橋本じゅん

 役者の橋本じゅん(57)をご存知ない人はいないだろう。デビューから36年が過ぎた名バイプレーヤーだ。4月期の連続ドラマには3本出ている。二股でも珍しいくらいだから、制作現場から強く求められている証と言える。

 それだけではない。大学教授でもある。現役バリバリの役者が教授を務めるのは珍しい。

3本のドラマを掛け持ち、役柄はバラバラ

 まず現在の役者の仕事を確認しておきたい。テレビ朝日の復讐ドロドロ劇『桜の塔』(木曜午後9時)に出演中だ。主演の玉木宏(41)演じるキャリア警官を助ける怪しげな元警官・刈谷銀次郎に扮している。

 お次は石原さとみ(34)と綾野剛(39)がダブル主演している日本テレビの新感覚ラブストーリー『恋はDeepに』(水曜午後10時)である。石原が演じるナゾの海好きレディ・渚海音を見守る海洋学の権威・鴨居正を演じている。この御仁は怪しさなど欠片もなく、「ピノキオ」のゼペット爺さんのようなヒゲを生やした温厚な紳士だ。

 さらに、ゆる~いキャンプを趣味とする女子高生たちの日常を描いたテレビ東京『ゆるキャン△2』(木曜深夜0時半)にも出ている。女子高生の1人の父親役。ちょっと気難しそうだが、どこにでもいる中年男である。

 スケジュール繰りの問題もあるから、3本掛け持ちするのはシンドイはず。しかも役柄はバラバラ。橋本がうまいからこそ出来る芸当だろう。

 制作側は基本的に掛け持ちを嫌がる。ほかのドラマのイメージを拭いにくいからだ。それでも3つのドラマは橋本を欲した。

 しかも橋本は大阪芸術大学(大阪府河南町)の教授でもある。客員教授や特任教授などではない。正規の専任教授だ。

 なぜ、教授に就いたかというと、役者としての実績が十分ある上、理論派だから。加えて熱い人であることも評価されたのではないか。教授に就任したのは2017年4月だが、16年に請われて同大を訪れた際、舞台芸術学科の学生を相手に次のような特別授業を行った。

 まずウォーミングアップとして学生を走らせたり、スキップさせたりした後、腹筋や側筋を鍛える運動をさせた。さらに2人1組になって、背中合わせで立ち上がる運動「背中合わせ立ち」を指示。学生たちには初めてのことばかりだった。

 橋本は学生にこう言った。

「舞台の上に立っている間は、先輩・後輩はない。役者同士で遠慮していては、舞台になんて立てない。遠慮せず、誰とでも息を合わせられるようにしなきゃいけない。自分が『これをやりたい』と思っても、相手も受けてくれないと成立しないから、この運動で他者との繋がりを意識してほしい」(*1)

こんな役者、聞いた試しがない

 橋本の人気を高めたTBSの昨年7月期のドラマ『MIU404』での陣馬耕平役を思わせる言葉ではないか。陣馬は愛すべき熱血オヤジだった。

 大阪芸大は芸術学部のみの単科大であるものの、美術学科やデザイン学科、建築学科、映像学科、放送学科など15学科あり、約6000人の学生がいる。

 卒業生には人間国宝の陶芸家・前田昭博氏(67)や『どうぶつの森』シリーズを担当した任天堂のゲームクリエイター・手塚卓志(60)ら著名人がズラリ。

 役者のOB・OGも多い。筧利夫(58)、木下ほうか(57)、藤吉久美子(59)、渡辺いっけい(58)、ボーカリストも兼ねる世良公則(65)らである。学費未納のため除籍となったものの、古田新太(55)も4年次まで通っていた。

大阪芸術大学のホームページで紹介された、橋本じゅんの教授としてのメッセージ

 橋本は自らも学んだ舞台芸術学科で教えている。人柄も買われたのだろう。謙虚な人で、悪評がない。教育者向きに違いない。

『MIU404』が綾野剛(39)と星野源(40)のダブル主演だったのはご記憶のとおり。撮影当時、橋本は2人の絶妙の掛け合いについて、「自分がうまい役者になったような気にさせてくれます」と取材に答えている。綾野と星野がうまいのは間違いないが、この橋本の言葉はさすがに2人も面はゆかったのではないか。(*2)

 橋本は大阪芸大在学中の1985年、学内で生まれ、今や超が付くほどの人気劇団になった「劇団☆新感線」に参加。たちまち看板役者の1人となる。

 ドラマデビューも早かった。舞台での活躍が評価され、1987年に寺尾聰(73)が主演した大型ドラマ『君にささげる歌』(毎日放送=TBS系)に出演した。

 石田ひかり(48)が主演した1992年度後期のNHK連続テレビ小説『ひらり』にも出ている。プロ野球好きの青年医師役だった。

 茶の間での知名度と人気が急上昇したのは最近だが、ドラマ界での評価は古くからある人なのだ。演技巧者なので、善玉も悪玉も普通の人もリアルに演じる。

 その演技は深みも感じさせる。これはテクニックではなく、橋本の人柄によるものだろう。

 1996年から約1年間、役者を休み、イギリスの若年性筋ジストロフィー患者の施設に住み込み、ケースワーカーとして働いた。

「皆さんの暮らしのお手伝いをしていた。当初そんなつもりはなく、てか出来るかどうか不安ばかりだった。が、見学面談時に入居してる1人の青年と話して就労の約束を思わずしてしまった。ま、海が近くにあったのも後押しした」
(*3)

 こんな役者、聞いた試しがない。当時32歳。役者として脂がのっていた時期なのだ。半面、ガツガツしないところが橋本のいいところなのだろう。

 大学は橋本を愛している。昨年10月27日、同大の公式ホームページに「『MIU404』で人気急上昇! 橋本じゅん、野木亜紀子脚本でさらなる輝き」という文言が踊った。

 役者は自分の技量しか頼るものがない孤独な仕事だが、橋本には帰る場所がある。

*1 大阪芸大ブログ(2016年6月7日)
*2 熊本日日新聞社夕刊(4月20日)
*3 本人ブログ(2011年3月30日)

高堀冬彦(放送コラムニスト、ジャーナリスト)
1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立