趣味人たちのものだった俳句が、バラエティー番組『プレバト!!』で一般にも幅広く大人気になっている。一度始めてみると、俳句の魅力は奥深い。ただ俳句を鑑賞したり、自分で詠むだけでなく、人生そのものまで変わってしまったという人も。話してくれたのは、名物講師で俳人の夏井いつきさん。
冷えた夫婦関係が俳句で再生
「仕事人間だったご主人が定年を迎えて家にいるようになって、ご多分に漏れず、会話が全くないというご夫婦がいたのね。奥さんは、卒婚するか、離婚するかとまで考えていたそうなの。それがプレバトを見るようになって、会話が復活。
梅沢さんの句が面白いとか話すうちに、自分たちも俳句を作るようになり、今では2人で“吟行(俳句の題材を求めて名所などを訪れること)”にも行かれるんですって。
私の句会ライブにもそろって来てくださって、2人で頭をくっつけるように歳時記を見ている姿からは、離婚まで考えたというのが信じられなくて。夫婦関係が、俳句で再生されたってわけなのよね」(以下、夏井さん)
この夫婦だけでなく、にわか俳人が急増中だ。
こうした現象を興味深く見ているのが、精神科医で脳の働きと老化を研究している和田秀樹さん(和田秀樹こころと体のクリニック院長)だ。
「脳の前頭葉は、40代ごろから萎縮し始めます」
前頭葉は、感情のコントロール機能や、自発性・意欲、創造性を司っている。その前頭葉が衰え始めるのが40代だという。
「前頭葉の若さを保ち、感情の老化を防げれば、ボケ状態も阻止できます。俳句は、創造力を磨き働かせて前頭葉を鍛えるアンチエイジングに有効な手段のひとつです」
俳句作りは、脳を活性化させ、認知症の予防にもなると和田さんは言う。
しかも今回紹介する怒りを吐き出す『悪態俳句』は、感情を刺激すること間違いなし。より老化を防いでくれるはずだ。
負の感情を作品に昇華
「誰にでも腹が立つこと、憤ること、悲しいことってあるでしょう。悪態をつきたいけれど、でもそれを口に出してしまったら、人間関係は崩れてしまうから、心に閉じ込めてしまうわけ。そこで、自分の心にある負の感情を俳句の力を借りて、作品として昇華させるのが悪態俳句です。俳句は喜怒哀楽をそれぞれ表すことができるから、その“怒”の部分ということだけれども、昨今の状況ではいつもよりもさらに、さまざまな“悪態”が発見できるかもしれませんね」
ただし、悪態を悪態のまま17音にすればいいわけではない。作品にして昇華させるべく、さっそく悪態俳句の作り方を夏井さんに教わろう。
悪態俳句の作り方
まずは『悪態句集』の夏井先生の作品を見てみよう。
いちばん共感をよんだと話題の句
句(1)あなたがたもセイタカアワダチソウでしたか
気がつくのは、どんな状況で、誰に腹を立てているのかといった情報は何もない。
例えば、句集の中でも反響の大きかった句(1)『セイタカアワダチソウ』も、誰と何があったのかは詠まれていない。
「セイタカアワダチソウは、外来種の雑草ですさまじい勢いで増えていく、嫌われものの雑草です。ここがわかれば、この句の言わんとすることもわかってくるでしょう。なんでみんな悪態をつきたいかというと、自分に負荷をかける人がいるから。でもどんなことがあったか、誰に負荷をかけられているかをストレートに表現しないのが、悪態俳句の“ミソ”であり醍醐味なんです」
しかし、何があったか言いたい、にっくきは誰であるかを詠みたい。そうすればきっと胸もスッとするはずだ。
客観的に見て表現する
いつ? 誰の事? と詠み手の興味をかき立てる
句(2)怒鳴る人の口ばかり見て鰯雲
「悪口を感情に任せて詠むのが悪態俳句ではないの。怒っているその瞬間の状況とか自分の姿を客観視して、俳句を作るのです。『怒鳴る人』の句(2)は、怒鳴っている人の口ばかり見ている自分、ふっと目を空に向けたら鰯雲に気づいて、そこを切り取って俳句にしています。私も同じような気持ちを経験したという声が多数寄せられました。背景や事情がわからないからこそ、他人の経験に自分を重ねられるのですね」
つまり悪態俳句の作り方の第1ポイントは、怒りの状況や感情をストレートに詠むのではなく、その場面を客観視し、どう表現し伝えるかなのだ。
「上手な人ほど、具体的な状況は詠まない。下手な人ほど、誰と、何があったか書き込もうとするのよね」
腹が立つときこそ俳句作りのチャンス
怒りを客観視できるようになると、今まで不愉快であったことが、楽しくなってくると夏井さん。そんなことってあるのだろうか?
「嫁姑の関係で、気の利かない嫁だと腹を立てていたとします。それでバトルも起きたりしているかもしれません。でもこれが俳句のタネになるとスイッチを切り替えたらどうでしょう。お嫁さんに対する見方が変わってくるでしょう。お皿の洗い方の雑なのも、洗濯物をシワのままで干すのも、俳句のタネになるならば、今まで腹が立っていたことも“またやってくれましたね”とほくそ笑むことができますよ」
そうなれば、嫁姑の関係も変わってくるだろうと、なるほど納得だ。悪態俳句の作り方のポイント2は、俳句にしようと思えば、腹が立つことに対しても余裕の心で対峙できるということだ。
怒りをユーモラスにクールに表現する
句(3)見知らぬ君らに雪うさぎを贈る
句(3)の『雪うさぎ』はかわいらしくも読める。でも、この恩知らずめ! と煮えたぎる怒りが、クールに込められている。
「雪うさぎはとってもかわいいけれど、時間がたつととけてしまうじゃない。あなたたちは、この雪ウサギのようにすぐに恩を忘れてしまうのだという皮肉です」
悪態俳句の作り方のポイント3は、クールに、またユーモラスにどう怒りを伝えるかにある。
「悪態俳句は、ただ悪口を詠むのではないことがわかってもらえたかしら。俳句は喜怒哀楽の気持ちを感情むき出しに表現するのではなく、言葉を紡いで“きれいなシャボン玉”を目指して詠むのです」
感情をうまく利用して、悪態俳句を詠んでみましょう。
一般人の“悪態俳句”を紹介
YouTubeに投稿されてきた一般人の悪態俳句を夏井先生が解説。「俳句をかじっている人だけでなく、初心者がつぶやいたものがホームランになったりするのが面白いんです」――。
(1)煤逃げの夫メルカリにだしたろか
(2)グチグチと聞かされる耳慈善鍋
(3)草餅と余計なお世話頂戴す
(4)ががんぼに変える呪文はありますか
夏井先生解説
(1)“煤逃げ”とは年末の大掃除を逃げ出して遊びに出ることを指す季語です。悪態俳句は、誰に悪態をついているかわからないように詠むのが原則ですが、この句は夫を詠ん
だところに共感が生まれますね。
(2)愚痴を我慢して聞いてあげている私の耳は慈善鍋なんですよ。とってもウイットがあります。誰がそんなに愚痴っているのでしょう。
(3)草餅をありがたく頂戴したときに、そのおばさんは「あなた、なぜ結婚しないの?」とか余計なことを言ったのでしょう。季語の“草餅”に、どういう人に言われたかのヒントがありますね。
(4)頭にきて「ががんぼ(蚊の一種)になってしまえ」と、相手を何回にらんでも呪っても、ががんぼにはなってくれないのよね。読み手にも、ががんぼになれって呪いたい人が浮かんでくる、共感する句です。
みんな“悪態”を抱えているでしょう。17音にまとめてみては!
あなたも投稿! 悪態俳句
YouTube『夏井いつき俳句チャンネル』は、夏井先生と俳人・家藤正人さんの息の合った掛け合いで、俳句初心者でも楽しく俳句の勉強ができると人気になり、会員6万人を突破。ここで『悪態句集』を取りあげたところ、見ている人たちからも悪態俳句が投稿され、「集まった句で本を出そう」ということが決定。あなたも一句詠んでコメント欄に投稿すれば、採用されるかもしれません。
《取材・文/水口陽子(つきぐみ)》