コロナ禍の不況などどこ吹く風と、不動産業界の一部が好景気に沸いている。テレワーク中心となり、都市部のライフスタイルが変化したことが一因だ。自然豊かな地域の、広い家に移り住みたいという人々が増え、今年1月の総務省の発表によると、東京から転出した人は40万人を超えた。
笑ってしまう「なにこれ?」間取り
たしかに、毎日通勤する必要がないのなら、わざわざ高い家賃を払って都心に住む必要はない。どれ、わが家もここらで狭い借家暮らしから抜け出すいい機会かと、住宅情報サイトを見てみると──。思わず「なにこれ?」と笑ってしまう間取りの物件がちらほら。
物件を選ぶうえで、まず目に飛び込んでくるのは間取り図だ。この間取り図に魅せられた“間取ラー”なる人々がいる。間取ラーが高じて、おもしろ間取りの書籍まで制作してしまったライターのジャンヤー宇都氏に、不思議な間取りの謎を聞いてみた。
【1】図に見慣れぬ“くど”の文字
コロナ禍で、都会を離れて地方へ移り住もうという人も多いだろう。
「いっそのことIターンもいいなぁ」と、大分県のとある地方都市が運営する空き家サイトをのぞいてみると……。築100年の古民家を発見! 古民家を今風にリフォームして、などと想像しているとその物件の間取りには、見慣れない文字が─。
「いくら地方とはいえ、間取り図に『くど』と書いてある物件はなかなかないです(笑)。『くど』とは、かまどのこと。土間も手つかずのようで、昭和3年築の雰囲気がそのまま残っているのがいいですね」(ジャンヤー宇都さん、以下同)
なんと、くどの隣には井戸がある。しかもよく見ると、家の中と外、両方から井戸を利用できる仕組みとなっているではないか! 先人の知恵に感動!
「くどの煙を、井戸のスペースから外に出すための工夫かもしれません。この井戸が今も使えるとしたら、大変貴重です」
土間の隣に設けられた台所には、間取り図を見る限りではシンクが置かれているようだ。くどを使わずとも調理できるよう、最低限のリフォームはされているらしい。部屋は1階と2階合わせて7つの和室があり、今風に言えば7DKというところか。
「ふすまを取りはずすと大きなひと部屋になり、親戚一同を招いて冠婚葬祭を執り行える便利な間取りです。昔の日本建築ならではですが、部屋がふすまで仕切られているだけなので、プライバシーの確保は厳しいですね(笑)」
昭和初期の住宅では、家族の共用部分と個室の境目があいまいなのが一般的だった。
「子ども部屋や夫婦の寝室などがきっちりと分けられ、個室化が進むのは昭和30年代から。これを境に、日本の住宅はプライベート空間重視の間取りへと大きく変化していきます」
ちなみにこちらは分譲物件で、価格は未定。床の傷みがひどいため、住むには修繕が必要とのことだ。
【2】高級住宅地に出現した“うなぎの寝床”
宇都さんによると、不思議な間取りやおもしろ間取りが生まれる理由には、大きく分けて3つのケースがあるという。
1つは、昔ながらの古民家を無理やり現代仕様にリフォームするケース。強引な建て増しなどにより、なんとも不自然な間取りになってしまうというものだ。
2つめは、バブル期以降に流行したデザイナーズ建築によくみられるケース。やたらと「開放感」にこだわった物件が困った間取りとなりやすい。浴室やトイレがガラス張りで丸見えだったり、両親の部屋と子ども部屋にあえて仕切りを設けなかったりと、思春期を迎える子どもたちにとっては迷惑極まりない間取りでもある。
3つめは、狭すぎる土地を力ずくで有効活用したケース。23区内の超狭小住宅などにみられる間取りだ。次に紹介する東京・世田谷区にあるうなぎの寝床のような長細~い一戸建ては、このタイプ。
「間取ラーのあいだでも、かなり話題になった物件です(笑)。奥行きは20メートルほどありますが、横幅はおそらく2メートルあるかないかの長さ。大人が横になるのもギリギリで、人がすれ違うのも厳しい幅です」
ただでさえ狭いのに、なぜか1階にトイレが2つある。
「玄関も2か所あります。あまりにも狭くて廊下を造るスペースがなく、行き来がしにくいようです。しかも、1階が浴室で仕切られてしまっているので、トイレも2つ造るしかなかったのでしょう」
こんな思いまでしてこの土地に家を建てる必要があるのかと疑問だが、ここは東京の成城学園前駅から徒歩圏内で、都内でも有数の高級住宅地。この物件も地方都市では豪邸が建つほどのいいお値段で販売されていたが、見事売買が成立。
【3】あなただけの舞台、ご用意しました
日本が元気だったバブル期の物件には、おもしろいものが多い。過去には、能舞台付きの中古マンションが販売された。
「都内にあるメゾネットマンションの最上階です。なぜ能舞台が備え付けられてあるのかは不明ですが、能楽師が亡くなられて家族が部屋の扱いに困ったのかも? など、想像が膨らみますね(笑)」
リビングの真ん中をほぼ能舞台が占拠している。買い手がつくのは厳しいと思うが、なぜ売りに出す前にリフォームしなかったのだろう。
「間取図を見ると、能舞台の四隅に柱があるようですね。天井や床との接続方法次第では、撤去するのは容易ではありません。
実は都内では、過去に土俵付きの元相撲部屋が売りに出されたこともありました(笑)。いろんな人が住んでいて、風変わりな物件が生まれやすいのが東京。それが魅力でもあります。能舞台や土俵が日常空間にあったら、どんな生活になるのだろう……、など想像しながら間取りを見ると楽しさがさらに広がります」
【4】憧れのホテル生活の“真実”とは
コロナ禍で不況にあえぐ高級ホテルが、30泊36万円の連泊プランを打ち出して注目を集めている。そんな「憧れのホテル暮らし」を、なんと月5万8千円から体験できる物件が都内にあった!
「’93年築のビジネスホテルを、賃貸マンションにリノベーションした物件です。一見、普通のワンルームマンションの間取りのようですが、よく見ると元ビジネスホテルの不便さが表れています(笑)」
まず、玄関と部屋を隔てるドアや仕切りが一切ない。このタイプは玄関から部屋に直接外気が流れ込んできて、冷房も暖房も効きにくい。洗濯機を置くスペースもないので、建物内にあるコインランドリーを利用するしかない。
「簡易キッチンを後付けしているようですが、各部屋にガスを引くことが難しかったようで、小さな電気コンロのみ。換気扇も貧弱ですから、調理は厳しいですね。せいぜいお湯を沸かすくらいでしょうか」
それでも「ここに住む価値はある!」と宇都さんは言う。
「不動産サイトの画像を見ると、かつてベッドがあったスペースに、昔のホテルならではのナイトパネルが今も残っているんです。ラジオやデジタル時計、照明のスイッチなどを一括管理できるシステムですね。いまも稼働するかはわかりませんが、レトロな近未来感がワクワクしますよね(笑)」
文京区という立地も魅力のひとつだ。
「シングルルームとツインルームの名残か、部屋は6畳と12畳の2つのタイプがあり、家賃は約6万~10万円。東京のど真ん中とは思えない安さです。単身のビジネスパーソンにとっては、元ホテルの不便さを差し引いても余りある物件だと思います」
【5】これこそ本当のお化け屋敷!
最後に紹介するのは、なんとも摩訶不思議な正方形の間取り。建物の中央をエレベーターが突き抜けるように走り、そのまわりを3つの部屋が取り囲むという入れ子構造だ。いちばん外側の部屋にしか窓がないのも気になる。こんな物件、ほんとに存在するの?
「エレベーターを降りたらすぐに自室という構造は、超高級マンションの最上階などにみられます。それにしてはすべての部屋が廊下みたいに細いし、とても高級物件とは思えない(笑)。この物件は間取ラーのあいだで一時話題になったのですが、よく調べてみると架空の間取りだったんです」
いったい誰がなんのために、実際に存在しない間取りを作るのか。
「これはいわゆる“釣り物件”。お化け屋敷を運営している企業が架空の不動産サイトを開設し、唯一の空き物件をおもしろ間取りに設定したんです。興味を持った人がその間取りをクリックすると、本業のお化け屋敷の予約ページに誘導されるという仕組みです」
不動産会社が、集客のために条件のいい部屋を「空室」としてサイトに掲載するのはもはや常識。部屋に釣られて連絡をよこした客に「すみません、さっき埋まってしまったんですー!」と謝りつつ、別の部屋を速やかに紹介して契約へと持ち込む。この“釣り物件”のシステムを、ユーモアを交えながら企業PRに活用した例だ。
「実は架空間取りは趣味としても楽しまれています。子どものころ、想像上の町や国の地図を書いて楽しんだ記憶はありませんか? 間取り図もそれと同じ。到底実現できそうにない妄想部屋でも、図の中なら可能なんです(笑)。最近は無料の間取り図作成ツールもありますので、誰でも簡単に間取り図を作ることができます。架空間取りだけを集めたサイトをのぞいて、“自分だったらこの部屋をこう使う”なんて思い描くだけでも楽しいですよ」
間取り図から読み取る今の日本
これまで何百件と間取り図を見てきた宇都さんは、「安くて古い物件ほど、おもしろい間取りが多い」と話す。あれもないしこれもないけど、じゃあどうやって暮らそうかと想像をめぐらすところに、間取り図を愛でる楽しみがあるのだ。
一方で、間取り図は時代を映す鏡でもあるという。
「国土交通省が定めている基準によると、健康的な住生活を送るには、単身者でもせめて25平方メートル以上の広さが必要とされています。あまりにも現実とかけ離れていますよね」
25平方メートルとは約13畳。都会でこの広さだと、家賃10万円は下らないだろう。実際には都会の単身者用物件では6畳一間でもいいほうで、一時期は窓すらない1~2畳の押し入れのような部屋も流行した。
「高度成長期には、より多くの国民が文化的な生活を享受できるよう次々と団地が造られ、入居申し込みが殺到するほどでした。それがいまでは、単身者の部屋はどんどん狭くなり、反対に富裕層向けの部屋はとてつもなく広くなるという、二極化が進んでいます。中間層が無理なく住める住居が、特に都会で不足していると感じます」
例えば、富裕層でいま流行りの不動産投資。利回りをよくするために狭い空間をさらに小さく区切った激セマ物件が生まれ、その利益で富裕層は広い部屋に住む。なんとも切ないカラクリだ……。
「おもしろ間取りの背景には、狭い日本ならではの限られた土地事情や、地方の過疎化、経済格差などさまざまな問題が隠れています。最近では、夢のあるおもしろい間取りも少なくなってきました。それでも、作家性の高い実験的な建築物はこれからも決してなくならないだろうと、期待もしています」
どんなに不便でも狭くても「住めば都」。掘り出しものは、案外おもしろ間取りの物件から見つかるかもしれない。
※企画内の間取り(2)(3)(5)の物件は、2018年にダイアプレスより刊行された『事故物件vs特殊物件 こんな間取りはイヤだ!?』で紹介されたものです。間取りの図版は、同書に掲載したものと同一のデータを使用しています。
(取材・文/植木淳子)