できれば考えたくない「死」。しかしコロナ禍において、「死」を、「人生」を見つめ直した人が多いのではないでしょうか。今、たくさんの人を見送ってきたホスピス医による著書が大きな話題を集めています。ベストセラーから学ぶ、人生を豊かに、後悔なく生きるヒントとは?
死を目の前にした人の多くは穏やかな気持ちになる
日本中、世界中が大きな不安に飲み込まれているコロナ禍。当たり前の日常に支障が生じ、先の見えない中で、
「私の人生これでいいのか」と思いをめぐらせる人もいるでしょう。人生の喜びや生きる意味を見いだせなくなっている人も増えています。
2020年に行われた人生の満足度に関する調査を見ると、3人に1人以上が「人生に満足していない」と答え(図下)、コロナ禍以前に比べ、生活満足度や生活の楽しさ、社会とのつながり、という分野で低下幅が大きいという調査結果が、内閣府からも発表されました。
そんな今、ホスピス医の小澤竹俊先生の著書『もし あと1年で人生が終わるとしたら? 』(アスコム刊)が注目を集め、自分にとって大切なものは何かを知るヒントになると、大きな反響を呼んでいます。著者の小澤竹俊先生にお話をうかがいました。
「私たち、ホスピス医が向き合うのは、人生の最終段階を迎えた患者さんたち。病気による痛みや死の恐怖にさいなまれ、また、働き盛りの場合など、競争社会から脱落したと思い、中には“生きている価値がない”とおっしゃる方もいます。
しかし、人生最後のときが近づくに従い、多くの方が心穏やかに日々を過ごされるようになります。家族と一緒に過ごすこと、自分の布団で眠ることがいかに幸せかを感じ、“自分なりに頑張って生きてきた”“幸せな人生だった”と思うようになるのです」(小澤先生、以下同)
平常なときは、今日と同じ明日が来るのは当たり前。でも、病気や災害で日常生活がままならなくなったとき、初めて当たり前の幸せに気づく。これは、コロナ禍にいる私たちにも通じることなのかもしれません。
「もしあと1年で人生が終わるとしたら?」と、人生に締め切りを設けることで、自分は「何がやりたいか」「何が大切か」と考えてみると、人生の意味が明確に見えてくるかもしれません。
過去を振り返ると大切なことが見えてくる
この企画では、「もしあと1年で人生が終わるとしたら、あなたは何をしますか?」という400人アンケート調査を実施。たくさんの声が集まりました。しかし、中には「答えを出すのに困った」「いろいろあって絞れなかった」という人も少なくありませんでした。
「そんな方は、ご自身の過去を振り返ってみてください。人生の中で、いちばんいきいきとしていたのはどんなときか。つらかったとき何を支えに乗り切れたか。記憶をたどってみると、必ず輝く瞬間、心に強く残る瞬間があるはずです。その中から、大切にしたいこと、大好きなことなど、本当の自分の声を見つけられるでしょう。もしかすると、それは1つではないかもしれません。でも、“あと1年”となると全部は無理。すると、自ずと優先順位が浮かび上がってくるはずです」
先生からのMessage
我慢しすぎ、遠慮しすぎをやめる
自分がやりたいことを完全に抑えて苦しさを感じているなら、「今、自分がどうしたいか」を意識する練習を。自分のための選択・時間を少しずつ増やしていきましょう。
これまでの人生に満足していますか?
2020年に行われた「人生の満足度に関する調査」より(PGF生命が全国の20~79歳の男女2000人を対象に実施)
人は存在するだけで意味がある
「自分の人生を振り返ること。それは、死を前にした人が、必ず行あうことです」
確かに、そこに前向きな明日を見いだせるかもしれません。しかし一方で、過去を振り返ったとき、「ああすればよかった」という後悔や、「何の役にも立っていない」という無力感ばかりが出てくる人も、いるのではないでしょうか。
「実は私も、終末期の患者さんと接する中で、“自分は患者さんの力になれているのか”と、無力感に苦しんだことがあります。しかし、悩み抜いた末に見えてきたことがあるのです。それは“自分は弱い人間にすぎない”ということ。そして、そんな自分には、家族、仲間、友人、先に亡くなった父など、たくさんの“見守り、支えてくれる存在がある”ということ。
そう考えれば、何もできない弱い自分だからこそ、患者さんのそばで共に苦しみを味わうことができる。そして、患者さんのそばにいることが無力な自分の心の支えになる。
人は存在しているだけで意味がある。これは、私にとって大きな気づきでした」
先生はホスピス医を「見えない伴走者」と定義しています。人は苦しいときに「がんばれ!」という励ましよりも、「わかってくれる誰かが傍らにいる」と思えることに救われるのだと言います。
どんな人も「ただここにいるだけでいい」と思える温かいつながりを感じることで幸せになれるし、強くなれるのです。
先生からのMessage
他者の幸せを望むと心に「支え」と「希望」が生まれる
一人称の幸せは、多くの人と分かち合うことができないし、必ず「失う恐怖」がつきまといます。さらに人と比較して落ち込んだり優越感に浸ったり、心に平穏は訪れません。一方、他人を幸せにしたり、人の喜びを幸せと感じることができれば、そのつながりが心の支えになり、心の穏やかさが得られます。
“一人称の幸せ”を手放した先にあるもの
そんなふうに考えて自分の人生を振り返れば、“幸せとは何か”の価値観が違ってくる気がします。
「そのとおりです。これまで私たちは、お金を手に入れたり、有名になったりすることで、自分1人が幸せになるという“一人称の幸せ”に邁進しがちでした。しかしそれには限界があります。本当の幸せは、他者と競争したり、奪い合ったりして得るものではなく、自分の存在が誰かの喜びにつながっていると実感できる心穏やかな状態にほかならない。そこに気がつけば、人はネガティブな感情を手放し、毎日をもっと自分らしく楽しんで生きることができると思います」
25年で3500人を超える人を見送った医師の言葉には、人生を豊かに、後悔なく生きるためのヒントがあふれています。
「もしあと1年で人生が終わるとしたら?」。この小さな問いかけを糸口に、あなたも考えてみてください。きっと、人生の意味や価値に気づくヒントとなって、一日一日が、これまでとは違ったものに見えてくるはずです。
先生からのMessage
努力する過程で学んだことは、結果よりもはるかに大事
世の中は理不尽です。努力が必ずしも実るとは限りませんし、「努力すれば報われる」と思っていると現実とのギャップに苦しむことも。しかし、たとえよい結果につながらなくても、努力をする過程で人は必ず何かを学んでいます。それは結果よりもはるかに大事なことです。
400人アンケート
もし、あと1年で人生が終わるとしたら、あなたは何をしますか?
1位 旅行に行く……104人
2位 何もしない・いつもどおり過ごす……47人
3位 おいしい物、好きな物を食べる……44人
4位 身辺整理・終活……44人
5位 家族や友人と過ごす……36人
6位 お金を使い切る……21人
7位 仕事を辞める……17人
最も多かった答えは「旅行に行く」。その中の約3割が、「世界一周」など海外旅行と答えています。「最後に行きたい場所に行く」との思いは、コロナ禍で旅行ができない現状を反映するものでしょう。
2位は、「何もしない」「いつもどおり過ごす」。特別なことをするより、穏やかに時間を過ごして人生を終えたいという声が多数ありました。
また、「家族や友人と過ごしたい」「感謝の言葉を伝えたい」という声や、「子どものためにできることをする」「かわいいペットのもらい手を探す」といった声も。「あと1年」と考えたとき、身近にある大切な存在に気づく人が多いことがわかりました。
先に亡くなった人とのつながりも大切に
~グリーフケアとは? ~
グリーフケアとは、大切な人と死別した人に対する心のケアのこと。終末期医療に携わる小澤先生は、グリーフケアにも力を注いでいます。
グリーフケアは、死別の悲しみや喪失感から立ち直るために行われますが、そこでは『死』を肯定的に受け入れることが不可欠です。死は誰にでも必ず訪れる自然なもので、その瞬間はとても静かで穏やかなものです。そして、先に旅立った人とのつながりは、残された人の中で決して消えるものではありません。
「悩んだとき、迷ったとき、『(亡くなった)あの人ならどうするだろう』と、考えてみてください。先に逝った親やきょうだい、友人があなたの支えになってくれることは、とてもたくさんあるはずです」
(取材・構成/岡尾知子)