日本でも高齢者から新型コロナワクチンの接種が始まった

 新型コロナウイルスのワクチン接種が4月から高齢者向けに始まった。春先までは、わが国で必要とされるワクチンをいつ、どれだけ確保できるのか気をもむ時期もあった。だが、ワクチン確保に一定の目途が立ったようだ。

 2020年度の補正予算でもワクチン確保に相当腐心してきた。アメリカのモデルナ社から5000万回分、ファイザー社から1億4400万回分、イギリスのアストラゼネカ社から1億2000万回分の計3億1400万回分を購入する経費として、2020年度の予備費から7270億円を捻出した。

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 それ以外にも、ワクチンの接種体制の整備やワクチン生産体制等緊急整備基金などにも予算を割き、ワクチン確保・接種関連の予算として2020年度に1.7兆円が計上された。

ワクチン追加購入費は予備費から

 4月16日の日米首脳会談の後、菅義偉首相はファイザー社のアルバート・ブーラCEOと電話会談し、ワクチンの追加供給を要請した。ファイザー社からの追加供給は5000万回分との報道はあるが、本稿執筆時点で合意書はかわされていない。

 追加供給分のワクチンの購入費は、2021年度の新型コロナウイルス感染症対策予備費(5兆円)の中から捻出される見込みである。

 別の言い方をすると、供給契約が締結された3億1400万回分のワクチンは、2020年度補正予算で費用を計上したが、3月26日に成立した2021年度当初予算には、ワクチン購入費用をあらかじめ計上していなかった。予算成立時点で追加供給のメドが立っていなかったためだ。

 追加供給があったときは予備費で対応する。もちろん、ワクチン接種体制の整備や開発などに関する経費は、別途計上されている。

 わが国は、先進国の中でもワクチン接種開始が遅く、16歳以上の国民全員分のワクチンを2021年9月までに確保するメドをつけるには紆余曲折があった。前述の3社と供給契約を結んでいるものの、本稿執筆時点で実用化されているのはファイザー社製だけである。

 しかも、ファイザー社製のワクチンはベルギーからの輸入に依存している。アメリカ国内でのワクチン接種を優先的に進めるために、バイデン政権はワクチンに国防生産法を適用しており、アメリカから日本にワクチンは供給されていない。ましてや、日本国内では生産されていない。

基金を使い、ワクチン国内生産を支援

 日本政府はワクチンの国内生産体制の支援をおろそかにしているわけではない。研究開発と並行して生産体制を整備することで、供給開始までの期間を短縮することを狙いとして、2020年度第2次補正予算でワクチン生産体制等緊急整備基金を1377億円計上した。

 同基金は、国内外で開発されたワクチンを国内で生産・製剤化するための施設・設備等に対して企業に補助金を出している。武田薬品工業と提携してアメリカのノババックス社のワクチンを日本国内で年間2.5億回分生産する体制を構築する。その生産体制に301.4億円を補助した。

 ただ、ノババックス社製ワクチンは、2月から治験が始まったばかりで、本稿執筆時点で日本のワクチン接種計画に含まれていない。

 それ以外にアストラゼネカ社に対しても、ワクチン生産体制等緊急整備事業での財政支援を行うことになっており、国内生産に期待がかかる。ところが、アストラゼネカ社製のワクチンで接種後の血栓発生が諸外国で報告されており、日本国内で同社製ワクチンをどう接種するのか不透明になっている。

 では、日本国内で最初に実用化したファイザー社の製ワクチンは、国内生産できないのか。これは、技術面や財政面の障害が取り除かれても、生産者にとって最も悩ましい問題があり、容易に着手できないのが実情だ。

 それは、ファイザー社製ワクチンによって形成された抗体が、どの程度存続するかが見定められないからである。コロナワクチンは各国で特例として緊急的に承認された。したがって、ワクチンでできた抗体の存続期間は、治験参加者や接種した人を経過観察しながら見定めるしかない。

 臨床試験を終えて認可されたワクチンが世界で初めて接種されたのが2020年12月、イギリスにおいてであった。したがって、本稿執筆時点では、ワクチンでできた抗体が1年以上存続するか否かを断定できない。

生産が軌道に乗るまでに1年かかる

 抗体がかなり長く存続するならば、人類にとっては喜ばしいが、製薬会社は今後、ワクチン生産であまり収益を見込めない。まるで、破れないストッキングを作ると、メーカーは儲からないという話のようである。今後もワクチン接種を多く必要とするならば、今から新たにワクチン生産体制を構築しても成算が立ちやすい。

 その生産技術を他に援用できるならまだしも、抗体の存続期間について見極めがつきにくいと、生産体制を今から立ち上げるのに躊躇する恐れがある。加えて、今から生産体制を立ち上げるとしても、生産が軌道に乗るまでには1年ほどかかるという。

 そうした情勢に鑑みれば、2021年度のワクチン接種において、ファイザー社製ワクチンの国内生産は容易ではなさそうだ。今しばらくは、海外からの追加供給がいつ、どれだけ行われるかに神経を使う状況が続くことになるだろう。同時に、ワクチンが確保できても、接種できる医療従事者の確保など各地でいかに円滑に接種を進めるかにも注力しなければならない。

 ワクチン接種が新型コロナの感染収束に効果を発揮するように実施されることを願ってやまない。


土居 丈朗(どい たけろう)Takero Doi 慶應義塾大学 経済学部教授
1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、中央環境審議会臨時委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。