全焼した住宅。A子さんは写真のほぼ中央に位置する1階居間によくいたという

 古びた一軒家は真っ黒な煙をもうもうと吐き出していた。

「隣人から“火事だよ!”と声をかけられ玄関前に飛び出したら、あの家からものすごい勢いで火が吹き出して、熱くて近づけないんですよ。すぐに119番通報して数分後には消防車が駆けつけてくれたけれども、手の出しようがなかったから消防車を待つ時間がとても長く感じました」

 と通報した70代男性は話す。

 埼玉県草加市の閑静な住宅街の一角で火災が発生したと119番通報があったのは6月4日午後5時36分ごろのことだった。木造瓦・スレート葺き2階建て住宅でひとり暮らしするA子さん(80)宅が火に包まれ、同8時31分に鎮火するも全焼した。出火原因はわかっていない。

 県警によると、焼失面積や延焼については調査中。世帯主のA子さんとは連絡が取れず安否を確認できていない。

 捜査関係者は、

「焼け跡から女性の遺体1体が見つかっています」

 と話すのみで遺体の身元の特定を急いでいる。

 近隣住民は、

「遺体の身元確認に時間がかかっているようだが、A子さん以外に考えられない。旅行にいくといった話などは聞いていないし、足腰が悪かったから逃げ遅れたのではないか」

 と安否を気遣う。

 全焼したA子さん宅に近づくと、焦げたにおいが鼻をつく。2階建て住宅の2階部分はほとんど焼け落ち、1階の炭化した柱が火災の激しさをうかがわせた。あったはずの壁がなくなり向こうの通りが見渡せる。

 住宅の脇や玄関前には炭になったガレキの山。遺体捜索などのために取り除いたものとみられ、焼け残った布団の切れ端などがわずかに原型を残す程度だった。

火災現場には「二階の屋根 頭上注意」と書いた張り紙が残り、捜索の困難さがうかがえた

 消防隊が燃え盛る火と格闘する中、それを見守るしかなかった近隣住民らは、

「中に人がいるはずだ」

「留守でなければ高齢の女性がいる」

 などと姿の見えないA子さんを心配し続けたが、飛び込んで救出できるレベルの燃え方ではなかったという。

「雨風の強い日で、風にあおられた火が周辺宅にも襲いかかったんです。雨は消火の役に立ちませんでした」

 と近所の主婦。

 周辺宅には、壁が焼けたり、ひさしが熱で溶けた跡などがあった。熱や消火活動でダメになったのか、隣宅の庭先には全自動洗濯機などの家財道具が置かれていた。熱波は少し離れた住宅の草花まで届いたようで、新緑の季節というのに葉の一部が黄色く変色してしまったという。

それがA子さんを見た最後です

 近隣住民らによると、A子さん一家がこの地で暮らし始めたのは約45年前。A子さん夫妻と一男一女の4人家族だった。

 成長した子どもたちはやがて独立し、それぞれ家庭を持った。有名企業に勤める夫は「お酒を抱えているような人」(知人)で飲めるA子さんと晩酌を楽しんでいたが、定年退職してすぐに脳梗塞で死去。A子さんは約14年、この家をひとりで守ってきた。

「元気な女性です。少し耳が遠くなり、足腰を悪くしましたが、カートを押しながら自分の足で病院に通っていました。デイサービスにも行っていました。比較的近くに住んでいる娘さんが毎日の弁当配達を手配したほか、週1、2回は顔を出して買い物に連れて行っていましたね。つい最近もコロナのワクチン接種の予約を取ってあげていて親孝行だなと感心したばかりです

 と顔見知りの男性は話す。

 火災の数日前、ちょっとした異変があった。A子さんは自宅で腰が痛くなって救急車を呼び、のちに「救急車をタクシー代わりに使っちゃった」などと茶目っ気たっぷりに知人に話している。

 火災の前日には美容院へ。陽気な性格で髪形をオーダーするときは「若くして」とよく笑った。この日も短くカットを終えて「あー、切ってもらってよかった」とうれしそうに帰っていったという。

 火災当日の午前中、犬の散歩でA子さん宅前を通った前出の70代男性は、居間にいるA子さんにいつも通りに“おーい”と大きく手を振った。

「動物好きなA子さんはうちの犬をよくあやしてくれたんですよ。あの日は手を振り合っただけでしたが、ふだんと変わらない様子でした。それがA子さんを見た最後です」(同男性)

 A子さん宅からは火柱が立ち、道路を挟んだ電柱の電線までも溶かした。鎮火するかしないかの頃、A子さんの娘と孫娘が火災現場に駆けつけ泣いていたという。

裏から見たAさん宅。写真手前の1階に台所があったというが、燃え残っている

◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)

〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する