SARS、MERS、新型インフルエンザ……。かつて「10年に1度くる」といわれていた新型感染症だが、近年は短いスパンで起きている。動物由来感染症の中でも薬が効かない“薬剤耐性菌”の恐怖とは。元・国立医療機関医師が警鐘を鳴らす!
「新型コロナウイルスのように、動物から人に感染する動物由来感染症が次々と見つかっています。現在、世界中で報告されているウイルスは200種類以上あると報告されています」
と、警鐘を鳴らすのは感染症専門医の具芳明先生。
動物から人に感染するウイルスが激増中!
今回の新型コロナウイルスが収まっても、またいつパンデミック(世界的大流行)がやってくるかわからない状態だという。
「2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)はハクビシン、2012年のMERS(中東呼吸器症候群)はラクダから感染したとされています」(具先生、以下同)
かつてパンデミックは10年に1度やってくる、といわれていたが……。
「新型コロナ流行以前から、世界の感染症対策関係者たちは“10年よりもっと早いスパンで危険がくる”と予想していた。しかし、日本を含めその対策が十分でなかったため、新型コロナがここまで広がったのです」
動物由来感染症のほとんどは野生動物が感染源。野生動物から家畜やペットに、そして人に感染する。なぜ今新しい感染症が続々と報告されているのか。
「環境破壊で野生動物がすみかを失い人里へ来るようになったこと、中国や東南アジア、南アジアなど野生動物を食べる文化のある地域に往来しやすくなったことが大きい。ライブマーケットといわれる食用野生動物の市場は危険と考えられています」
昔は風土病で終わっていたかもしれない病が交通網の発達によって世界的な流行に発展したのだ。
ウイルスだけではない!
動物由来感染症で怖いのはウイルスだけではない。
「薬が効かない薬剤耐性菌の感染症がじわじわと広まっています。今、対策を打たないと薬剤耐性菌で亡くなる人は2050年にはがんを上回ると報告されています。新型コロナのようなスピード感がないため危機感が薄いのですが、このままでは薬剤耐性菌に汚染された世界になってしまいます」
具先生が3月まで勤務していた国立国際医療研究センター病院では、働き盛りの男性が薬剤耐性菌の感染症であっという間に命を落としてしまったケースもあった。
「その方は海外で足にケガをして薬剤耐性菌に感染。帰国後に治療を受けましたが、菌が体中にめぐる菌血症で亡くなりました」
薬剤耐性菌は、土や水の中にもいる。
「ウイルスは人に感染しないと生きていけませんが、菌は栄養さえあれば、どんな環境でも生きられます」
薬剤耐性菌の恐ろしいところは、その名のとおり薬が効かない、つまり治療法がないところだ。
「細菌による感染症の治療は通常、抗生物質を使いますが、薬剤耐性菌には使える薬が少ない。もしくは、ない。そのため治療が極めて困難になります」
菌は分裂のスピードが速い!
またやっかいなことに薬剤耐性菌は、大腸菌や黄色ブドウ球菌など、環境中や体内にいる、ごくありふれた菌からも発生してしまう。なぜか。それらの菌は分裂のスピードが速いからだ。
「人間は“1世代30年”といわれますが、例えば大腸菌は20分に1回分裂する。つまり20分で世代交代するので、中には突然変異で抗生物質にさえも耐性を持つ菌が生まれることもあるのです」
これまで家畜の成長のために当たり前に使われてきた抗生物質だが、近年これを問題視する国が増えた。
「動物の体内で発生した薬剤耐性菌は糞便などから外に出て、環境中に生息します。特に大腸菌の薬剤耐性菌は、日本でも多く見られます」
大腸菌の仲間には、腸管出血性O157など重症化するものも。
「O157にも薬が効かない菌種が発生しました。すべての薬が効かない多剤耐性菌はまだないものの、時間の問題かもしれません」
人間の身体でも同様に、抗生物質の使用によって薬剤耐性菌が発生する危険も。
「不必要な抗生物質の服用で薬剤耐性菌の発生リスクが高まる。風邪に抗生物質は効きません。ひと昔前は万能薬のように扱われ、いまだに処方する医師も少なくない。もし処方されたら本当に必要か質問を。また、患者側からも安易に要求しないでください」
キャンプや川遊びで感染のリスクが
薬剤耐性菌をはじめ、動物由来感染症は動物と接することで感染する。そのリスクを少しでも減らすには?
「例えば動物園や牧場などで、子どもが動物とふれあうことは、教育上にもとても良いと思いますが、触ったら必ず手を洗いましょう」
家で飼っているペットにも注意が必要だ。
「ミドリガメは、食中毒になるサルモネラ菌を持っている可能性がある。ミドリガメを触った手で口に触ると感染の危険があります」
そして野生動物は、むやみに触らないこと、そして食べないことだ。
「北海道にいるキタキツネは、エキノコックスという寄生虫を持っています。キタキツネは人なつこく可愛いので触りたくなりますが、ガマンしておきましょう」
ジビエ料理などで野生動物を食べるときも、生焼けや素人の料理には手を出さないほうがよさそうだ。
「川魚などを釣って食べるときも十分に火を通してから食べるように。川の水はきれいに見えても、上流に牧場や養鶏場、養豚場があると糞便が川に流れ出ている可能性が。寄生虫や薬剤耐性菌が含まれている危険があります」
川の水を飲むのは厳禁!
「キャンプが流行っていますが屋外で密は避けられても、動物由来感染症のリスクは避けられません。食事の前は必ず水道水で手洗いを」
また、海も大腸菌の多い海岸があるので、やはり食前の手洗いが重要だ。
「動物由来感染症を防ぐため“ワンヘルス”という考え方がある。“人が健康でいるためには、動物も健康でなければならない”という考え方です。家畜動物と野生動物の接触を避ける、成長目的で抗生物質を与えない、などの取り組みがなされています。
また抗生物質が入っていない食肉を買うことで流通量を増やし、将来的に家畜への抗生物質の投与を減らします」
自分だけでなく、子どもや孫の世代の環境を守るため、活動することが大切だ。
「孫の世代が薬剤耐性菌に汚染された世界にならないよう、そして抗生物質が効かない世界にならないよう正しい知識を知ること、手洗いなど感染予防対策を徹底することが重要です」
【動物由来感染症を防ぐ5つの対策】
(1)動物を触ったら、水道水で手を洗う
(2)野生動物は触らない
(3)川や海へ遊びにいったら、水道水で手を洗ってから食事をする
(4)川魚を生、または生焼けで食べない
(5)野生動物(ジビエ料理)は、十分に火を通したものを食べる
【薬剤耐性菌パンデミックを防ぐには?】
(1)抗生物質フリーの食肉を買う
(2)風邪には抗生物質は効かない。処方されたら医師に相談。こちらから要求しない
(3)手洗い、うがい、マスクなど日ごろから感染症対策を心がける
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 統合臨床感染症学分野 教授、総合内科専門医、感染症専門医。国立国際医療研究センター病院 AMR臨床リファレンスセンター 情報・教育支援室長などを経て今年4月から現職。薬剤耐性(AMR)対策を推進するための教育啓発活動や医療現場の支援に従事。
(取材・文/山崎ますみ)