開催を目前にして、JOCの経理部長が自ら死を選んだ。何があったのか──

「とても優しそうな人でした。庶民的な一戸建てに、家族と仲よく暮らしていらっしゃったのに……」

 近所の主婦は、驚きの表情を隠せない。

Aさんは東京五輪全体の金の流れを把握していた

 事件は、地下鉄都営浅草線『中延(なかのぶ)駅』で起きた。6月7日の朝9時22分、2番線『泉岳寺行き』のホーム、最後尾の車両位置で電車を待っていた52歳の男性Aさん。

 列車が入ってくる直前、彼は線路に飛び込んだ。その光景は複数人の乗客らが目撃していた。ホームにいた乗客は、

「小さなカバンを足元にそっと置いて、何事もないかのように、静かにスッと飛び込んだんです」

 と、話している。

 飛び込みが起きてから約30分後に、Aさんはようやく電車の下から救出されて病院に搬送された。だが11時40分、搬送先の病院で死亡が確認された。

 電車は上下線で24本が運休して、最大で76分遅延。およそ1万人の足に影響したが、10時51分には全線で運転が再開された。

JOC経理部長のAさんが飛び込み自殺を図った『中延駅』ホーム

 この飛び込み自殺、轢死(れきし)事件で亡くなったAさんは、なんとJOC(日本オリンピック委員会)の経理部長という要職に就いている人物だった。冒頭の主婦は続ける。

「そんなに偉い人だとは思っていませんでしたよ。こぢんまりしたお宅だったのでね」

 そんなAさんは、職場では莫大な金を動かしていた──。

 五輪関係者は、こう話す。

「JOC経理部長であるAさんは、東京オリンピック全体のお金の流れを把握していました。そんな彼が開催の約6週間前に自ら死を選ぶなんて……関係者はみな首をかしげていますよ」

 思い出されるのは、あの事件だ。スポーツ紙記者が指摘する。

「学校法人・森友学園への国有地売却をめぐる公文書改ざん問題。財務省近畿財務局の職員だった赤木俊夫さんが、上司からの指示で公文書を改ざん。命令とはいえ、罪の意識に苛まれた赤木さんは自殺しました。このことが、みな頭に浮かびましたよ。Aさんも組織との板挟みに苦しんでいたんじゃないかって」

税金が不透明に使用されている!

 あるイベント関係者は、五輪の金の流れを次のように言及する。

「五輪は公共事業のようなもの。それなのに、大手広告代理店に予算をほぼ丸投げしていて、すべてお任せ状態」

 広告代理店を選定する際は、

「一応、競争入札があるんですが、暗黙の了解があって……。だいたい同じ広告代理店が仕切って、その代理店に下請け企業からキックバックがあったりと、まあやりたい放題ですよ。国民の多大な税金がつぎ込まれているわけだから、不透明な金の流れは本来、許されるべきではない」

 5月26日、衆院文化委員会で五輪組織委員会が広告代理店に委託しているディレクターの日当が35万円と高額すぎることが問題になった。

「氷山の一角でしょう。6月5日には、同じく組織委の現役職員が不透明な金の流れをTBS系の報道番組『報道特集』で告発しています。これからもポロポロ出てくる可能性はありますね」(同・イベント関係者)

新宿にあるJOC本部。職員たちの本音を知るべく、直撃取材を試みたが……

 Aさんも、この一件に巻き込まれていたのだろうか──。JOCに問い合わせると、このような回答があった。

《ご理解について誤解があるようですので補足させていただきます。東京2020大会の運営を担うのは、本会ではなく別組織の東京2020大会組織委員会です。そのため本会では大会運営に関する予算は取り扱っておらず、もちろん当該職員(Aさん)も携わっておりません。事実に基づかない報道はお控えください。~以下、略》

 だが、前出のイベント関係者はこれに対して真っ向から反論する。

「確かに五輪に関わっているJOC、組織委員会、さらには招致委員会は表面上、別組織の形になっています。ですが、本体であるJOCの経理部長がすべての金の流れを把握できる立場にあるのは間違いないですよ」

 そもそも“JOCの親玉であるIOC(国際オリンピック委員会)にも問題がある”と話すのは、スポーツ評論家の玉木正之さんだ。

「IOCのことを“金を巻き上げるマフィア”だと言う人もいます。JOCも似たようなものですかね。“スポーツと平和”を高らかに掲げながら、それを利用して暴利をむさぼっているんですから。まともな組織だと思ってはいけないんです」

経理部長の“裏金関与”を完全否定したJOC山下泰裕会長。「事故死だ」とも主張

 JOCの職員たちは、Aさんの死をどのように受け止めているのか。新宿にあるオフィス前で職員を出待ちしたが、話しかけるやいなや足早に逃げていくばかりだった。

「箝口令(かんこうれい)までではないですが、上からやんわりと“話さないように”とクギを刺されているみたいですね」(前出・イベント関係者)

JOCはどんな形であれ透明性を示すべき

 組織の隠ぺいに関わって、良心の呵責に苛まれる。実直な人ほど、精神的に追い込まれてしまうもの。

 Aさんは、どんな人物だったのだろうか──。

 埼玉県の指折りの県立進学高校から法政大学を経て、西武鉄道グループの不動産会社であるコクドに入社した。JOCには当初、コクドからの出向だったが、その後JOC専任となった。

「Aさんは10年ほど前に一戸建ての自宅を購入。1階でピアノ教室をやっている奥さん、20歳を越えた2人の娘さんの4人で暮らしていました」(近所の住民)

 毎朝、スーツ姿に帽子をかぶり、いかにも事務職らしい小型のバッグを持って通勤していたAさん。

「背が高くて、いつも颯爽と歩いていてカッコよかったですよ。顔はいかにもまじめそうで、きっちりとした方なんだろうと思っていました」(同・近所の住民)

 自分に誠実であろうとしたAさんにとって、最終的な選択肢は“死”しかなかったのかもしれない。

'13年、2020年東京五輪開催決定の『都民報告会』では、くす玉が割られた。このころは都民も歓迎ムードだった

 玉木さんは、語気を強めてこう話す。

「JOCという組織はどんな形であれ、透明性を示すべきです。マスコミも五輪のバックにいるスポンサーや広告代理店に気兼ねせずに、徹底追及してほしい!」

 前出のイベント関係者も、

「今は五輪開催を疑問視する声も多いですが、いざ始まったらわかりません。日本人選手がメダルをとったら、国民のボルテージが一気に上がって、この事件のことなんて忘れ去られてしまうんじゃないかな」

 準備してきた晴れの一大イベントを見ることなく、天国へ旅立たれたAさん。彼のためにも、真相究明の手を緩めてはいけないのだ。