主人公のラッコ「ぼのぼの」と、友達の「シマリスくん」や「アライグマくん」たちが繰り広げる、ほのぼのとした日常を描く4コマ漫画『ぼのぼの』。
思わず笑みがこぼれる独特なギャグ要素と、ふとした瞬間に考え込まされてしまうぼのぼのたちの哲学的なセリフが、多くの人々の心を掴み、長く愛され続けている。現在は、4コマ漫画雑誌『まんがライフ』での連載だけでなく、アニメ版『ぼのぼの』もフジテレビにて放送され、老若男女から認知される作品のひとつだろう。
そんな『ぼのぼの』が、今年で連載35周年を迎える。
哲学的な要素を含むようになった経緯や制作秘話などを作者のいがらしみきお先生と、連載開始から編集を担当してきた辻井清氏(竹書房)に伺った。
“哲学的漫画”へと変貌したターニングポイント
子ども向け漫画として認知している人も多いであろう漫画『ぼのぼの』は、大人向けファミリー漫画としてスタートした。そのため、大人の琴線にも触れる奥深い内容を含んでいるが、そうなった背景には、先生のある思惑があったのだとか。
「少年漫画のようにはしたくなかった。目標を立てて、みんなで集まって、毎日戦って、成し遂げていくというような物語にはしたくなかったんです。
そういうストーリーが必要のない作品にするために『ぼのぼの』のキャラクターたちを生み出しましたし、いわゆる世間から見た少年漫画とは違う世界を作っていこうという意識はどこかでありましたね」(いがらしみきお先生)
近年では名言集が発売されるほど、キャラクターたちの独特なセリフは特に際立っている。
「登場するキャラクターがみんな動物なので、人間しか使わない“クルマ”とか“テレビ”、または人間社会を連想させるような“会社”とか“学校”のような言葉は出さないようにしていました。
あと、キャラクターを考えるときは、価値観がかぶらないキャラクターを出すようにしています。そうすることでキャラクターと会話がぶつかり、物語にリアリティーと奥行きが出るような気がします。そういう過程で独特な考えを持つキャラクターが生まれ、哲学的に聞こえるようなセリフが生まれたのかもしれませんね」(いがらし先生)
そんな『ぼのぼの』が哲学的になっていったターニングポイントとなるエピソードがあるという。
「連載初期のころのお話で、おとうさんが自分といっしょにいないときは何をしているんだろうと思って、ぼのぼのがおとうさんの後をつけていくというエピソードがあります。
その話の最後に、ぼのぼのが、おとうさんの後頭部にあった噛まれた傷跡がふっと消えて治る瞬間を目にする。そのシーンが自分で印象に残っていますね。
子どもというのは自分の親が何をしているのか、家庭以外での親の姿を知らないですよね。ぼのぼのもみんなに話を聞き回って、昔、おとうさんが海で暴れまわっていたシャチの口の中に飛び込んでそのシャチを窒息死させてしまったことから“死神ラッコ”と呼ばれていたことを知ります。
おとうさんの過去や交友関係などが明らかになるにつれ、自分の知っているのんびりしたおとうさんとは、ずいぶん違うんだなということを発見するんです。
ぼのぼのはそこで、自分の見ている世界は本当にある世界なのか、自分が知っていたおとうさんは本当のおとうさんなのか疑念を持ち始める。
しかし、おとうさんの頭の傷がふっと消えたとき、傷のある過去のおとうさんと、自分が知っているおとうさんとのズレが埋まり、ぼのぼのの中にあった疑念が消えていった。その話を描いたあとでしょうね、『ぼのぼの』が、一種の文学的、または哲学的な雰囲気を持つ作品になったのは」(いがらし先生)
どんなときでも連載し続ける「愛と根性」
『ぼのぼの』の連載開始から担当編集として携わっている辻井氏は、いがらし先生の『ぼのぼの』に対する愛情がすごいと語る。
「『ぼのぼの』って一度も休載していないんですよ。東日本大震災のとき、先生は仙台で仕事をしていましたが休みませんでした。病気で入院されているときも休んでいない。もうこれは愛と根性ですよね」
いがらし先生と辻井氏には、お互いに長年バディを組んできたからこそわかることもあるようで。
「普段から会話していても、普通の作家さんとは言葉遣いが全然違うので、とても考えさせられます。例えば、名言集でも選んだ“でもまちがっても大丈夫、別なものが見つかるから”のような人生に対してのやさしさを感じることですかね。
ひと言ひと言がすごく勉強になる。いわゆる少年漫画みたいに、誰かと戦う日々を描くような人じゃない。友情・努力・勝利だけで人生が語れるわけじゃないっていうカウ
「辻井さんのいいところは、誉めるところが的確だった。それからほっといてくれるところ。もし、もっとわかりやすい作風にしましょうとか言われても、自分が面白いと思ったものしか描けないので、無理だと思うんです。でも辻井さんはそういう無理強いは絶対にしないので、それが長くつづいた要因でしょうね」(いがらし先生)
漫画家と担当編集というと、作風や今後の展開について2人で話し合って進めていくことをイメージするが、辻井氏は、いがらし先生になにかアドバイスをすることはあったのだろうか。
「いがらし先生って僕がなにか言っても、言うこと聞かないんですよね(笑)。僕が言ったのは“ラッコの主人公”にしてくださいと言っただけです。
先生には『ネ暗トピア』というシュールで過激なギャグ漫画を描いていた時代がありまして、その当時、4コマギャグ漫画のなかで日本でいちばん面白いって言われていたんですよ。そんな先生が生み出す“笑い”に関して誰も何も口を挟めないですよね。
面白いところは、面白いですねって言うけど、わからないところは自分がわからないだけであって、他の人はわかるかもしれないから、一切何も言ってないです。僕がわからないことに関しては話してもしょうがない。いがらしみきおは、そういう人です」
いがらし先生に対して「笑いというジャンルにおいてリスペクトしている」と評価するのは、こんな秘話があったのだとか。
ダウンタウンも認めたセンス
「ダウンタウンと同級生だった放送作家の高須光聖さんに聞いたことですが、中学生のころ、浜ちゃん(浜田雅功)が、いがらし先生の漫画を見つけてきて、松っちゃん(松本人志)や高須さんに見せて“いがらしってやつすごいぞ”ってなったという逸話があるんです。
なにせダウンタウンの初ワンマンライブのタイトルは『かかってきなさい ダウンタウンショウ』。先生の作品のひとつ『かかってきなさいっ』という漫画のタイトルからきているそうなんです。先生は、そういう笑いの天才たちから見てもすごい人だったんですよ!」
辻井氏はいがらし先生の先見性にも脱帽させられるという。
「例えば、『ぼのぼの』に登場するキャラの家族構成は父子家庭ばかりです。ぼのぼののお母さんが亡くなったことは41巻で明かされたのですが、それまでは、“なぜお父さんだけあんなに子育てに一生懸命なんだろう?”って、読者の方は思っていたのではないでしょうか。
それに、アライグマくんのお父さんは一人で家庭をまわしているが、お母さんは遊び呆けている。でも、それが『ぼのぼの』の世界では許されていたりとか。
こういった描写は、これまで日本の固定概念としてあった、女性は家庭に入って家事をしなければいけないっていう古い考え方を覆すような設定だと思うんです。そういった感覚が35年前から先生の中にはあった。
こういう固定概念を壊す先見性を見せつけられると、“そのへんのギャグ漫画とは違いまっせ”って思うじゃないですか」(辻井氏)
この“先見性”こそ、35年間そばで見守ってきた辻井氏が思ういがらし先生の強みのひとつなのだろう。そして、そんないがらし先生の先見性は、コロナ禍でピリピリとしている昨今の社会にも向けられているようだ。
「コロナ禍で家にこもっている時間が増えたので、私もいろいろ考えました。ネットで何か始めるかもしれない。YouTuberになるかもしれないですよ(笑)。
私がではなくて、ぼのぼのがYouTuberになるという展開もあるかもしれません。次のスピンオフはぼのぼのがYouTuberになる『ぼのチューバー』かもしれない(笑)。今までにない切り口で、『ぼのぼの』の世界を膨らませられないかなと考えているところです」(いがらし先生)
35周年を迎えてもなお、新展開に意欲を出すいがらし先生。広がり続ける『ぼのぼの』の新たな世界観にも期待したい。
アニメ『ぼのぼの vol.19』DVD&BD 発売&レンタル
開始日:2021年7月2日(金)発売・販売元:(株)竹書房
イベント『ぼのぼのショップin渋谷マルイ~みんなとぼのぼの35th~』
期間:2021年5月29日(土)~6月13日(日)時間:11:00~20:00
場所:渋谷マルイ7Fイベントスペース
特別展『ぼのぼの連載35周年記念 ぼのぼのたちの杜』
期間:2021年9月18日(土)~11月28日(日)
場所:仙台文学館にて
(文=海老エリカ〈A4studio〉)