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 日本は世界有数の薬服用大国だ。OECDの調査によると、1人当たりの薬剤費支出総額はアメリカに次ぐ2位(2018年度)。特に高齢者の多剤服用が目立つ。

 厚生労働省の調査では、75歳以上の40・3%が5種類以上の薬を処方されており、7種類以上の処方があった人も23・9%いた(令和元年度社会医療診療別統計 院外処方より)。

薬の種類が増えていく理由

「飲む必要のない薬を飲み、逆に体調不良に陥っている高齢者が多すぎます」

 と、薬剤師の宇多川久美子さんは警鐘を鳴らす。高血圧症だった60代男性は、禁煙や食事の改善により、長年飲み続けていた降圧薬をやめることができた。

「いつも午前中はだるかったのに、薬をやめてからは朝すっきり起きられるようになりました」と笑顔で話す。

 また、糖尿病でインスリン注射が欠かせなかった80代女性は、「もう一度、友達と気兼ねなく旅行をしたい」という思いをきっかけに、生活習慣や食生活を徹底的に見直した。今では見事に脱インスリンを果たし、糖尿病の症状も出ていない。

「保険制度のもとでは、薬を処方することで医師も薬剤師も利益を得ます。本当に必要な薬であれば問題ありませんが、“僕はこの薬は飲まないけど、患者には出すよ”という医師がいるのも現実なのです」(宇多川さん、以下同)

 例えば、高血圧症など生活習慣病の薬は、症状を抑えるにすぎない。完治することはないので、ずっと飲み続けるしかない。血圧を下げる薬に、コレステロール値を下げる薬、最近では睡眠薬なども高齢者に処方され、薬の種類はどんどん増えていく。

 また、日本では1つの症状について複数の薬を飲むことも当たり前になっている。
例えば、眠れずに悩む高齢者に、寝つきのよくなる睡眠薬が処方されるとする。

「薬のおかげで寝つきはよくなったんですけど、今度は朝早く目が覚めてしまって……」と患者が訴えると、これまでの睡眠薬に加え、また新たな睡眠薬がプラスされる。結局、睡眠薬だけで2種類を飲むことになる。

「このような処方が日常的に行われていますが、アメリカでは、1つの症状につき1つの薬が基本です」

 薬はたった1つでも副作用がある。数が増えるほどに、薬の組み合わせによる相互作用で、重篤な副作用が起こる危険性は増す。だがそのリスクはあまり知られていない。

受診控えで死者数が減少する事例も

「副作用の症状は頭痛や倦怠感など、さまざま。最悪の場合、死に至ることもあります。トロント大学の研究報告によると、アメリカでは、処方薬の副作用で年間約10万6000人が死亡しています。ちなみに、アメリカでは処方薬は1人4剤までというルールです。それでも、これだけの死亡数が報告されているのです」

 日本では、処方薬の副作用による死者数の統計はない。その一方で、気になるデータがある。厚生労働省の人口動態統計によると、新型コロナウイルスが猛威をふるう中、2020年度の国内の死者数が11年ぶりに前年を下回ったというのだ。

「約15年前、財政破綻した夕張市でも似たような現象が起きました。夕張の市立病院がなくなり、高齢者を中心とした患者たちは病院を利用するとなると市外へ行くしかありませんでした。通院の機会が減るなか、不思議なことに夕張市民の死亡者数は減少したのです。コロナ禍の“受診控え”が目立つ今と、似た状況だと感じます。過度な医療や過剰な服薬は、必ずしも高齢者の健康にとってプラスとはいえないのです

 そもそも、なぜ高齢者の多剤服用は危険なのか。

「薬を飲むと、その成分は肝臓で分解・解毒され、排出されます。しかし高齢者は加齢により肝機能や腎機能が低下しているため、若者に比べて薬の成分が体内に長時間とどまりやすくなっています。ただでさえ薬の影響を受けやすいのに、それが多剤になれば、副作用のリスクが大きくなるのは当然です」

 加齢によって見られる、記憶障害やふらつきなどの症状も、実は薬の副作用で起きている場合があるという。

「これを『薬剤起因性老年症候群』といいます。便秘や食欲低下などの比較的軽いものから、せん妄、抑うつ、排尿障害まで、さまざまな症状が見られます」

 この問題に対し、厚生労働省は2019年に『高齢者の医薬品適正使用の指針』を発表した。多剤服用の中でも特に害のあるものを「ポリファーマシー」と呼び、高血圧治療薬や糖尿病治療薬、認知症治療薬などジャンル別に、具体的な薬剤名を挙げて注意を促している。

「血圧を下げる降圧薬は、10年、20年と飲み続けている人も珍しくありません。しかし、厚労省の指針では、記憶障害やせん妄など脳への影響が指摘されています。降圧薬は血液循環の圧力を弱める作用があるため、脳へ届ける血液量が減って酸欠状態となり、このような副作用が起こりやすくなるのです。因果関係はまだ不明ですが、長期の服用が認知症を引き起こすという研究もあります」

 日本では、約4000万人が高血圧とされ、降圧薬の市場規模だけでも1兆円に上るといわれている。

「診断や処方せんの基準となる血圧値の分類は、日本高血圧学会が示す『高血圧治療ガイドライン』で定められています。ただし、男女の別や身長、体重などの個体差は考慮されていないのです

 基準値から少しでもはずれたらすぐに薬を飲む“悪習”は、高血圧症に限らない。

「コレステロールや中性脂肪の値が高いと、心疾患のリスクが高まるといわれています。ですが、これらの値を下げる脂質異常症治療薬についても、厚労省が注意喚起しています。特に75歳以上の後期高齢者においては、筋肉痛や消化器症状、糖尿病の副作用が指摘されています。なかには、筋力が低下し、四肢がまひする深刻な副作用が生じたケースもあったんです

手軽に入手できる処方せんに問題が

 総合病院の薬剤師として勤務経験のある宇多川さんは、世界に誇る日本の皆保険制度も、皮肉なことに多剤服用を生み出す一因だと話す。保険適用では一般的な処方薬の個人負担額が数百円程度と安く、患者の懐が痛まないからだ。

「高いものじゃないし、とりあえずもらっておけば安心」という考えが患者の意識にあり、薬に対する抵抗感が低い。最近では「こんな症状があったらお医者さんへ相談!」などのCMも頻繁に見受けられ、ますます処方薬がお手軽な印象になっている。

「一時期、過活動膀胱や逆流性食道炎などの薬がCMに登場しました。これらは抗コリン系薬と呼ばれ、アセチルコリンという神経伝達物質の働きを抑える作用があります。実は厚労省が注意喚起している薬のひとつなのです」

 パーキンソン病治療薬や抗うつ薬の一部にも抗コリン系薬がある。また、市販の風邪薬や抗うつ薬、花粉の時期には欠かせない抗ヒスタミン剤にもアセチルコリンを抑える、抗コリン作用のある薬がある。なぜ危険なのか。

「日本では、2025年には3人に1人が罹患するといわれている認知症。初期の段階では、脳内のアセチルコリンが減少することがわかっています。そのため、いま広く使われている認知症改善薬では、脳内のアセチルコリンを増やす作用があるのです」

 この認知症治療薬を服用している人が、抗コリン作用のある風邪薬や、抗うつ薬を飲むとどうなるのか。

「かたやアセチルコリンを増やす作用、かたや減らす作用と、身体の中はもはやパニックです」

 ここに飲み合わせの怖さがある。患者が飲んでいる薬を医師がすべて把握し、患者側もお薬手帳で処方薬をきちんと管理していれば避けられる事態かもしれない。かといって、飲み合わせだけ気をつければいいわけではない。冒頭で触れたように、薬は単独でも必ず副作用があるからだ。

比較的新しい薬を長期にわたって服用した場合、将来どんな副作用が生じるかはわかりません。認知症の一因が脳内のアセチルコリンの減少にあるのなら、抗コリン系薬を長期間飲み続けることが、なんの影響もないと言い切れるでしょうか。1週間だけ飲んだ風邪薬が、将来の認知症につながるとは思いません。

 ただ、過活動膀胱やうつ病など、簡単にやめられない治療薬を何年も続けた先の影響を想像してみることは大切です。先進国において、なぜ日本で認知症患者の割合が高いのかも考える必要があるでしょう

薬の種類と考えられる弊害【1】
薬の種類と考えられる弊害【2】

薬との付き合い方でいちばん大切なこと

「すべての薬が悪いわけではなく、本当に必要な薬は上手に活用すべきです」と宇多川さんは強調する。

生活習慣病に限っては、薬は必要ありません。まずは生活を見直し、自分で治す心構えを持ちましょう。ただし、すでに服用している薬を勝手にやめることは危険。必ず主治医に相談してください

 できるだけ薬に頼らない生活を送るには、遠慮がちでNOと言えない“日本人的”な考え方を改めることも大切だ。

医師にわずらわしく思われたくないという気持ちを捨て、うるさい患者になるべきです。気兼ねせずに、薬を飲む理由を聞き、やめたり減らしたりしたければその意思を伝えてください。コロナ禍では、自分の身体は自分で守るということがこれまでにも増して重要だと感じています」

 新型コロナウイルスのワクチンをめぐる騒動についても、同じことがいえそうだ。

「遺伝子組み換えで作られたmRNAワクチンを、人類は初めて接種します。安全性については医師や専門家でも意見が分かれますが、未知のものなので誰にも結論は出せません。だからこそ、自分で考えて決めることが大切なのです」

 最近では接種の遅ればかりがクローズアップされ、安全性など本当に重要な議論が尽くされていない印象だ。

「私は60代ですが、現時点でワクチン接種の意思はありません。今後、子どもをつくる可能性のある若い世代は、より注意が必要とも考えています。ただし、基礎疾患がある方はコロナで重篤化する可能性がありますので、打つメリットのほうが大きいケースもあります。薬もワクチンも、年齢や既往歴を鑑みて、リスクとメリットを比較する点は同じです。そのうえで、最終的な結論は自分で出しましょう」

 コロナ禍の今こそ、薬との付き合い方を真剣に考えるときだ。

うだがわ・くみこ
薬剤師。医者や薬への依存から脱却し、病気にならない、病気を治す啓蒙活動を行っている。新著に『薬剤師が教える 子どもから大人まで「飲み続けると危険な薬」』(PHP研究所刊)

(取材・文/植木淳子)