女性アイドルは、半世紀以上にわたって日本の音楽シーンに君臨してきた。もはや立派なジャパニーズカルチャーのひとつだと言えるだろう。
天地真理、花の中三トリオ、キャンディーズ、松田聖子、中森明菜、おニャン子クラブ、モーニング娘。、AKB48グループ……。歴史を追いながら画像をパラパラっと見ていると、ある共通点に気づいた。そう、ほとんどのアイドルに前髪がある(前髪を下ろしている・作っている)のだ。もしや額に「第3の眼」でもあるのか。というほどの“前髪率”なのである。
彼女たちには、なぜ前髪があるのか。今回は「日本のアイドルが前髪を作る理由」について、元地下アイドルと美容師にインタビューしつつ調査してみた。
日本では「キュート系がモテる」!?
最近こそK-POPブームのあおりを受けてか、髪をアップにしているアイドルも増えたが、少なくともキャンディーズからAKB48グループに至るまで、アイドルに前髪はつきものだ。その代表格として、乃木坂46などの宣材写真をみてほしい。すさまじいほどの前髪率だ。
比較対象としてアイドルではないE-Girlsの宣材写真を確認すると、半数以上はおでこを出している。
では、韓国のアイドルはどうなのか。TWICEの韓国版の公式ホームページを見ると、そのほとんどに前髪がない。
なぜ日本のアイドルは、前髪があるスタイルがスタンダードになったのだろう。餅は餅屋、ということで、元アイドルのアヤさん(仮名)に話を聞いた。彼女は19歳から22歳まで、“アキバ”こと秋葉原や池袋の地下で歌ったり踊ったり、ファンと握手をしたりしていた。しかし、「根が暗すぎて笑顔を保つのがきつかった」と2019年に地下アイドルを卒業し、今はライターとして活動している。
残念ながら顔出しの許可を得られなかった。しかし顔が出ないからこそリアルなインタビューを書けるというものだ。ここはひとつ、ポジティブにとらえてほしい 。
私:いや〜、お久しぶりです。すみません、コロナで大変な時期に。
アヤ(以下ア):いやいや、ぜんぜん! マジで暇してたので。
私:じゃあ、さっそく本題に入っていい? どうして日本のアイドルには前髪があるのだろうか?
ア:あくまで私の個人的な考えとして発言すると、背景に「日本では“ビューティー系”より“キュート系”のほうがモテる」という考えがあるからだと思うなあ。
私:なるほど。確かにそうかも。
ア:じゃあ「どうしてキュート系がモテるのか」と。根本的な問題は、かつての日本における“男性主体の価値観”にあるんじゃないかなって。
私:ほう。
ア:日本って特に明治時代から、家父長的家制度で進んでいくじゃないですか。基本的に男性が強かった。そして、戦後にマッカーサーが来て、制度が撤廃され、レディ・ファースト的な欧米文化と融合する。
そこから「女性は男性に守られるもの」っていう考えが染みついたんじゃなかろうか。日本独特の“歪んだレディファースト”というか……。根底に「女性は守られるべき、か弱い存在である」って思考が根づいちゃったんだと思う。
私:なるほど。
ア:男子としても「女性に守られるのなんて恥ずかしい」と考えてしまう。女性より強くあることにプライドを持つわけさ。すると、キュート系な子を魅力に感じるのではないか、と。
もしかしたら、現代の若い男の子はまた別の価値観かもしれないよ? でも、アイドルはぶっちゃけるとビジネスだから、(お金を落としてくれる)昭和を生きてきたおじさんからモテることも大切だよね。すると、アイドルたちは「守ってあげたくなる女の子」になるべく、前髪がこう……ぐんぐん伸びてくるわけだよ。
私:ぐんぐんって、そんなヘチマみたいな。でも、おっしゃるとおり、日本では“ロリコン文化”的なものが発達しすぎているのかも……。
ア:そう。これが長くにわたって日本のアイドルに前髪がある、根本的な理由だと思ってます。「永遠の17歳」みたいなキャッチコピーが生まれる背景は、アイドルの寿命の問題だけではない気がするなあ。
ビューティー系を求める女性ファンも
私:アヤさんはアイドルをしていたころは前髪があった?
ア:あったあった。単純にモー娘。のなっち(安倍なつみ)が好きだったからなあ。でも、メンバーはみんな「アイドルで飯を食うなら割り切ってモテるべき」と思っていたのは確かだったよ。ただ、このプロモーションというかブランディングも、今や時代錯誤感があって、だんだんと変わってきているのも確かで……。
私:お。
ア:女性ファンはむしろ、かっこいいアイドルに憧れるところもあるんだよね。前よりもアイドルとの距離が近くなったから、もはや「女子高でモテる女の子」みたいな。
だから逆に女性ファンは、前髪を上げたほうが獲得しやすいと思うんだ。あとは、腹筋を割るとかね。自立していそうなほうが、女性ウケはいい。 まあ、K-POPアイドルがはやっているというのもあるけれど……。韓国には、そもそもビューティー系の女性アイドルが多いから。
私:確かに。そのうえ、若い男性ファンは“古い価値観”に共感しなくなってきているというのもあるね。ちょっと古いけれど、'20年に重盛さと美が“かっこいいラッパー”として曲を出して、ファンが大絶賛した感じに近いかも。
ア:だよね。今後は日本アイドルの前髪率も下がってくるんじゃないかな?
私:なるほど。ちなみに、彼女たちの前髪って、汗だくで踊っても絶対にブレないじゃない? やっぱり、前髪キープについてはかなり努力してる?
ア:いや、もうヤバいよ。地下アイドルですら、楽屋にあり得ないほどのヘアスプレーが置いてある。たぶん、火をつけたらライブハウスが爆発するんじゃないかな? やっぱり「踊っても前髪だけは静止画」だったね。目指すべきは。
美容師にも前髪問題について聞いてみた
髪型といえば美容師だ。そこで、インタビューをしに新宿の美容室に行ってみた。
美容師(以下、美):はーい。じゃあ、シャンプーしますね〜。(シャワーがジャー)
私:大丈夫でふ(顔面のガーゼが口に)。あ、そういえば聞きたいことがあるんですけれども。
美:はい? なんでも聞いてください。
私:いや、この前、知り合いと「なぜ日本のアイドルには前髪があるのだろう」という話になりまひてね……。さらにいうと、韓国のアイドルには前髪がない方が多い。
美:そうですね。おっしゃるとおり、韓国のアイドルって前髪を上げたり分けたりする方が多いとは思います。若い子でもマネする方が多いですね。
私:へえ。やっぱりそうですか。そもそも、どうして前髪があると幼く見えるんですかね。
美:顔の輪郭(りんかく)は加齢によって伸びるので、歳をとるとどうしても丸顔から面長になっていくものです。前髪があることで、おでこを隠せるので、相対的に顔が丸く見えるんですよね。その結果、童顔になるんですよ。
私:そういう仕組みだったのか。ちなみに、なぜ韓国の方はおでこを出しがちなのでしょう。
美:僕は単純に骨格かなって思いますね。韓国の方って鼻を高くしたり輪郭を細くしたり、もちろん、全員じゃないですが比較的、美容整形をされている方が多い。個人的にはいいことだと思うんですがね。髪を切ることと整形することって、何が違うんだって気がするので(笑)。
私:同じ意見ですね。外見を整えてメンタルも向上するってすごく効率的ですしね。骨格的には、前髪がないほうが似合うんですか?
美:そう思いますね。鼻の高さもそうですけれど、決め手は顎(あご)のラインですかね。顎がシャープだと大人っぽい印象になるので、逆に前髪が合わないんですよ。あ、それとおでこにヒアルロン酸を入れて、ちょっと“丘”を作ってる方も多いそうなので、そこも強調してるんじゃないかな、と。
私:は〜、確かに。やっぱり日々、何人も髪を切っていると、職業病というか……骨格を考えるものですか?
美:そうですね〜。電車とかで人の髪型と顔のラインは見てしまいますね。「この人、顔をもっと出したほうがいいのにな」とか。でも、アーティストじゃなくてサービス業なので、もちろんお客さんには言わないですけどね(笑)。
私:さ、さすがプロですね。ちなみに僕の髪型どう思いますか? 似合ってますかね。
美:(苦笑)
私:え。
美:(苦笑)
これから、アイドルの前髪は減る?
なぜ日本のアイドルには前髪があるのか。その理由には、いろいろな考えがあるとは思う。一応、ここでの答えとしては「ソフト」と「ハード」の両方があることにしておこう。
ソフト面としては「日本男子は長年にわたって、呪いのように前髪を求めている」ということだ。ハード面でいうと「日本人に多い平らで丸い顔に前髪が似合うから」という背景もあるだろう。
ただし、先述したとおり「今後は日本の女性アイドルから前髪がなくなっていくのでは」という予感がする。その理由は「男性のファンだけでなく、女性ファンが増えているから」。また「『女性は守られるべき存在である』という考えは、若い世代にはなくなってきているから」という2点がある。
そのうえ、歌って踊りつつ、イラストやプロデュースなど自分の得意を生かして活動するアイドルも増えた。もともと「偶像」を意味するアイドルだが、もはや自立し始めているのかもしれない。
前髪はある意味、内面性を表す“装備”の1つでもあると思う。だんだんと自立し始めたアイドルたちの前髪というアイテムはどう変化するのか……。着目してみるのも面白いかもしれない。
(文/ジュウ・ショ)
【PROFILE】
ジュウ・ショ ◎アート・カルチャーライター。大学を卒業後、編集プロダクションに就職。フリーランスとしてサブカル系、アート系Webメディアなどの立ち上げ・運営を経験。コンセプトは「カルチャーを知ると、昨日より作品がおもしろくなる」。美術・文学・アニメ・マンガ・音楽など、堅苦しく書かれがちな話を、深くたのしく伝えていく。note→https://note.com/jusho