画にせよテレビにせよ、長寿シリーズになるには、まず作品そのものの魅力が不可欠だ。だがそれだけでなく、時代の風を感じ取り、それを主人公や物語に反映させる嗅覚も必要であるに違いない。


太田 省一(おおた しょういち)Shoichi Ota 社会学者、文筆家
東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本社会の関係が研究および著述のメインテーマ。それを踏まえ、現在はテレビ番組の歴史、お笑い、アイドル、歌番組、ドラマなどについて執筆活動を続けている。著書として『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『平成テレビジョン・スタディーズ』(青土社)、『テレビ社会ニッポン』(せりか書房)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『中居正広という生き方』『木村拓哉という生き方』(いずれも青弓社)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩書房)などがある。