日本を象徴する山、『富士山』。裾野が均等に広がった円錐形の形状、青い空に白い雪化粧が施された姿の美しさには誰もが目を奪われる。
日本には111の活火山があり、富士山もそのひとつ。噴火のタイミングは山によって異なり、何千年も噴火していなかったがある日突然、噴煙を上げることもあれば、鹿児島県の桜島のように毎日噴火している火山もある。
富士山噴火のハザードマップが改定
富士山は休み休み、数年から数百年おきに噴火をしている若い火山だという。
今年3月、国や静岡県、山梨県、神奈川県などで作る「富士山火山防災対策協議会」は、富士山の噴火を想定したハザードマップを17年ぶりに改定した。
その結果、大規模噴火で想定される溶岩の噴出量はこれまでの約2倍に修正。静岡県静岡市、神奈川県相模原市など富士山から100キロほど離れている場所にまで溶岩流が到達する可能性があることが発表された。
さらに新たに想定された噴火口の中には市街地から3キロと非常に近いところもあり噴石被害のリスクも高まった。山梨県富士吉田市では噴火後、約2時間で溶岩流が到達することもわかった。改めて対策を迫られている。
だが、富士山の近隣に住む住民らは至って冷静だ。
「住民は富士山が火山ということを日ごろから認識して暮らしています。ハザードマップが改定されたからといって、不安がる問い合わせは実はほとんどないんですね。噴火の兆候もないので切迫感がないのかもしれませんが」
そう明かすのは山梨県防災局火山防災対策室の関尚史室長。同県ではこれまでの避難計画の見直しを行うのと同時に、市町村と連携して住民説明会を開く予定だという。
今回の改定の趣旨を山梨県富士山科学研究所センター長の吉本充宏さんが説明する。
「富士山から離れたエリアにも溶岩が流れることを想定しましたが、過去の噴火でそこまで溶岩が流れた形跡はありません。東日本大震災で甚大な被害を出したことを教訓に、火山災害でも想定外の被害をなくすために今回の改定が行われたのです」
直近で富士山が噴火したのは1707年、『宝永の大噴火』と呼ばれた大規模な噴火だ。溶岩などによる直接的な被害はなかったが、江戸の街中にまで大量の火山灰を降らせ、深刻な影響を及ぼした。
再び富士山が噴火する日はくるのだろうか。前出の吉本さんは指摘する。
「確定的な予測はできませんが『いずれは』噴火します」
富士山は周期こそ決まっていないが700年代から今日まで10回ほど噴火を繰り返している。そのメカニズムは地下15キロほどにあるマグマだまりがキャパを超え、上昇し始めることで起きる。マグマが動けば火山性地震なども発生するが、現在でもその兆候は確認されていない。
実は誰もが気になる『噴火Xデー』は事前に検知するのが非常に難しいという。
「富士山に限らず火山は数時間後、明日、明後日……といつでも噴火する可能性があります。ですが、予測は非常に難しい。富士山以外でも噴火の兆候が表れてから数時間で噴火した事例もあるんです」(前出の吉本さん、以下同)
1983年の伊豆諸島の三宅島、'86年の伊豆大島の噴火では前兆となる地震が発生した数時間後に、いきなり噴火したことがあったという。
「富士山も例外ではありません。兆候が表れてから数時間後に噴火する可能性はゼロではないと考えられています」
予測できないものがもうひとつ、『噴火の規模』だ。台風や大雨と異なり、事前にどのくらいの量のマグマが出るかの予測もできない。
マグマや噴煙の量、一度に一気に噴火するのか、何年も小規模な噴火を繰り返すのかは噴火してみなければわからないのだ。
富士山の噴火には2種類ある。1つは前述の宝永の大噴火のように噴煙を噴き上げる爆発的な噴火。もう1つは溶岩を流すタイプの噴火だ。
「富士山は溶岩を流すタイプの噴火のほうが多く、宝永の大噴火のような大規模な噴火は少ないんです。ですが、次にくるのが大きいか小さいかはわからない。ですからどんな噴火にも対応できるようにすることが大切です」
ハザードマップは、これまでに発生した最も大きな噴火のデータをもとに、最悪を想定して作られているという。
富士山が噴火するとどんな被害が起きるのだろうか。
まず溶岩。1200度、真っ赤に熱せられたマグマが地面から流れ出す。一般的に溶岩を出すこのタイプの噴火に脅威を感じるかもしれないが、実は人的な被害は少ない。
「流れ出た溶岩が建物などをのみ込んで大規模な火災が起きることは避けられません。ですが、人が亡くなることはほとんどありません」
溶岩の流れるスピードは人が歩く速度ほど。
「谷や川など地形的にも低い場所へと流れていくので、流れと別の方向に行けば被害を避けることは可能です」
怖いのは火砕流だ。マグマの細かい破片や火山ガスなどが混ざった数百度以上の気体が一気に流れる現象をいう。時速100キロメートルを超えることもあり、'91年、長崎県の雲仙普賢岳で発生した火砕流により甚大な被害を出したことはいまなお記憶に残る。
「富士山の火砕流は麓にある富士五湖道路にまで到達すると見られていますが、各市街地まで流れる結果にはなっていません。ですが、登山や観光で山の中にいる場合には被害が出るおそれがあります」
最も広範囲かつ、甚大な被害をもたらすのは噴煙による降灰だ。噴煙は火口から1万メートル上空まで噴き上げられ、それが西風に乗って東のほうに飛んでいく。
火山灰で甚大な被害、首都圏は大パニック
宝永クラスの大噴火が起きれば首都機能は完全にまひする。道路網、鉄道は火山灰が降ったところは使えなくなる。そうなると物流はストップ。職場や学校から徒歩での帰宅を余儀なくされたり、水や食べ物が手に入らない買い物難民が発生する。降灰後の雨で送電線がショートすれば停電になり、何日も真っ暗な状態で夜を明かすことになる。当然、暮らしも経済も国内は大混乱となる。
「ヘリコプターなどの航空機も飛べません。これまでとは違った災害となることを頭に入れておかないといけない」
地震や水害などと同様、食料や水などを日ごろから家族の人数分、備えておくことが大切なのだ。
「噴火の場合はあと、マスクとゴーグルも用意しましょう。火山灰は細かいガラスの粒。気管支に入ると健康被害につながるおそれがあり、目に入ると眼球が傷つきます」
水中眼鏡やスキーのゴーグル、花粉症のゴーグルなどでも代用可能だ。
多くの日本人は身近に火山がないため、噴火のイメージができないことも課題だ。
「火山が噴火したときはどうなるのかを日ごろから意識することも大切です」
日本人が好きな温泉も火山と密接な関係がある。
「温泉地は火山にも近い。火山地域に行くということはリスクもあることを知ってほしい。旅行中に噴火があったり、火山ガスが発生する危険もあります。万が一のときも慌てないように心構えをしておくことが大事だと思います」
2014年には長野県と岐阜県の境にある御嶽山が噴火、登山客が犠牲になった。
地震や津波同様に山にも危険は潜んでいる。
だが、恐れてばかりはいられない。前出の関室長は、
「一度の噴火で富士山山麓の全体がつぶれてしまうわけではありませんし、溶岩流で命を落とす可能性も低い。パニックにさえならなければ山中で噴石を受ける場合などを除き、噴火現象により直接、人命の損失は免れると思います」
そのためにも日ごろからの備えや学びは欠かせない。
「富士山の噴火を学ぶことで適切な対策を取ることができます。津波には防潮堤、地震だと耐震補強などで対策できますが、火山の場合は逃げることしかできません。いざというときに逃げられるようにその知識を身につけてほしい」(前出の吉本さん)
大きな被害が想定されている富士山噴火。だが、正しく知ることで命を守ることができる。『Xデー』の足音が聞こえる前に一日も早く対策を取りたいものだ。
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