中年か年配の男性がつけているのを見かけるケースが多い

 オフィス街に近い駅構内で、すれ違うスーツ姿の中年男性の襟元に目が止まった。またアレだ、襟元にあのバッジをつけている──。

 いつのことだったか、そんなふうに気になりだした。

 最初は、2020年東京オリンピック・パラリンピックに何らか絡むピンバッジだろうと思っていた。かたちが円の中心をくり抜いたドーナツ型(クリスマスに飾るようなリース型)だったからだ。

 東京五輪ロゴは「組市松紋(くみいちまつもん)」と呼ばれる藍色の市松模様でデザインされており、オリンピックは円の中心が空き、パラリンピックは円の上部が空いている。つまり、かたちだけ見ればオリンピックのロゴに似ている。

 しかし、五輪ロゴは国や文化、思想などの「多様性」を示す3種類の細かい四角形を組み合わせ、オリ・パラとも同数の四角形でつくられている。使っている色は藍色だけだから渋い。

 おじさんの襟元に光るバッジは、もっとカラフルなのだ。

 東京五輪の招致活動に使われたロゴにはもっと似ている。桜の花びらをリース型にかたどった円状で、こちらは色合いがカラフルだったから。国際オリンピック委員会(IOC)の定めにより本番への転用はNGだったが、招致ロゴは評判がよく、そのデザインを本番の五輪ロゴにうまく取り入れられないかという意見もあったと聞く。結果的にオリンピックの本番ロゴも招致ロゴもドーナツ型となった。

 かたちの類似性から例のバッジについて、

 “今まで見たことのない五輪関連の新バッジではないか”

 と勝手に推測していたところ、

「ぜんぜん違うよ。アレは SDGs バッジだよ。知らないと恥かくよ」

 と知己の記者に言われてしまったのだ。

バッジをつけている人は何者なのか

 SDGs(エス・ディー・ジーズ)。2015年9月に国際連合加盟国が採択した「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」を指す。

 国連広報センターのホームページの記述によると、その決議の狙いは、

《あらゆる形態の貧困に終止符を打ち、不平等と闘い、気候変動に対処しながら、誰一人取り残されないようにするため、2030年までにこれら17の目標を達成することにある》

 バッジがカラフルなのは、この17の目標を17色で表現しているため。例えば、子どもの貧困や女性差別、地球温暖化など世界共通の課題を解決して持続可能な社会をつくり上げようという決意表明にほかならない。このままではダメだ、ということだ。

 そんな切実かつ理想的な目標を掲げるカラフルなドーナツ型バッジをつけている人は何者なのか。

 前出の記者が言う。

SDGs に取り組む大企業の幹部や役職が多いはず。企業規模にかかわらず意識の高い経営者やそこで働く従業員もいるだろう。政治の力だけでは目標達成が難しいため、国連は世界中の企業に自発的な取り組みを求めている。例えば、稼ぎまくっている大企業なのに取り組んでいないとその企業姿勢に疑問符がつく。乱暴に言えば、目先の自己利益だけを追い求めているように映る

 株主や投資家、取引銀行からそう判断されれば企業価値が下がるのは必然。「持続可能」という長期的視点を持てない企業と長く付き合うことはリスクになり得る。

 もちろん、取り組むべきは大企業にとどまらず、中小・零細企業も含まれる。さらに言えば、私たち個人にも求められる。

人間と地球の「やるべきことのリスト」

 17の持続可能な開発目標は以下の通り。

1. あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる

2. 飢餓を終わらせ、食糧安全保障および栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する

3. あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する

4. すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し生涯学習の機会を促進する

5. ジェンダー平等を達成し、すべての女性および女児の能力強化を行う

6. すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する

7. すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する

8. 包摂的かつ持続可能な経済成長およびすべての人々の完全かつ生産的雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する

9. 強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進およびイノベーションの推進を図る

10. 各国内および各国間の不平等を是正する

11. 包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市および人間居住を実現する

12. 持続可能な生産消費形態を確保する

13. 気候変動およびその影響を軽減するための緊急対策を講じる

14. 持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する

15. 陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、並びに土地の劣化の阻止・回復および生物多様性の損失を阻止する

16. 持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する

17. 持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する

※太字は編集部による指定

 これが《人間と地球の「やるべきことのリスト」》だという。さらにそれぞれの目標について、具体的な達成手段や時期などを示した計169のターゲットを定めている。

カラフルな17色は世界が目指すべき目標を指す

 ところで、バッジはどうすれば手に入るのか。

 国連広報センターのホームページの記述によると、同センターや国内に事務所を置く関連機関では販売していない。米ニューヨークにある国連本部のオンラインショップで10個単位で購入できるという。

「国連の許諾を得れば SDGs ロゴは使用でき、民間でバッジをつくることもできる。ネットでは1個1000円前後で売買されているようだが、模倣品もあるから注意したほうがいい」(前出の記者)

 言うまでもなく、行動が伴わなければバッジをつけたところで何の意味もない。

◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)

〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する