「おかあさん、道路におしっこの入った袋が落ちていたよ」
小学生の娘からそう聞かされた女性住民は、きっと何かと間違えているのだろうと思った。数日後、自分の目でそれを見るまでは……。
さいたま市北区の路上に尿のような液体が入ったビニール袋を捨てたとして埼玉県警大宮署は5月17日、同県杉戸町の会社員の男(62)を廃棄物処理法違反(投棄禁止)の疑いで逮捕した。県警によると、同日午後1時24分ごろ、尿のような液体入りのビニール袋1袋(約120グラム)を投棄したため現行犯逮捕となった。
地元担当の記者はこう話す。
「現場近くの住民から“尿のようなものが入ったビニール袋が落ちている”と5月1日に通報があり、捜査当局が防犯カメラの映像などから容疑者の車両を割り出した。逮捕当日、張り込んでいた捜査員は“おしっこ男”が尿入りのビニール袋を捨てるところを目撃。数年前から同様の行為を繰り返していた可能性があるとみて調べを進めている」
男は犯行動機について、
「トイレに行くのが面倒で、自分の尿をビニール袋に入れて捨てた」
などと供述しているという。
「20回以上見た」という男性も
現場は交通量の多い幹線道路に近い住宅街の一角。すぐそばに大型スーパーや広い公園などがあり、トイレに不自由しない場所だった。
周辺を取材すると、逮捕案件と手口のよく似た“放尿ビニール袋”を目撃した住民は少なくなかった。
逮捕の端緒となった5月1日の通報者に話を聞くことができた。その異様な“落とし物”を見つけたのは日没前の午後6時すぎのこと。近所の50代男性が語る。
「帰宅途中、スーパーの裏手にあるゴミ集積場付近に黄色っぽい液体の入ったビニール袋が落ちているのを見つけたんです。見かけたのはそのときが初めてではなく、今年に入って何度か近くの道端や植え込みに投棄されているのを見ていました。ビニール袋はA4サイズぐらいの丈夫そうな材質で、クリアな透明のため中身がわかる。たぶん、おしっこだろうと。袋になみなみと入っていることも多かった。あまりに続くので気味が悪くて通報したんです」
冒頭の女性は「見つけても触っちゃダメだよ」と小学生の娘をさとし、動機のわからない不法投棄に言い知れぬ恐怖感を覚えた。
「今年に入ってから20回以上は見ている」
と話す男性もいた。
別の近所の女性によると、ビニール袋はいつも輪ゴムで縛られ中身が漏れないようになっていたという。
「最初は栄養ドリンクか何かかな? と思ったんです。でも尿とわかってからは、犬の散歩中は近づかないよう距離を取りました」(同女性)
近所に住む主婦は「私が見たのは濃い麦茶のような色だった。日数の経った尿だったのかもしれない」と思い出したくもない記憶をたどる。
自宅近くに投棄されたことのある自営業の女性は、苦々しげな表情でこう打ち明ける。
「隣接地の茂みにいつの間にか4袋もまとめて捨てられていたんですよ。本当に気持ちわるかった。夫がゴム手袋をして処理するしかなく、派出所にも報告しました」
本誌が確認できた投棄場所は半径約80メートル以内の計6か所。いずれも今年に入ってからの目撃情報だ。
このエリア内に施設を持つ企業が今年1月に〈周辺に汚物を捨てないでください。見つけしだい通報します〉などと張り紙で警告したが、それでも犯行は止まらなかった。
同社の担当者は、
「人間の尿か、動物の尿かわかりませんでした。容疑者逮捕のタイミングで張り紙は外しました」
と振り返る。
なぜビニール袋を使ったのか
男が逮捕されて以降、類似案件の発生は止まった。
なぜ、男は車を停めてトイレに駆け込まなかったのか。仮に車内でもよおしたのだとすれば、どうしてビニール袋にためこんだのか。なぜ警告を無視して狭い範囲内で投棄を繰り返したのか──。
男の自宅は木造2階建てのアパート。トイレ、風呂付きで家賃は月4万円台。投棄現場から直線距離で約13キロ離れており、道路の混み具合にもよるが車でおよそ30~50分かかる。
供述通り、「トイレに行くのが面倒で」ビニール袋にためこんでいたのだとしても、自宅に持ち帰ってトイレに流せばいいだけの話だ。
仕事中のトイレに困りやすい長距離トラックの運転手に話を聞いた。
「へぇ~。そんな事件があったんですか。運転中にトイレに立ち寄れないときは車を停め、ここだけの話、カーテンで隠して後ろの席でペットボトルにおしっこをします。会社からコンプライアンス遵守を厳しく言われているので、立ち小便をすることはありません。量がたまったら排水溝などに流します。容疑者がどんな職業かわからないけれども、車の中でおしっこをためるのはペットボトルのほうが適していると思う。ビニール袋では破れそうでこわい」(50代の運転手)
非常用トイレとしてペットボトルの空容器を常備する同僚運転手は少なくないという。
犯行の背景や動機の詳しい解明、余罪などは捜査の進展を待つほかないが、容疑者逮捕の知らせは周辺住民を安堵させている。男にどんな事情があったにせよ、非常識な犯行が住民を必要以上に怖がらせたことは間違いない。