取材のきっかけは読者から寄せられた“素朴な疑問”だった。
東京都S区に住む男性Aさん(60代)は昨夏、自宅に近い公共施設内の自販機の横にある空容器回収箱の前で、すっ飛んできた警備員にいきなり怒鳴られた。
「ここに捨てちゃダメだよ!」
Aさんは自宅から持ち込んだ飲料の空容器を6、7本、回収箱に入れたところだった。
ごみ箱のようなグレーの回収箱には丸い投入口が2つあり、《リサイクル目的に空容器だけを集めています》とステッカーが貼ってあった。
ステッカーではペットボトルと缶、ビンのイラストが大きく「○」で囲まれ、「飲料空容器」とだけ表記されていた。「×」は「その他のごみ」とされ、コーヒーショップの持ち帰り容器やたばこの吸い殻のイラストにバツ印がついていた。
《混ぜればごみ 分ければ資源》
の表記もあった。
Aさんは、リサイクル目的の資源回収に協力したつもりなのに怒鳴られて気分を害し、
「これは資源ごみですよ」
と反論した。
しかし、警備員は聞く耳を持たず「ダメだ」の一点張りだったという。
Aさんが振り返る。
「らちがあかないので管理事務所に行くと、“施設内の自販機で買ったものは入れていい。それ以外はダメ”だと言う。理由を尋ねると“あなたみたいなのが増えると困るので”と言われた。
納得できず、自販機メーカーのお客様相談室に連絡したら、地区担当の営業所長からすぐ電話がきて“不愉快な思いをさせてすみません。コンビニやスーパーなどどこで買ったとしても、あるいは別のメーカーの商品であっても、捨ててもらってぜんぜん構わないんですよ”と丁寧に答えてくれました。でも、話はそれで終わらなくて……」
Aさんが空容器を持ち込んだのはシンプルな理由から。
地区の資源ごみ収集のルールでは缶、びんの回収は週1回、ペットボトルは月2回とされている。特にペットボトルは回収を待っていると自宅にごみがたまってしまう。資源ごみはスーパーの店頭でも回収しており、民間でもリサイクルに取り組んでいるのだから、公共施設ならば尚さら問題ないだろうと思った。
実際、回収箱を見ると「○」がついており、ここで買ったものしか入れてはいけないとはどこにも書いていない。
公共施設なのにまるで犯罪者扱い
「営業所長からは捨てていいと言われましたが、それ以降しばらくは持ち込むのをやめました。しかし、今年3月下旬、しばらくぶりにペットボトルと缶の計4本を持ち込んだところ、また怒鳴られたんです」
警備員がすぐ飛んできて、
「おい、コラ! またおまえか。こんなものを持ち込んで」
と頭ごなしに怒られた。
管理事務所も強気で「あなたみたいなことをする人が増えると困る」と一歩も引かなかったという。
Aさんはやりきれない思いを抱えながら、「じゃあ自分で入れたものは持ち帰りますよ」と、入れた空容器を箱の中から拾い出して持ち帰った。
「公共施設なのにまるで犯罪者扱い。区民を区民と思っていない態度にも腹が立ちました。どちらが間違った行動をしているのでしょうか。ほかの地区ではどうなっているんでしょうか」
とAさん。
別の機会にAさんが、飲料を補充する自販機業者のスタッフに聞いたところ、「それは申し訳なかったですね。回収容器を置いておくバックヤードが狭くてそうなったのかなあ」と、Aさんと施設の双方に気を使うような言い方をするにとどまったという。
業者からすれば、Aさんは商品を購入してくれるお客さんだし、施設には自販機を置かせてもらっている立場だから、どっちつかずのそんな言い方になったのかもしれない。
理由は家庭用ごみと産業廃棄物との違い
Aさんのケースをめぐる判断は後述するとして、私たちが街中でよく目にする容器回収箱に入れていいものはどう規定されているのか。
関係しそうなのは容器包装リサイクル法。ごみを減らして資源を有効利用する目的で1995年に制定され、2008年には改正法が完全施行されている。
環境省のリサイクル推進室の担当者はこう話す。
「容器包装リサイクル法で定めているのは家庭から排出されるごみについて。消費者には分別処理を求めています。例えば、飲み終えたペットボトル飲料は、ラベルをはがし、キャップをはずして、中をゆすぎ、つぶしてほかのごみとは区別して出していますよね。収集方法は自治体によって異なりますが、ペットボトルの空容器の回収率はけっこう高い。
ただ、自販機横の回収ボックスやコンビニのごみ箱に捨てられた空容器については、家庭ごみではなく産業廃棄物になるので扱いが異なるんです」
容器包装リサイクル法は、リサイクルしやすいよう消費者には分別排出を、市町村には回収を求め、製造・輸入・販売した事業者にはリサイクル義務や排出を減らす取り組みを求めるなど役割分担がはっきりしている。
個々の飲料メーカーについて言えば、消費者が購入後に家庭に持ち帰って消費した空容器については同法上のリサイクル義務を負う。つまり義務を果たすために必要な応分の金を出している。
空容器のリサイクルに詳しい関係者が言う。
「家庭から排出される空容器については、関連するさまざまな事業者が売り上げなどに基づき処理費用を公平に負担している。それとは別に、自販機業者やコンビニなどには商売に付随して出たごみを産業廃棄物として、リサイクルを含め適正に処理する責任があり、その費用も出さなくてはいけない。コンビニの店頭にあるごみ箱に“家庭ごみの持ち込みはご遠慮ください”などと注意書きがあるのはそのため」
販売業者からすると、客が自宅に持ち帰って消費するであろう“家庭ごみ”の分は負担済み。それなのに関係のない空容器を持ち込まれ、産業廃棄物扱いとなるごみ箱に捨てられてしまうと、家庭ごみでの役割分担であるリサイクルなどにとどまらず、分別、収集の役割まで果たさなければいけなくなる。
「百歩譲って、その店で売った商品のごみであれば、客が戻ってきて捨てられたら仕方ないかもしれないが、よそで買った商品のごみを捨てられると、運搬を含めたすべての処理費用は“完全持ち出し”になる」(同関係者)
信じられないものが捨てられている
さて、自販機の横にある空容器回収箱に入れていいものは何なのか。飲料メーカーや販売企業などでつくる一般社団法人「全国清涼飲料連合会(全清飲)」の広報担当者は言う。
「まず、わかっていただきたいのはごみ箱ではないということ。リサイクルBOXなんです。しかし、街中の自販機横のリサイクルBOXには信じられないものが入っている。お弁当の空容器とか飲み残しのタピオカミルクティーなどを入れられると、BOXの中にネズミがいたりするんです。腐ってしまってすごい臭いを発したりもします」
複数の関係者から聞き取った話によると、コーヒーショップなどで販売するフタ付きのテイクアウト用容器を突っ込まれたり、食べ歩きのごみやたばこの吸い殻なども入れられているという。
実態を知るために各所で自販機横を見える範囲でチェックしたところ、氷が残っているテイクアウト用容器が無理やり押し込まれてフタが穴をふさいでいたり、ティッシュくずやたばこの空きパッケージ、おにぎりの包装フィルムなど関係のないごみだらけ。
それどころか、BOXのそばに袋に入ったごみを置き去りにしていたり、なぜかスパム缶詰の空き容器や使い古しのスニーカーまであった。自分勝手に周辺を“ごみ捨て場”と決めつけているかのよう。スパム缶詰は鼻を近づける前から臭い、缶の中にはアリがびっしりはい回っていた。
再び全清飲の担当者の話。
「リサイクルBOXの中に異物を入れられるとさまざまな問題が発生します。例えば回収する空容器が異物によって汚染され、品質が悪くなる。本来、入るべき空容器が入らなくなってしまい散乱につながる。飲み残しのまま容器を入れられると、それが飲料かどうかわからず処理が難しくなります」
その液体がガソリンや農薬などの有毒性物質を含んでいない、とは外見上からは言い切れない。ふだんエコバッグを使っていたとしても、軽はずみな行動がリサイクルを邪魔して、地球環境に負荷をかけているかもしれないのだ。
自販機で買って移動したら家に持ち帰る
「自販機横のリサイクルBOXに入れていいものは、基本的にその自販機で購入した飲料の空の容器だけです」(同担当者)
しかし、例えばペットボトル飲料の場合、多くは500ミリリットル入りだからその場で飲み干すケースは少ないはず。キャップもついているわけだし、移動しながら何回かに分けて飲み、空になったところで手近なリサイクルBOXに入れてはいけないのか。
「ペットボトル飲料は持ち運びしやすいため“やめてくれ”とまでは言えないが、お願いはしたいですね。持ち帰って家庭ごみとして出していただけるのがいちばんありがたい。排出事業者責任といって、その自販機を設置して飲料を販売している者が、自らの責任としてコストをかけて空容器を回収していることをご理解いただきたい」(同)
新型コロナウイルスの影響で飲料自販機の売り上げは落ちているという。外出の機会は減り、リモートワークによってオフィスに設置された自販機などの利用機会も減っている。
全清飲が加盟する「PETボトルリサイクル推進協議会」にも話を聞いた。
「街中にごみ箱がほとんどないせいか、リサイクルBOXをごみ箱扱いする人が後を断ちません。異物が入り混じった空容器を回収しているのは、多くは飲料を補充するときの業者です。リサイクルするために運搬する手間も費用もかけています。正しく投入されたペットボトルの空容器にしたって、ラベルもキャップもついていますからリサイクルするまでの手間はかかります」
全清飲によると、ペットボトルの空容器をペットボトルとして再生する高度リサイクル「ボトルtoボトル」の比率を高めるためさまざまな取り組みをしているという。ペットボトルを別の素材にリサイクルするよりも、再びペットボトルにして資源を循環させたほうが環境にやさしい。そこで2019年には12.5パーセントだったボトルtoボトルのリサイクル比率を「30年までに50パーセントにします」と宣言したばかり。リサイクルBOXに捨てられる異物ごみをいかに減らすかが成否のカギを握りそうだ。
空容器を投入する前にステッカーの確認を
仕組みを理解できたところで話を元に戻そう。
冒頭のAさんの行動は、異物を入れたわけではないにせよ、なるべく避けてほしいことに該当するだろう。
しかし、怒鳴られる行為とは思えない。Aさんはそもそも「リサイクルBOX」とわかった上で、資源循環のためによかれと思って投入していた。分別意識も高く、空容器をゆすいでもいた。
Aさんがためらいなく投入した背景には、リサイクルBOXに貼られたステッカーがある。表記を見る限り、空容器を積極的に集めているようにもとれる。家庭ごみについては収集責任のある自治体の公共施設だからなおさらのことだろう。
当該施設を持つS区の担当者に話を聞くと、
「ステッカーには小さく『自販機専用リサイクルボックス』との表記もあります。しかし、混乱を避けるために自販機業者のほうで今年4月、新たな注意書きを張り出しました」
現場を確認すると、リサイクルBOXのそばに次のような張り紙があった。
《このBOXは飲料の空容器を回収するものですが、ご家庭などで出た空容器に関しては、お住まいの地域の回収方法に合わせてお出し下さい。皆様のご理解とご協力をお願い致します》
これで再発は防げるはず。
ちなみに、大型スーパーの店頭や一部公共施設などには“家庭からの空容器持ち込みOK”のリサイクルBOXもある。
前出のリサイクルに詳しい関係者によると、市町村の回収頻度が低いエリアでは、こうしたBOXが随所に設置されているケースが目立つという。実際、S区にある別の公共施設前にはこのBOXがあった。消費者は空容器を投入する前に確認しておきたい。
再びS区の担当者。
「今後、持ち込みOKのリサイクルBOXをお尋ねの施設に設置するかどうかは、区民の要望などを踏まえて判断することになろうかと思います。可能性はあります。ただ、契約上の問題などがあるため、すぐ、というのは難しいですね。施設の警備員が持ち込みを注意したのは事実で、注意するにしても丁寧に話すようにしたい」(同担当者)
当該施設からすれば、回収する業者の苦労などを考えて注意したのだろう。そのやさしさをAさんに対してもみせてほしかった。
◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)
〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する